Chapter6-5 魔の襲来(2)

「『静粛に!』」


 声に【平静カーム】と【威圧】を乗せ、会場全体へ響かせる。二つの相乗効果により、場内のすべてがオレへと注目した。そこに先程までの惑乱はなく、呆然とコチラを見つめている。


 さすがは精神魔法。普段使いは怖すぎるけど、本当に頼りになる魔法だ。


 現状に満足しながら、オレは大声で告げる。


「この時を以って、本件の対応は我らフォラナーダが仕切らせてもらう。諸君らの命は私が預かった。ゆえに、心を落ち着け、大人しく待つがいい。我らフォラナーダが、諸君らの身の安全を保障しよう!」


 絶対の自信を全面に出し、堂々とした立ち振る舞いを取る。


 群衆の反応は様々だった。安堵する者、訝しむ者、未だ不安をくすぶらせる者。色々な感情を抱く者がいることは、手に取るように把握できた。


 とはいえ、皆の態度は共通している。全員、固唾を呑んでオレの一挙一動を注視していた。


「敵勢力――これより悪魔と呼称する。悪魔の軍勢は、王都中に散らばっている。現在、結界を殴っている連中は先遣隊にすぎず、その数は万を超える」


 敵の数を聞いて群衆に動揺が走ったが、それ以上の混乱はない。【平静カーム】で抑えているし、オレが間髪入れずに「大丈夫だ」と続けたため。


「諸君らには指一本触れさせない。私とフォラナーダが必ず守ると誓おう」


 すでに展開されている結界を、自身の結界で上書きした。塗り替えられた結果、割れる寸前だったものは修繕され、こちらにまで届く振動も消え去る。悪魔が侵入する気配は微塵もなくなった。


 それだけには収まらない。オレは周囲に複数の【位相連結ゲート】を開く。


 すると、そこから大量の使用人や騎士たちが姿を現した。全員、フォラナーダに務める者。つまりはドラゴンスレイヤーの軍団だった。


 彼らは参上すると同時に、結界の外へと駆け出す。あるいは、魔法による飛行が可能な者は空を飛ぶ。それから怒涛の勢いで悪魔を狩り始め、徐々にその勢力範囲を拡大していった。


 奴らの単体戦力は低いため、フォラナーダの使用人なら単独撃破も容易だ。彼らが王都中を制圧するのも時間の問題だろう。


 騎士のみならず、ただの使用人までもが悪魔たちをほふっていく状況に、フォラナーダ以外の全員が呆然としてしまう。


 無理もないけど、彼らの心情を慮っていられるほど時間的余裕があるわけではない。オレは言葉を続けた。


「悪魔の数は多い。この場は我らの力で守護するが、学園内には他の生徒や教職員たちも散らばっているし、学園の外に至っては多くの王都の民がいるだろう。彼らの身を守るためにも、腕に自信のある者は手を貸してほしい」


 まぁ、実際は手を借りずとも対処できる。オレも加われば殲滅も可能だ。しかし、こう言っておかないと、聖女たちが動けないんだよね。本末転倒を避けるためにも、助力要請は必要な過程だった。


「力を貸しましょう、フォラナーダ伯爵」


 真っ先に声を上げたのは、オレと共に壇上へ上がっていたジェットだった。


「私も貸しましょう」


「私も」


「僕もきっと役に立つはずです」


 彼に続き、入賞者たちが挙って声を上げる。


 その流れは観客側にも広がり、百名近い人数が集まった。無論、その中には聖女やジグラルドたちもいる。


 よし。これで皆を守りつつ、シナリオ通りに進められる。


 オレは心の中でガッツポーズを取りながら、志願してくれた彼らへ今後の動きを説明していく。


「最低でも三人で行動するように。敵の一体一体は弱いが、数がとても多い。向こうの限界が見えない以上は、持久戦を視野に入れるべきだ。無理な交戦は控え、非戦闘員の保護を優先してほしい」


 志願者たちからも犠牲は出したくないゆえに、安全第一を徹底させる。その後も質疑応答を重ね、彼らは結界の外へと出ていった。


 最後に隣に残ったのはカロンだ。


「カロンも頼むよ」


「お任せください、お兄さま!」


「シオン、カロンを頼む」


「承知いたしました」


 最初に指示した通り、二人には触媒の回収へ向かってもらう。愛する二人――いや、先行組を含めた四人を戦場に送り出すのは心痛いが、彼女たちの実力なら何も問題はない。ここでカロンたちを温存するのは、愚策かつワガママというものだ。


 【位相連結ゲート】で二人を送り出し、オレは一つ息を吐く。


 最後の一ヵ所には、ガルナ、テリア、マロンのメイド三人を向かわせた。彼女たちは新人にも関わらず、実力が頭抜けている。よって、触媒が一ヵ所に集められるのは時間の問題だ。聖女たちにも密かに護衛をつけているので、何も心配はいらない。


「さて、オレも仕事しますか」


 軽く両頬を叩き、上へと跳ぶ。結界を超え、空で悪魔と交戦する部下たちを超え、学園敷地の全体が見渡せるほどの上空へと至った。自身を結界で包み、静かに眼下の光景を見る。


 悪魔の群れは着実に倒せているが、全体数はまったく減っていない。次から次へと悪魔が召喚されている証拠だった。


 しかも、


「倒した奴が復活してるっぽいな、これは」


 嫌な予感を覚えてザっと調べたところ、悪魔は倒しても復活するようだった。おそらく、普通の攻撃では奴らを消滅させられないんだろう。厄介極まりない。


 原作では、そんな描写は見られなかった。きっと、悪魔の性質を誰も把握できていなかったためだと思う。知識外の面倒ごとは本当にやめてほしい。


 元の予定だと【銃撃ショット】で悪魔を殲滅するはずだったんだけど、復活されては魔力の無駄遣いだ。オレの魔力は膨大だが、無尽蔵ではない。無属性魔法はただでさえ魔力消費が段違いに多いんだから、徒労に費やしたくはなかった。


 ともすれば、もはや選択肢は一つしかあるまい。


「ノマ」


 オレは【位相隠しカバーテクスチャ】より、土精霊のノマを呼び出す。手のひらサイズの可愛らしい少女が、目前に出現した。


 サラサラの短い茶髪を揺らし、彼女は首を傾ぐ。


「なんだい、主殿。今回はワタシの役目はないと聞いていたんだが」


「予定が変わったんだ。今から術の構築に集中したいから、周囲警戒を頼みたい」


「それくらいはお安い御用だけど……主殿でも集中しなくちゃいけない術式って?」


「適性が低くて、使い勝手が悪いんだよ。今回は有用だから使うんだ」


「なるほど。まぁ、警戒は任せてくれ」


 胸を叩き、早速周りへ視線を巡らせるノマ。


 こちらの時間に余裕がないことを知っているからか、深く追求しないでくれた。こういう気遣いができる精霊なんて、ノマくらいな気がするよ。だからこそ、相棒として頼りになるんだ。


 オレは瞳を閉じ、内に流れる魔力に集中する。


 これから行う術は、一種の儀式魔法だ。己の血と瞳を代価に発動する魔の顕現。ヒトが唯一保有する、規格外と渡り合える秘技。


 ――その魔法の名を『魔眼』と呼ぶ。

 

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