Chapter6-5 魔の襲来(4)

前話の説明が少々まぎらわしかったようなので、補足を追加いたしました。

物語に影響はございませんので、気になる方のみ、ご確認ください。


――――――――――――――



 飛来してきたのは男だった。キレイな黒髪をなびかせる美丈夫ではあるが、ただのヒトではない。魔族だ。浅黒い肌を持ち、コメカミよりヤギのモノに酷似した巻角を生やし、さらには背中から歪な肉塊のような翼を生やしている。


 魔族の名前はセプテム。原作において、聖女の前に何度も立ちはだかるライバルキャラであり、聖女サイドに登場する魔族の中でもっとも強い実力者だ。ゲーム全体で見ても、レベル69とラスボスの次に高い。


 また、魔族らしからぬ信念を抱く敵でもある。魔王復活が目的ゆえに人々を混乱におとしめはするけど、約束は破らないし筋は通す。そういった義理堅さのあるキャラだった。確か、人気投票でも割と上位で、攻略対象を熱望されていたか。『魔族だから無理』と無慈悲な公式回答が返されていたけど。


 ゆえに、悪魔召喚にセプテムが関わっているのは、些か意想外だった。今回の一件は、彼の趣味ではない。それに、首謀者の魔族は別人だったはずだ。


『緊急報告。勇者一行が、推定魔族と交戦を開始しました』


『緊急報告。聖女一行が、推定魔族と交戦を開始しました』


 セプテムの登場と同時、主人公たちを監視している部下より【念話】が入った。


 双方からもたらされた・・・・・・情報に、オレは僅かに目をすがめた。


 今の王都に四人・・の魔族が集まっているのか?


 原作では、首謀者と聖女を襲う者の二名だったはず。儀式の触媒が四つ用意されていることと言い、やはり原作とズレが生じているらしい。運命は変えられると喜べば良いのやら、オレの知識が通用しないと嘆けば良いのやら。


 追加メンバーの一人は、勇者サイドも物語に混じった影響だと判断できる。だが、セプテムの出現だけは謎だ。原作でも隠れていたけど、オレの存在によって表に出てきたと考えるのが妥当なところか?


 ……いや、断定は難しいな。情報が不足している。セプテムとコミュニケーションを図り、それらの答えを導き出そう。


 はてさて、セプテムをどう処理しようか。


 オレとしても気に入っているキャラだったから、相対さない限りは見逃すつもりでいた。典型的な悪というわけでもないし、色んな角度から聖女に良い影響を与えてくれる。


 しかし、こうして向かい合ってしまった以上は、交戦する他にない。魔族は人類の敵なんだ。対面したのに見逃すのは不自然すぎる。


 とはいえ、殺すのは避けたい。そうしてしまうと、聖女の強化の一部が叶わなくなってしまう。従って、現状の最善は、程良く痛めつけた末に彼自ら逃亡してくれることか。


 こんなのばっかりと思わんでもないが、オレの強さを考慮したら仕方ない。たぶん、アカツキ以外にオレの本気をぶつけたら、軽く睨めつけただけで消滅しそうだし。


 そろそろ向こうも動き出す頃合いかな。【身体強化】や精神魔法で思考速度を向上させているけど、時間停止はまだできない。彼ほどの実力者なら、こちらの観察は五秒もあれば十分だと思われる。


 その予想は正しく、セプテムは黒緋くろあけ色の瞳を鋭く細め、声を発した。


「あの白い炎はお前の仕業だな?」


「さぁ?」


「誤魔化しても無駄だ。魔力源がお前であることは、すでに特定してる」


「ハァ」


 小さく溜息を吐く。


 否定したら去ってくれないかなと考えたんだけど、所詮は思いつきの浅はかな作戦だったか。呪いより誕生した魔族は、精霊と同様に魔力を目視できる。魔眼使用者の追跡くらいは容易いだろう。


 ともすれば、魔力を全開で放出する?


 いや。あれをやると、セプテムが再起不能になる公算が高い。軽く撫でただけの精霊王でさえ、心折れたんだ。まだ彼には役割が残っているんだから、下手な刺激は与えない方が良い。せめて、どれくらいなら脅すだけで済むかの加減を覚えてから実行すべきだ。


 というわけで、この場は言葉で追い返すか、武力で追い返すかの二択。どちらを選ぶかは、向こうの行動次第だな。


 セプテムは、オレの様子を怪訝そうに眺める。


「お前、俺を見ても平然としてるな。まさか、すでに同族とまみえてるのか?」


「ん? 嗚呼。倒したよ、魔女を狩るついでに」


「……そうか。お前が侮れない敵なのは理解した」


 セプテムの圧が増した。


 おそらく、『ついで』で魔族を倒したと語ったから、警戒を強めたんだろう。いくら憑依なんて姑息な手段を講じる者でも、ヒトが魔族を討伐するのは楽ではない。それを可能とするのは、相応の強者の証拠だった。


 これで良い。先程までの軽い警戒状態だと、手加減しにくかった。ヒトとは違い、魔族は頑丈だ。戦ったサンプルも少ないため、余計に殺さない塩梅が難しいんだよ。しっかり本気で戦ってもらった方が、うっかりを起こす心配がいらない。


 彼は翼を大きくはためかせ、大仰に両手を掲げて宣言する。


「我が名はセプテム。光の大魔法司だいまほうしグリューエンさまの第一の剣ケアドだ。お前の倒したという魔族よりも数段強い。心して戦え」


「――あん?」


 待て。何だ、今の名乗りは? オレの知るものと全然違うぞ。


 初邂逅時のセプテムは、


『我が名はセプテム。お前らの言う『西の魔王』の配下だ。お前たちの相対した魔族よりも数段強い。心して挑んで来い』


 と名乗ったはず。原作知識にもない固有名詞がメッチャ増えている。光の大魔法司とか第一の剣ケアドって何のことだ? そんなもの聞いたこともない。内容から察するに、『光の大魔法司』イコール『西の魔王』で、第一の剣ケアドが一番強い配下という感じか。決めつけはできないけど、あながち間違ってもいないだろう。


 魔族の討伐経験の有無が、セプテムの名乗りに影響を与えた? 確か、彼と対面する時点の聖女たちに、魔族撃退経験はあっても討伐経験はなかったと思う。


 ――嫌な予感がする。この情報、ただの表現の違いだと安易に切り捨ててはいけない気がした。


 予定変更だ。セプテムは追い返すのは変わらないが、その戦闘中に情報を引き出す。彼の保有するそれらは、かなり重要度の高い代物だと判断した。


 自尊心を潰さず、情報収集に努めつつ、再起可能なレベルで追い払う。なかなか難度の高い任務だけど、それを達成してこその最強。カロンたちの誇れる兄として、立派にこなしてみせよう。


 オレは【位相隠しカバーテクスチャ】から愛用の短剣二本を取り出し、カチャリと音を立てて構える。


「オレはゼクス。ゼクス・レヴィト・サン・フォラナーダだ。大魔法司とやらの情報、吐いてもらうぞ」


 冷ややかさを湛えたコチラの言葉に、セプテムはフッと涼しげに笑った。


「蛮勇の者よ。我が実力を、とくと味わうがいいッ」


 高度五百メートルでの戦いの火蓋が、今切られた。

 

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