Chapter7-4 少女たちの献身(4)

「マリナおねえちゃん……?」


 マイムちゃんが目を覚ます。


 髪色が青に戻っているので、もう暴走はしていないと踏んでいたけど、こうしてハッキリ反応が認められると安堵できた。


 最初は状況を理解できていなかったのか、キョトンと呆けていたマイムちゃん。首を傾げて、わたしの服の裾を握るくらいだった。


 もしかしたら、暴走状態時の記憶はないのかもしれない。そんな楽観的な思考が一瞬だけ過った。


 しかし、状況はそんなにも甘くはなかった。


「あ、あああ、あああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 ふとした拍子に、突拍子もなくマイムちゃんが叫声を上げ始めたんだ。何の意味もない声を叫び、ガタガタと全身を震わせる。


「マイムちゃん!?」


 暴走時の出来事を覚えており、そのことを嘆いているにしては、些か度を超した反応だった。彼女が仕出かしたのは魔力を無駄に吸っただけで、こちらに炎を向けたりはしていなかったんだから。


 マイムちゃんが落ち着けるよう、わたしは彼女を抱き締めた。小さな彼女を両手で優しく包み込み、自身の頬で撫でるよう近づける。精霊のあやし方なんて分からなかったけど、とにかく、マイムちゃんが安心できる風に努めた。


 三十分は経過したかな。たっぷり時間を使ったお陰で、何とかマイムちゃんの気を鎮められた。ふぅふぅと僅かに息が乱れているけど、会話が成立する程度には冷静になってくれている。


「いきなり、どうしたの? 良かったら、わたしに事情を話してくれない?」


「……」


 しかし、惑乱した理由を尋ねても、彼女は固く閉ざした口を開かなかった。他の話題なら返してくれるので、何か言い出しづらい理由があるんだろうけど……。


 本来なら、不躾に相手の懐へ踏み込むマネはしたくない。円滑なコミュニケーションを取るうえで、距離感の測り方はとても大事だ。対面する人物に応じて、そのヒトの許容範囲を保つのは当然の配慮である。


 とはいえ、今回ばかりは、そうもいかない。


 契約相手だからか、マイムちゃんの考えが何となく理解できる。彼女は、今黙っている事情を一生喋らないと決心している様子だった。細かいところは判然としないけど、“絶対に触れたくない”という恐怖を彼女より感じ取れる。


 時間を置けば聞き出せるのなら、ゼクスさまを説得して、先延ばしにすることも考えた。でも、そうじゃないのであれば、この場を引くわけにはいかない。


 わたしは小さく深呼吸をする。心を落ち着かせ、マイムちゃんの傷をえぐるかもしれない覚悟を決める。


「教えて、マイムちゃん。あなたが何を恐れてるのかは知らないけど、わたしは絶対に拒絶しないよ。どうか、わたしに協力させてくれないかな?」


「……」


 柔らかい口調を意識して問うてみるけど、マイムちゃんは何も答えてくれなかった。必死に首を左右に振って、拒否の意思を示す。


「マイムちゃんが何かを怖がってるのは分かる。でも、今のままだと、あなたもわたしも先に進めないんだよ。だから、お願い」


 幼い彼女に、酷な要求をしているのは理解している。だとしても、わたしには言葉を尽くす以外の手段がなかった。


 何せ、平凡な少女だから。特別な力なんて全然持ってない。せいぜい、ノマちゃんが認めてくれた『精霊に好かれやすい』という体質だけ。


 きっと、彼女の悩みを聞き出せても、わたしに出来ることは皆無に等しいんだろう。何もないわたしには、相棒の話に耳を傾けるくらいしか出来ないと思う。


 それでも、わたしは諦めない。今のマイムちゃんを放置したら、必ず後悔するだろうから。わたしの歩みは完全に止まり、マイムちゃんもロクでもない結末を迎えてしまう。そんな予感を覚えているから。


「難しいことを要求してるのは分かってるんだ。でも、そうだとしても、話してほしい。あなたの苦しさを、わたしにも分けてほしい。きっと、その先に希望はあるはずだもん」


 マイムちゃんを真っすぐ見据え、真摯しんしにセリフをつづる。目を泳がせて顔を逸らそうとする彼女を、ジッと窺い続ける。


 声を若干震わせつつ、マイムちゃんは尋ねてくる。


「ど、どうして、そんなにマイムの力になろうとするの?」


「この世でたった一人の相棒だからだよ」


 わたしは即答した。


「あい、ぼう?」


「そう、相棒。わたしとあなたは契約を結んだでしょう? なら、相棒だよ」


 理想はゼクスさまとノマちゃんみたいな関係だ。お互いに尊敬し合いつつも、気の置けない間柄。言葉で表すのは難しいけど、あんな気安くも大切な信頼を築きたいと考えている。


 まぁ、今のわたしたちには気の早い話だけどね。これから思い出を積み重ねていかないと。


 そのためにも、マイムちゃんの苦悩を支えたいんだ。


「わたしの大好きなヒトはね。家族と認めたヒトのためなら、どんな問題でも解決しちゃうの」


「好きなヒトって、あの……怖い魔力の?」


「うん、そうだよ」


「……」


「ふふっ」


 マイムちゃんが『そんなバカな』みたいな顔をするものだから、思わず吹き出してしまった。彼女はゼクスさまの魔力が見えていて、そのせいで彼を怖がっているのは知っていたけど、これほどあからさま・・・・・な反応をされるとは。


 コホンと咳払いをし、話を戻すわたし。


「何が言いたいかというと、わたしも彼みたいに、家族が大変な時に助けてあげられるヒトになりたいんだ。わたしは特別な力なんて持ってないけど、それでも頑張りたいと思ってる。だから、相棒であるマイムちゃんの力にもなりたい」


「マイムも家族……?」


 マイムちゃんはキョトンと目を丸くする。


「うん、家族だよ」


 わたしは力強く頷き、改めて彼女を見つめた。


 二人の視線が交差する。


「…………わかった。話す」


 長い沈黙の果てに、マイムちゃんはポツリと呟いた。


 ありがとうと礼を言い、わたしは彼女の語る内容に耳を傾ける。


 曰く、『強い身の危険を感じた際、何かが体の中心から這い上がってくる感覚がする』らしい。そして、その何かが這い上がってくる時は、必ず強烈な怒りが伝わってくるとか。だから、何かが自分の弱さに怒って食い尽くそうとしていると、マイムちゃんは考えているようだった。


 実際、過去に似た状況を何度も経験しているみたいだけど、回を追うごとに侵食具合は強くなっている様子。このままだと自分が自分でなくなってしまう。そう、マイムちゃんは恐怖していた。


 頑なに話すのを嫌がっていたのは、話題に出すと“何か”がヒョッコリ顔を出すんじゃないかと思ったためらしい。


 わたしは彼女の頭を撫でながら、片方の拳を握り締める。


「大丈夫。今度からはわたしがついてる。マイムちゃんは一人じゃない。何か? があなたを乗っ取ろうとしても、一緒に返り討ちにしよう!」


「そんなの……」


 語尾を濁したものの、無理だとマイムちゃんは言いたいんだろう。


 たしかに、わたしに“何か”を撃退する力はないと思う。でも、最初から諦めていたら、何も成し遂げられない。努力は必ず報われるわけではないけど、努力しなければ何も始まらないんだから。


 それに、無計画に大丈夫と告げたわけでもない。マイムちゃんが暴走した時、わたしに彼女の感情が流れ込んできていた。つまり、二人の心の間に繋がりができているんだと思う。それを利用して支えられるんじゃないかと、わたしは考えていた。


「強くなろう! 強くなれば、“何か”に怯えなくても良くなるはずだよ。あなた一人じゃ難しくても、わたしと一緒なら、きっと何とかなるよ!」


 わたしも、一人じゃ現状の強さが限界だったけど、マイムちゃんと組むことでレベルアップできた。だったら、その逆も同じだと信じている。


 揺らぐ瞳でわたしを窺うマイムちゃん。


 しばらく見つめ合った後、彼女はおもむろに口を開いた。


「マリナおねえちゃんと一緒なら……頑張ってみる。マイムも強くなりたいもん!」


 声を張るマイムちゃんの表情には、すでに怯えの色は見えなかった。


 次は、いよいよダンジョンボスとの戦闘。この戦いが、わたしたちの行末を決める。そんな予感がした。

 

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