Chapter7-5 魔法司(1)

 予想以上の成果だな。


 気絶するマリナの隣に降り立ちながら、オレ――ゼクスは感嘆の息を吐いた。


 彼女がチャンスを欲した際、大きな成長の兆しを感じてはいた。だから、無理に反対せず、彼女の思うがままにさせた方が良いと判断したんだ。


 とはいえ、この結果は驚きである。合成精霊の内に存在する魂二つと契約を果たし、その力を完璧に制御して見せるなんて……。本来は精霊王にしか許されないはずの【合成精霊魔法】の行使は、圧巻の威力を魅せてくれた。


 一つ補足しておくと、オレもマイムの中に別の魂があるなんて知らなかったぞ。いくら精神魔法でも深層へ潜り込んでいる魂の感知は難しいし、突発的な暴走時に精霊の魂を判別する余裕はない。マリナが制御して初めて、マイムの中に座するもう一つの魂を知ったんだ。


 オレの所感ではあるけど、マイムも火の精霊――エシと呼ばれていたか――も気難しい性格の部類だと思う。その両者と円滑に対話し、術者として制御し切って見せる手腕は、さすがと評する他になかった。


 やはり、マリナのコミュニケーション能力は目をみはる。彼女だったからこそ精霊二人を御せたんだろうし、レベル九十台だったダンジョンボスに圧勝できたんだ。危なっかしいところがあったとしても、目が覚めたらウンと褒めてあげよう。


 はてさて、マリナの方の考察はこれくらいにして、


「オレは残業を処理しようかな」


 マリナと同じく気絶していたマイムを【位相隠しカバーテクスチャ】へ回収した後、改めてダンジョンボスの残骸へ目を向ける。


 粉々に砕けた白い鎧だが、活動中とは異なり、目映かった光は失せていた。もはや、ただの鎧だ。


 そんなガラクタへ向けて、オレは【コンプレッスキューブ】を放つ。透明の囲いは鎧を一カケラも残さず覆い、一瞬で塵よりも小さく圧縮された。


 魔法の発動終了後、何もかもが塵芥と化したはずの一画。


 ――ところが、事態はそう収まらなかった。純白の床に一点、黒い染みが残っていたんだ。


 濡羽色よりも一層黒い点は、最初は小指の先ほどの大きさだった。しかし、見つめているうちにボコボコと拡大する。驚異的速度で染みの範囲を広げ、さらには立体を持ち始めた。


 ついぞ出現したのは黒い騎士。先程までマリナたちが戦っていたダンジョンボスと瓜二つのものが現れた。


 ダンジョンボスはマリナたちが倒した。それは間違いない。何故なら、白騎士の沈黙と同時に、最奥ヘ進む扉が開いていたから。あれで最終試練は終了したはずだった。


 ならば、目前の黒騎士は何なんだろうか。少なくとも、友好的な存在ではないことは確か。敵意をビンビン感じるもの。


「エクストラステージってか?」


 茶化す言葉を吐きつつ、オレは戦闘態勢を整える。


 レベル的には余裕で勝てる。しかし、あまりにも謎の多い存在だ。できれば生け捕りにし、色々と調査したいところ。


「とりあえず一発」


 先手必勝。予備動作なく、百発近い【銃撃ショット】を撃ち込んだ。遠隔射撃こそ無理でも、オレの周囲での同時展開なら問題ない。


 一発も漏らすことなく。【銃撃ショット】は黒騎士へと命中する。


 だが、ダメージが通った様子は見られなかった。衝撃によって多少よろめいたものの、さして痛痒を覚えた感じではない。敵意を示しながら棒立ちしている。


 考えられる可能性は四つ。単純に無効化されたか、痛覚をカットしているか、ダメージを軽減しているか、弱点以外の攻撃が意味をなさないのか。


 とにかく、他のパターンも想定しつつ、慎重に動くとしよう。


 オレは前へ駆けだす。それに合わせて黒騎士も走った。彼我の距離はあっという間に縮まり、こちらの短剣とあちらの長剣が衝突する。


 すでに【身体強化・神化オーバーフロー】を発動済みのため、鍔迫り合いは瞬時に崩壊する。すくうように敵の長剣を弾き、もう片方の手に握り締めた短剣で逆袈裟に斬り上げる。


 回転斬りの如き動きに、黒騎士は対応し切れなかったよう。何とか回避を試みたようだが、脇腹から胸にかけて斬傷を負った。


「……」


 しかし、オレの心に喜びはなかった。眉をひそめ、回転の勢いを利用してミドルキックを放つ。これまた避けらなかった黒騎士は、思い切り後方に吹き飛んだ。


 敵が転がっていくのを横目で眺めながら、オレも崩れかけた姿勢を整える。


 今の攻撃の感触、ものすごく妙だった。敵本体を捉えた感覚はあるのに、まったく手応えがなかった。矛盾した発言だとは思うけど、それ以外に表現のしようがない。


「【十三の羽セラフィム・エッジ】」


 あえて口頭で詠唱し、黒騎士へ攻撃を見舞った。白い天使の羽を模した十三の刃は、各々が無数の軌道を描いて敵に殺到する。


 それらも黒騎士は避けなかった。真正面より攻撃を受け止め、その上で微動だにしない。


 疑いようがない。これは無効耐性持ちだ。黒騎士は、少なくとも物理と無属性に完全無効耐性を有している。たぶん、かなり上位の耐性だろう。でなければ、神化状態の攻撃を耐え切れるはずがない。生半可な無効系は突破できるもの。


 これだけ強固な耐性を持っているのなら、そりゃ避けないわ。回避するくらいなら、攻撃に力を注ぐのも当然。


 とはいえ、その慢心が仇となったな。時間は十分に稼げた。


 オレは一回瞬きをする。それだけだ。僅かそれだけの動作で、オレは魔眼を開いた。


 右目に白い炎が灯る。また、瞳の中も、赤い縁に白目、中央に三本の赤い線という代物に変化する。【皡炎天眼こうえんてんがん】。オレが許さぬ限り、すべてを燃やし尽くす火の魔眼だ。


 そして、左目・・が煌めく。神々しく、煌々と、白々と。周囲を白く照らす瞳が出現する。名を【白煌鮮魔びゃっこうせんま】。すべてを見通す・・・・・・・基本能力を有した、我が第二の魔眼である。


 燃える右目と煌めく左目。二つの魔眼が黒騎士を捉えた。


 ――もはや勝敗は決した。


 一秒と置かず、オレは魔眼を解除する。左はともかく、右はまだまだ負担がかかってしまう。流れ出る血を拭いながら、残された左で敵を見据えた。


 黒騎士はすでに燃えていた。手足と首が消失し、それらの付け根には未だ白炎が燃え盛っている。


 殺してはいない。【白煌鮮魔びゃっこうせんま】によって、無力化しつつも殺さないギリギリのラインを把握していたんだ。相手の無効耐性が魔眼を防げないことも、同時に認識していた。


「というか、生け捕りにした意味とは」


 【白煌鮮魔びゃっこうせんま】のお陰で、もう黒騎士の正体は分かっているんだよなぁ。まぁ、この魔法・・・・への対策考案実験に使えるし、まったく無駄でもないか。


 そう、黒騎士の正体は魔法だ。いや、正確には魔法の副産物というべきかな。光魔法の【極閃光】で生み出された、ダンジョンボスの模造品だった。


 本来の【極閃光】とは目映い光を対象に浴びせ、その心を丸裸にするオリジナル魔法のようだ。それを応用し、光から生まれた“影”を人形として使役する模様。ハチャメチャな応用の仕方だった。


 というより、オレたちより前に踏破者がいたらしい。マイムが閉じ込められていた状況を考慮するに、研究者もしくは彼らの協力者か? 何かしらの対策を講じていたらしく、術者の情報が読めなかったんだよな。魔眼を欺くなんて、相手も魔眼使いの可能性が高い。


 次から次へと面倒ごとが露見する。そろそろお腹いっぱいだぞ。


 小さく溜息を吐いてから、一度退避させたマリナを外へ出し、応急処置を始める。


 やっぱり、結構ケガが酷いな。オレには治せそうもない。彼女の体に魔力を通し、折れた骨等を正しい位置で支えておくくらいが関の山か。


 一定時間は魔力を流し続けた方が良いため、マリナは【位相隠しカバーテクスチャ】には入れ直さず背負う。


 もうダンジョンボスはいない。色々と考えることは多いけど、さっさと先へ進んでしまおう。カロンたちのことも心配だ。


 重い気分になりながらも、オレはダンジョン最後の扉を潜るのだった。

 

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