Chapter6-5 魔の襲来(5)

「先手は譲ろう」


「後悔するなよ」


 余裕綽々な態度を崩さないセプテムに、内心ではほくそ笑み・・・・・ながら悪態を吐く。


 現状のオレは、レベル60の一般人程度にまで魔力を隠蔽している。相手は物の見事にこちらの実力を誤認しているわけだ。その油断を利用しない手はない。


 まずは機動力を削ごう。翼をズタズタに引き裂くのは容易いが、聖女と戦う際に飛んでいる描写があったため、回復が可能な範囲の傷に留める。


 オレは、威力を極限まで調整した【銃撃ショット】をノールックで放った。十の閃光はセプテムの醜悪な翼をことごとく貫通。小さな傷ではあるものの、動かすのに重要そうな箇所をピンポイントで狙った甲斐もあり、彼の姿勢は大きく崩れた。


「チッ」


 とっさに風魔法を使ったんだろう。地面への落下は風に乗って免れたようだが、先程よりも飛行動作にぎこちなさ・・・・・を感じた。


「次はこっちの番だ!」


 想定以上にオレが強いと察したのか、セプテムの声には僅かな焦りがあった。


 今の精密射撃は、生半可な魔力操作では実現不可能だ。ヒトの範疇を超えた技術を目の当たりにすれば、動揺するのも無理はない。


 とはいえ、あちらも、伊達に第一の剣ケアドなんて仰々しい肩書きを持っているわけではないらしい。透けた惑いは一瞬で消え、すぐさま反撃を繰り出す。


 セプテムが右手を天へ掲げるとともに、彼の背後に五つの騎槍が出現した。直径十メートルを超える大槍で、それぞれが火、水、風、土、闇の属性を轟々と噴出させている。おまけに、すべての槍が凄まじい勢いで回転を始めた。


 あれを正面から食らえば、体が捻じ切れるどころの話ではないな。


 上級に比肩する魔法を、ほぼ一瞬で五つも発動する腕は、さすが魔族最強と言える。おそらく、アカツキやフォラナーダ身内を除けば最高レベルの魔法師だろう。


 彼の掲げた腕が振り下ろされるのを合図に、五つの槍が音速で発射される。それぞれ、オレの急所へと迷いなく突き進んでくる。


 回避は簡単だ。迎撃も難なくできる。だが、どちらも止めておこう。特に後者は、セプテムの心を折る結果を出しそうだった。


 第三の選択は攻撃を逸らすこと。涼しい顔で実行すれば、オレの実力が自分よりも若干上程度に誤認してくれるはずだ。


 両手に握る得物に【魔纏まてん】を付与し、魔力で刀身を僅かに延長する。そして、迫り来る脅威に向かって薙いだ。


 一秒のうちに五閃。【魔纏まてん】の残滓が宙にこぼれ、五条の線を描く。それを通過した槍は刹那の停滞を見せ、瞬く間に霧散した。魔力の一欠片さえ、オレには届かない。


 ――って違うよ!?


 やばい。強化しすぎた。思いっきり迎撃してしまった。跳ね返すよりはマシだけど、二番目に強さを示す手段を取っちゃったよ!?


 表面上は薄く笑うオレだったが、内心は動揺しまくっていた。


 これだから、中途半端に強いやつの相手は嫌なんだ。フォラナーダの使用人たちよりは強いけど、カロンたちよりは弱い。一番敵対経験の足りない層なんだよなぁ、魔族の連中って。たいていの場合は瞬殺すれば良いから問題ないんだけど、やっぱり加減が難しい。


 やってしまったものは仕方ない。セプテムの心が折れていなければ良いんだけど……。


 そう思い、彼の顔色を窺う。


「は?」


 目を疑った。何せ、セプテムが先程と同じ魔法を百以上展開していたんだから。まさに、発射する寸前だった。


 何で波状攻撃を仕掛けようとしているんだ?


 オレは疑問を抱いたものの、すぐにそれは解消される。元の目的だったセプテムの表情を確認して、向こうの思惑に察しがついた。


 セプテムは怯えていた。彼我の実力差を正確に察知し、恐怖を覚えていた。


 十中八九、この場から逃亡を図るための波状攻撃だ。大量の槍でオレを釘付けにしている間に逃げ出す魂胆なんだろう。


 一回の攻防で敵の実力を図れるのは、彼が優秀な証拠だった。観戦者ならともかく、戦っている当人が実力を見抜くのは意外と難しいものだ。たいていの場合、戦いそのものに集中してしまうからな。


 ただ、戦士としては感心できるけど、セプテムをこのまま見逃すのは無理だ。最低でも、情報を搾り取らなければいけない。


 幸い、プライドは傷ついても、心は折れ切っていない様子。となれば、一つの解決手段があった。


 迫る無数の槍を【コンプレッスキューブ】で一掃し、遁走とんそうしようとするセプテムの進路へ躍り出る。


 あっという間に目前へ現れたオレを見て、彼は頬を引きつらせた。


「化け物めッ」


 舌打ちとともに呟かれる悪態。


 良い反骨心だ。これなら、まだ聖女の相手はできるだろう。


 オレは内心で満足げに笑みつつ、表面上は冷静に努める。


「交渉をしたい。こちらの提案を受け入れてくれれば、この場は見逃してやろう」


「……聞こう」


「こちらの質問に答えてほしい。嗚呼、オレは真偽の判別ができるから、虚偽報告はお勧めしない」


 感情を読んだ上での判断ゆえに、そこまで正確なものでもないが、バカ正直に伝える必要はない。向こうが素直に発言してくれれば良い。


 こちらの言葉を聞き、セプテムは溜息を吐きながら、肩の力を抜いた。


「分かった。その提案を受けよう」


「交渉成立だな」


 もはや拒否権はないと理解してくれたよう。しっかり状況判断ができる者は嫌いではないよ。


 そろそろ地上の方も落ち着きそうだし、手早く質問するか。といっても、オレの尋ねたい事項は一つ。


「さっき、『光の大魔法司』と口にしていたが、それは『西の魔王』を指した名称か? 大魔法司とは何なんだ?」


 質問を受けたセプテムは僅かに目を開き、自嘲気味に頬を崩した。


「そうか、お前は違うのか。ここまで強者でも至れないのか」


「……何を言ってる?」


「質問に答えよう。最初の質問はイエスだ。光の大魔法司さまは、お前たちの語る西の魔王さまと同一人物で相違ない。……で、二つ目の質問は、そう難しい話ではない。大魔法司とは魔を極めた者、魔の真理に到達した者が得られるモノだ。魔法を司るゆえに魔法司と呼ばれる」


 初めて聞く内容だった。原作では、主人公がいくら強くなろうと魔法司云々の話は出てこなかったし、他の育成可能キャラも同様。


「お前の言い方だと、ただの称号って感じじゃなさそうだが」


「詳しいことは俺も知らん。だが、大魔法司へと至った者は、ヒトを超越するらしいぞ」


「ヒトを超越……」


 ダメだ。聞けば聞くほど、意味が分からない。詳細は知らないと言うし、現状では大魔法司の情報は得られそうにないか。


 であれば、質問の方向を変えよう。


「光の大魔法司ってことは、西の魔王は光属性を極めた者ってことか? 世界に呪いを振り撒き、人々の心の闇を操る魔王が?」


 正直、この点が一番信じ難かった。西の魔王は世界中を呪い、原作においてはカロンを筆頭とした多くの人々の心の闇を利用していた。光魔法以外の無効耐性持ちというのも相まって、光を極めたとはとても考えられなかった。まだ、闇属性の方がしっくりくる。


 しかし、セプテムはオレの考えを真っ向から否定する。


「光が強ければ強いほど影は濃くなる。そして、強烈な光は、万物を消し飛ばす力を持つ。光の本質は、人々を癒すものだけではない」


「……」


 反論はできなかった。


 光魔法は回復系統だけではない、攻撃魔法も当然存在する。それこそ、カロンの開発した【遍照あまてらす】のような超高火力の術も。


 要するに……なんだ。オレたちの敵は光魔法師となるわけか。聖女が封印役に抜擢されるのも、同じ光魔法師だから?


 ――いや、焦るな。この推測は、あくまでもセプテムの言葉のみで導き出したものにすぎない。もっと多角的に情報を集めてから、これらの結論は出すべきだ。


『ゼクスさま。聖女セイラ一行が、悪魔召喚の儀式を停止させました』


 頃合いか。


 聖女たちが予定シナリオ通りに決着をつけたのなら、オレたちも事後処理に動かなくてはいけない。まだまだ多くの謎が残っているけれど、今はこの辺りが潮時だろう。


「念のために聞くが、他の魔族の動向は知っているか?」


「知らん。俺たちは同族とはいえ、協調性は皆無だ」


 だよな。そこは原作と変わらないか。ならば、これ以上の質問はない。


「行け。約束通り、今回だけは見逃す」


「もういいのか?」


「嗚呼」


「……」


 セプテムはこちらを警戒しながら後退し、そのまま高速で飛び去った。


 オレはそれを見届けてから、小さく溜息を吐く。


「魔王が光魔法師、ねぇ」


 原作では語られなかった事実に、途方もなく嫌な予感を覚えた。これは無視してはいけない情報だと、オレの勘が告げてくる。


 原作の流れに沿って、西の魔王の封印をし直せば良いと考えていた。しかし、原作では得られなかった情報を考慮すると、もしかしたら別の道を模索するべきなのかもしれない。


 言い知れぬ予感を胸に、オレは新たな対策へと思考を巡らせ始めるのだった。

 

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