Interlude-Marina 幼馴染み

時系列は「個人戦(2)」~「個人戦(3)」の間です。


――――――――――――――



 魔法や武術の腕を競うトーナメントである学年別個人戦。正直、わたし――マリナには縁遠いイベントだと思っていた。でも、その認識は王子ゼクスさまの一言で大きく塗り替えられる。


 ゼクスさまとクラスメイトになれるかもしれない。


 その褒賞はわたしを奮い立たせた。今までも彼に追いつこうと必死に訓練を積んでいたけれど、ここまで明確な褒美が存在するとモチベーションも変わってくる。ゼクスさまが直接監督する訓練はとても不安だったけれど、とにかく頑張ろうと気合十分だった。


 本当に……本当に訓練はツラかった。今までの地道なものとは違う内容に、何度も心が折れかけた。それでも頑張った。ゼクスさまとの学園生活を夢見て踏ん張り続けた。たぶん、他のみんなが応援してくれたお陰でもあると思う。恋心と友だちの支えもあって、わたしは訓練をやり切った。


 努力は裏切らなかった。中級以下の技術も向上し、上級魔法もいくつか扱えるようになった。ゼクスさまの元にくるまで、まったく魔法を発動できなかったわたしが、だ。


 ゼクスさまの訓練はすごくツラいけど、見合った結果が付いてくる。それはとても素晴らしいことだと、わたしは実感している。だって本来は、努力に成果がついてくると確約されているわけではないから。それほど、彼の考案する内容が洗練されているんだろう。


 一般的な一年目の学生は、中級魔法をやっと扱える程度らしい。つまり、予選において、わたしの敵はいなかった。トーナメントの組み合わせの運に恵まれたのもあると思う。結果、目標であるベスト16に進出できた。


 今の実力ではココが限界だと、ゼクスさまより事前にハッキリと言われている。わたしも同感だった。ベスト16に進出したのは有名な方々ばかりで、わたしが名前を連ねていること自体が場違いで仕方がない。きっと、わたしは即座に敗退してしまうだろう。


 でも、最後まで頑張ろうと決めた。諦めないことこそ、ゼクスさまの隣に立つに相応しい条件だと思うから。


 それに、もう一つ諦められない理由ができてしまった。というのも、決勝トーナメント一回戦の相手がユーダイくんだったんだ。


 今では勇者として名を馳せている彼は、わたしの幼馴染みだ。同郷の出身で家も近く、小さい頃からよく一緒に遊んだ仲。


 実のところ、昔はユーダイくんと結婚するのかなぁと考えていた時がある。わたしたちの村は狭く、同年代の子どもは少なかった。そんな中でも、彼はどこか同年代の子よりも大人びていて、少し憧れていたんだ。まぁ、成長した今では、少し子どもっぽいくらいに感じてしまっているけれど、それでも過去の憧憬しょうけいは嘘ではない。


 何が言いたいのかというと、わたしはユーダイくんに認めてほしかった。ずっと一緒にすごしてきた幼馴染みに、わたしの好きなヒトを受け入れてほしかった。ユーダイくんがゼクスさまを嫌厭しているのは知っているけれど、家族に近い彼にも将来的には祝福してほしかった。


 だから、この個人戦にて、その想いをぶつける。


 たぶん、ユーダイくんはわたしを”守るべき妹”として見ているんだと思う。この戦いで、『わたしは守られるだけじゃない』と示して、納得してもらおうという算段だった。





 試合当日。わたしとユーダイくんはステージの上で対面していた。


 ミネルヴァさんの試合の後、かつ勇者の試合とあって、観客席は大いに盛り上がっている。対戦相手がわたしで申しわけない――ダメダメ! こんな段階で自信なさげにしていたら、ユーダイくんに認めてもらうどころの話ではない。胸を張って戦うんだ。


「マリナ」


 わたしが心の中で自身に活を入れていると、不意にユーダイくんが口を開いた。


「悪いことは言わない。この試合は棄権した方がいい」


「……」


 彼からこぼれたセリフに、わたしは眉を曇らせた。――が、すぐにかぶりを振る。


 きっと、ユーダイくんからしてみれば、わたしは昔のか弱い女の子のままなんだろう。戦う術を持たない、多少家事が得意なだけの平凡な村娘のまま、何も変わっていないんだろう。


 仕方ないことだ。袂を分かってから、わたしと彼はまったく連絡を取っていなかった。過去のわたしの印象を払拭し切れないのも当然だった。


 とはいえ、ベスト16にまで到達している相手へ向ける言葉でもないとも思う。変なところで頭が固いのは、ユーダイくんの悪いところ。


 わたしは一つ息を吐いて、首を横に振った。


「棄権なんてしないよ」


 こちらの言葉を受けたユーダイくんは眉根を寄せ、訝しげに問うてきた。


「どうしてだ? どうやったかは知らないけど、決勝トーナメントに参加できただけで十分じゃないか」


 言外に、自分の勝利は揺るがないと語っている。


 その目算は正しい。今のわたしでは、どう足掻いてもユーダイくんには勝てない。でも、戦わずして背中を向けるわけにはいかなかった。


「ユーダイくん。わたしは、いつまでも弱い女の子じゃないよ。それを証明するために戦う」


「どうして……」


「わたしの恋を、ユーダイくんに認めてほしいから」


「……」


 やっぱり、ゼクスさま関連の話題は、彼にとって触れたくない代物らしい。不機嫌そうに黙り込んでしまう。


 言葉で理解を求めるのは難しいみたい。これ以上は、”拳で語る”を実践しなくてはいけないのかな。


 わたしたち二人の準備が整ったことを審判が認めると、手を振って試合の開始を宣言した。


 同時に、ユーダイくんが動き出す。


「【サンダーボルト】」


 彼がわたしに向けて両手を向けたかと思うと、そこから極太の雷撃が発射された。たしか、対一性能に優れた上級風魔法だったかな。すさまじい稲光と音を拡散し、こちらへと迫り来る。


 少し前のわたしだったら、この魔法の速度には対応できなかっただろう。でも、ツライ特訓に耐えたお陰で、何とか追いすがれる。


「【ウォーターヴェール】」


 下級水魔法により、わたしの全身は水の膜に包まれた。間一髪で雷撃を防御する。


 純度百パーセントの水は電気を通さないため、何とかユーダイくんの攻撃を防ぎ切れた。階級差のせいでコチラの魔法は弾け飛び、多少は痺れてしまったけれど、成果としては上々。


 『どんな性質の水を生み出すかは、水魔法においてもっとも・・・・重視するべき点だ』と提唱していたゼクスさまは正しかった。想像通りの水を生成する訓練を積んでいなければ、この一撃で戦闘不能になっていたに違いない。


 今の一撃で決めるつもりだったんだろう。わたしが防いだ事実に、ユーダイくんは目を丸くしている。


 その隙を突いて、わたしは攻勢に打って出た。ここで攻めに転じなければ、こちらが押し負けてしまうと理解していたために。


「【アクアフォール】」


 わたしの十八番である中級水魔法を発動。ユーダイくんの頭上より滝を発生させた。


「【ウィンドシールド】」


 個人的には良いデキだったけれど、さすがは勇者を冠しているだけはある。彼はいとも容易く【アクアフォール】を防いでしまった。


 同じ中級魔法だというのに、発動までの速度が圧倒的に違う。こちらが先手を打とうとも、向こうは余裕をもって追いついてしまうんだ。ここが、わたしの才能の限界だった。


「――それでも!」


 わたしは諦めないッ。


 攻勢の手を緩めず、【アクアフォール】を連続で放つ。時折、速度のある下級魔法を混ぜつつ、攻撃を連打し続けた。


 しかし、才能の壁は大きすぎた。そのことごとくをユーダイくんは防いでしまう。回避してしまう。


 気がつけば、わたしと彼の距離は五メートルほどまで縮んでおり、近接戦闘もこなせるアチラの間合いに入ってしまっていた。


「マリナ……」


「いや!」


 諭すような声を漏らすユーダイくんだったけれど、言い切る前に否定する。同時に、下級水魔法の【ウォーターウェーブ】を放った。


 それを彼は容易く相殺し、また一歩近づいてくる。


 ジリジリと彼我の距離は短くなっていく。魔法の応酬は一方的であり、傍から見たら決着は分かり切っていただろう。


 だとしても、わたしは懸命に戦った。無駄だと分かっていても足掻き続けた。


「マリナ、終わりだ」


 ついに、ユーダイくんが目前まで辿り着いてしまう。


 魔法は間に合わないと判断したわたしは、懐にしまい込んでいた短剣を取り出して振るう。不意を打つため、最小限の動きで突きを放つ。


 【身体強化】で多少は上がっていた筋力のお陰で、水魔法をまとった切っ先は見事にユーダイくんの腹部を捉えた。


 指輪の影響でケガはないけれど、ダメージは確かに通った。彼の魔力はしかと削れた。


「なにッ!?」


 ユーダイくんはとっさに後退し、信じられないといった風に目を見開く。


 わたしは短剣を構えながら、不敵に笑う。


「どう? これでも、わたしはか弱い女の子?」


「……魔法もそうだけど、短剣術も覚えたのか」


「うん。死に物狂いで頑張ったよ」


 短剣術は護身術程度だけれど、いつかは必要になると言われたので覚えた。文字通り、死ぬ気で頑張った。


 わたしの目を見据えるユーダイくんは、何かを推し測っているようだった。だから、こちらも目を逸らさない。


 数秒の間を置いて、彼は溜息を吐く。


「分かった。マリナが決めたことなら認めるよ」


「ユーダイくん!」


「嫌々なんだ。本当は嫌だけど、身から出た錆だと諦める。妹分が貴族の愛人なんて……はぁ」


 心底嫌そうに息を吐くユーダイくん。嫌っているのは知っていたけれど、相当ゼクスさまのことが嫌いらしい。想像した以上に嫌悪感をあらわにしていた。


 まぁ、わたしの努力は認めてくれたみたいだし、良しとしよう。


 それよりも、今は別に気になる点があった。


「前から思ってたんだけど、何でわたしが妹なの? どちらかというと、ユーダイくんが弟でしょ~」


「そこ、ツッコミを入れるところなのか? 昔から俺が守ってやってたじゃないか」


「でも、家事全般はわたしに頼りっきりだったよ~?」


「だからって弟はないだろうに」


「それはこっちのセリフ!」


「いやいや、こっちのセリフだって」


「違うよー、こっちのセリフ」


「「……」」


「ぷっ、ははははは」


「ふふふっ」


 わたしたちは笑い合った。突然の笑声に観客のヒトたちは戸惑っていたみたいだけど、止められなかった。


 久しぶりだった。ユーダイくんと、こうやって下らない言い争いをするのは。それが何となくくすぐったくて・・・・・・・、懐かしくて、思わず笑ってしまったんだ。たぶん、彼も同じ気持ちなんだと思う。


 わたしたちは袂を分かった。でも、幼馴染みであり、友人であることは変わらないんだろう。それが再確認できたのは、とても嬉しいことだった。


「それじゃあ、決着をつけよう」


「負けないよ」


「俺だって負けない」


 仕切り直しだと、わたしたちは再び魔法の打ち合いを始めた。


 結果的にわたしは負けてしまったけれど、悔いはない。


 今回は、大事なモノを改めて認められた充実した試合だったと確信している。

 

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