Chapter7-4 少女たちの献身(3)

 わたし――マリナは平凡な女だ。生まれも育ちも田舎村であり、決して特別な血筋なんかじゃない。“カエルの子はカエル”なんてコトワザがあるように、わたしには何一つ特別な才能はありやしない。多少は家事が得意だけど、それは努力の賜物たまものであって、抜きんでた力とは言えない。


 だから、かつては、子どもながら『わたしの人生の大半は、この村で完結するんだろうなぁ』みたいな感想を抱いていた。聖王国民の義務として三年は王都で生活するけど、それ以外は地元で過ごすんだろうと考えていた。


 ちょっと憧れていた幼馴染みと無難な学生生活を送って。都会の空気に当てられて少しは大きな夢を見ちゃうけど、結局は村で細々と暮らす道を選んで。何やかんや幼馴染みと良い雰囲気になって、そのまま結婚なんかしちゃって。質素だけど、田舎村らしい温かい家族を作って。そんな、小さくも確かな幸せを掴むんだと信じていた。


 だって、それが多くの平民が辿る道だもん。大した取り柄のない平凡なわたしは、子どもでも簡単に想像つく未来が待っているのが当然だった。


 でも、わたしの人生は、そうはならなかった。平凡なままで終わることを良しとしなかった。


 八年経った今でも、目をつむれば脳裏にハッキリ思い浮かべられる。幼馴染み二人とともに、大人から禁止されていた登山を敢行したこと。そこで多くの魔獣に襲われたこと。戦いの余波で、わたしが崖下に投げ出されてしまったこと。瞠目どうもくし、必死に手を伸ばす幼馴染みの顔は、未だに強烈な印象を残している。


 そして、おぼろげながら意識を取り戻した際、わたしの視界に飛び込んできた白。日光によってキラキラと煌めくそれは、鮮明にわたしの記憶に刻まれていた。


 それ以来、わたしの中に『白髪の王子さま』の存在が居座るようになる。キレイな白髪と彼の周りを彩るキラキラさん――精霊モドキだったっけ――がまぶしい、まさに物語の王子さまの如き少年が忘れられなかった。


 わたしの初恋だった。幼馴染みに憧れを抱いていた時期もあったけど、明確に恋だと自覚したのは『白髪の王子さま』が初めてだったので、初恋で間違いはないと思う。


 両親の情報によって、王子さまが領主さまの息子だと知った後は、とにかく彼の情報を集めまくった。幼馴染みのユーダイくんは渋い表情をしていたけど、こればかりは止められない。だって、王子――ゼクスさまが何かしらの活躍をしたと聞く度に、自分のことのように嬉しくなるんだもん。初恋の相手と感情を共有できているみたいで、とても楽しい時間だったんだ。


 嗚呼、懐かしい。商人さんの伝聞とかで満足していたのが、本当に懐かしい。あの頃のわたしに『ゼクスさまと一緒に暮らすようになるよ!』なんて伝えても、絶対に信じてくれないだろうなぁ。


 わたしは今の――学園に入学してからの生活を、心より楽しんでいる。歓喜している。これでもかというくらい満足している。愛するヒトの傍にいられて、気心の知れたたくさん・・・・の友人に囲まれて、彼らのお陰で学業も充実している。世界で一番幸せな女なのでは? と考えてしまうほどだ。


 しかし、懸念が一切ないとは断言できない。


 何を不安に思っているのかと言えば、最初に話題が戻るけど、わたしが平凡な女にすぎないこと。それが問題だった。


 ゼクスさまも、カロンちゃんも、オルカくんも、ニナちゃんも、ミネルヴァちゃんも、シオンさんも、その他のフォラナーダの人たちも。みんな素晴らしい才能を持っている。尋常じゃない努力を重ねている。そして、それを成果として残している。ただの平民にすぎないわたし・・・では気後れしてしまうくらい、愛する彼やその周囲は輝いていた。


 正直言うと、最初の頃は……いえ、今でも少し『身を引いた方が賢明なんじゃ?』と考える瞬間がある。戦う才能がほとんどないと断言された上、他のみんなよりも遅い出だしのわたしじゃ、どんなに頑張ってもゼクスさまの隣には立てないと思ってしまうんだ。


 実際、その意見は正しい。わたしの魔法の才能は、みんなの足元にも及んでいないのに限界を迎えていたんだから。


 悔しかった。不甲斐なかった。悲しかった。心が痛かった。こんなにも……こんなにもゼクスさまを愛おしく思っているのに、わたしが隣に立つことが難しい現実が憎かった。身分の差がどうしようもない以上、実力で差を埋めていくしかないのに、それも叶わないなんて世界は残酷だった。


 そんな折に現れた、わたしの運命の契約相手。内心の歓喜を押えることはできなかった。ダンジョンで遭難している状況でなかったら、その場で踊り回ったかもしれない。それほど、マイムちゃんとの出会いが嬉しかったんだ。


 精霊と契約を結んでからは、今までの苦労が嘘みたいに強くなった。まぁ、ほとんどがマイムちゃんの力なんだけど、彼女の力を引き出せるのは、わたしの今までの努力があってこそだとゼクスさまが言うので、見当違いな喜びでもないんだろう。


 とにかく、わたしは劇的に強くなった。まだ少しだけカロンちゃんたちには及ばないけど、今後もマイムちゃんと一緒に鍛錬を続ければ追いつけるに違いない。


 好きなヒトに並び立てる可能性が高くなったことは、わたしのモチベーションを大きく向上させた。






 ――ところが、その熱に冷や水を浴びせかけられてしまう。マイムちゃんが暴走したんだ。


 つい先程まで大人しかったのが一転し、彼女は荒れ狂う暴威の炎を巻き散らした。こちらの意思を無視して、遠慮なくわたしの魔力を消費していく。壊れた蛇口より出る水のように、マイムちゃんは炎を放出した。


 意識が朦朧とする中、わたしは必死に彼女へ訴えかけた。契約のパスを頼りに、心の中で『マイムちゃん、やめて!』と願い続けた。


 そんな努力も虚しく、彼女の暴走は一向に止まらない。


 結局、ゼクスさまの力を借りて、その場は収まった。何とかマイムちゃんの処分は回避したけど、それも一時しのぎにすぎない。もう一度同じ事態が発生すれば、彼は容赦なくマイムちゃんを消すだろう。


 それだけはダメだ。わたしが弱くなってしまうという打算がないとは断言できないけど、それ以上にマイムちゃんを助けたい気持ちがあった。


 暴走している時、彼女の心がわたしの方にも流れ込んできたんだ。そこにあったのは孤独感や怒り、悲しみという強い感情の群れ。


 特に孤独の部分は大きい。ヒトとの触れ合いに飢餓感にも似た貪欲さを有する一方、失敗したら再び独りになってしまうんじゃないかという過剰な恐怖もあった。幼い子どもが持つには、あまりにも歪な心だ。


 わたしはマイムちゃんを助けたかった。どうすれば良いのか答えは出ていないけど、放っておくなんて選択肢はまったく浮かばなかった。


 だって、わたしたちは契約を交わしたパートナー。苦楽を共にする相棒なんだ。


 ならば、身内も同然。フォラナーダの一員として、身内を見捨てるマネは絶対にしない。


「う、うぅ」


 マイムちゃんが意識を取り戻したらしい。苦しそうな呻き声を上げる。


 ゼクスさまがくれた最後のチャンスを無駄にはしない。わたしは自身に活を入れ、自らの契約精霊と向き合った。

 

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