Chapter6-5 魔の襲来(1)

「申しわけございません、ゼクスさま。例のモノは発見できませんでした」


 決勝が終了し、表彰式の準備のために控室に戻ったところ。シオンがそんな報告を上げてきた。


「やっぱりかぁ」


 オレは諦観を湛えた声で頷く。


 何を探させていたのかと言えば、この後に魔王教団が起こす騒動、『悪魔召喚の儀式』の触媒である。その触媒へ代価を支払うことで、悪魔を事実上無限に召喚できるんだ。


 念を入れて調査をさせたが、この結果は想定通りのものだった。触媒は、暗躍している魔族が魔王教団へ提供する代物。邪魔をされないよう、儀式直前まで魔族自身が保管しているんだろう。


 まぁ、問題はない。聖女たちの成長のため、儀式自体を妨害するつもりはなかった。あとは、元の筋書き通りに動けば良い。


「準備は?」


「整っております」


 オレが短く問うと、シオンは即座に返答した。声には芯があり、すべては万全だという自信が窺える。


 この様子なら大丈夫そうだな。


 オレたちは、悪魔召喚の邪魔しない。聖女たちが成長する芽を摘むマネはしない。


 しかし、全部を見過ごすわけではなかった。何せ、今回のイベントは多数のヒトが傷つく。原作内では明言されていなかったけど、おそらく死者も出るはずだ。


 それらを『必要な犠牲だった』と見捨てはしない。そんなことをしては、きっとカロンたちは笑顔ではいられなくなる。争いの爪痕は、優しい彼女たちの心をさいなんでしまう。ゆえに、事前に色々と準備を進めていた。


 主人公たち勇者や聖女に必要な緊張感を与えつつ、一般人への被害を最小限に抑える。とても難しい任務ではあるが、オレたちなら必ずこなせると信じている。それだけの土台は積み上げてきたつもりだ。


「宜しい。事が起こるまでは持ち場で待機。異変を察知した場合、ただちに連絡すること」


「承知いたしました」


 シオンは深々と頭を下げ、それから魔電マギクルを操作し始めた。参加メンバーたちにオレの言葉を伝達しているんだろう。


 すると、共に控室で待機していたカロンたちが口を開く。


わたくしたちも頑張らせていただきます!」


「ボクも全力を尽くすよ!」


「準備万端」


「で、できるだけ頑張りますッ」


 拳を握り締め、気合十分な態度を見せる皆。


 お察しの通り、今回の作戦にはカロンたちも加わる。戦力になる人手は、少しでも多い方が良いからな。


 以前語ったように、召喚される悪魔は大して強くはない。それこそ、Bクラス以上の生徒なら単独で撃破できるし、それ以下でもチームを組めば余裕。


 悪魔たちの脅威は、大群がまったく途絶えないことだ。奴らと相対するには、数の暴力に耐え得るスタミナが重要だった。


 その点、カロンたちは合格だろう。マリナだけはやや不安が残るものの、複数人で固まっていれば、まずケガを負う展開はあり得ない。


 加えて、オレに頼られるのが嬉しかったらしく、彼女たちの士気もかなり高い。だから、安心して仕事を任せられた。


「私は――」


「ミネルヴァは待機だ。魔力が回復してないだろう」


「……ぐぅ。そうね、こればかりは仕方ないわ」


 オレの指摘に、ミネルヴァは無念そうに肩を落とす。


 彼女は、先の決勝で魔力をほぼ使い切ってしまった。騒動発生まで時間があるとはいえ、その間に戦えるレベルまで回復するのは不可能。乱戦が想定される以上、大人しく待っていてもらうしかない。


 気落ちするミネルヴァの頭を、オレはクシャクシャと撫でる。


「ミネルヴァの強さは、ここにいる全員が理解してるよ。そして、この決勝に懸けてた意気込みもね。キミはキミの信念を貫いたんだ。そう落ち込まないでくれ」


「わ、分かってるわよ。髪型が崩れるから、気安く撫でないでちょうだい」


 フンと鼻を鳴らしてソッポを向くミネルヴァ。


 でも、オレの手を振り払うことはしなかった。素直じゃないなぁ。


 そうこうしているうちに、表彰式の時間を迎える。オレたちは僅かな緊張を胸に、表彰式の舞台へと進んだ。







 表彰式は、全学年まとめて行うらしい。決勝の時以上の観客が席を埋め尽くし、舞台の上には他学年の入賞者――上位四名――の姿があった。二学年はルイーズ、三学年はジェットが予想通り優勝した模様。


 滞りなく式は進んでいく。実技の監督教師の講評や見学に訪れたロラムベル公爵を筆頭とする上位貴族の挨拶、学園長の総評などなど。眠くなるような内容が、淡々と展開されていった。


 そして最後、ベスト4に入った面々の表彰が行われる時だった。ついに、イベントが開始される。


 王都全域に広げていた探知に、突如として出現した異物が引っかかる。大量の悪魔の群団に加えて、四ヵ所に分かれた魔王教団と思しき人物たち。


 オレは眉をひそめる。


「……四ヵ所?」


 おかしい。原作において、魔王教団は一ヵ所にまとまっていたはず。しかも、よく調べてみれば、儀式の触媒と思われる代物も、四ヵ所それぞれに設置されている。何故、貴重な悪魔召喚の触媒が四つも存在するんだ?


 考えられる可能性としては、オレの行動による余波。裏で糸を引いている魔族側に、何かしらの影響があったと見るべきだろう。


 計画の軌道修正が必要となった。聖女たちを触媒の場所まで誘導する手はずだったが、わざわざ四ヵ所も巡回させる時間の猶予はない。彼女たちの実力的にも、万が一を想定した場合においても、戦闘を長引かせるのは許容できない。


 一つの触媒を無効化すれば、連鎖的に悪魔召喚が止まる。それが理想ではあるけど、実際にどうなるか分からない以上、賭けには出られなかった。


 となれば、追加の作業は一つ。聖女たちが向かう拠点へ、他三つの触媒を集めること。ジグラルドには、一度にまとめて無効化してもらおう。


 ただ、各拠点には魔王教団の戦闘員がいる。もしかしたら、魔族も潜んでいるかもしれない。生半可な戦力を送るのは愚策だ。数に物を言わせるのも、悪魔たちからの防衛を考慮すると宜しくない。ここは少数精鋭を送り込むのが最善だろう。


 オレは念話を繋げる。


『カロン、オルカ、ニナ、シオン。作戦を変更する。ペアを組み、今から指定する場所へ強襲をかけてくれ。そこにある悪魔召喚の触媒を奪取し、一ヵ所に集めたい』


 諾と返答があり、観客席側にいたオルカとニナは早速行動を始めた。近場に開いておいた【位相連結ゲート】を潜り、触媒の一つの回収へ向かう。


 対して、オレやカロン、シオンはまだ待機する。


 程なくして、教師や来賓側が騒つく。外部から連絡が入った、もしくは悪魔の先陣が彼らの探知範囲に侵入したんだろう。慌てた様子で会場全体に結界を張る。当然、表彰式は中断された。


「皆の者、落ち着いて聞くのじゃ。今、王都中に未知の生物が大量発生しておる。安全が確認できるまで、その場から動かんように!」


 学園長が大声で忠告し、観客たちも騒ぎ始めた。動揺と混乱が伝わってくるが、今のところ、下手な動きをする輩は出なかった。


 しかし、それはもろい安寧秩序だ。


 次の瞬間、頭上の結界に先陣――百にも及ぶ悪魔が押し寄せてきた。黒い肌に鋭い瞳と牙、赤々とした大口、他者を傷つけることに特化した指先、コウモリの翼に似たそれ。醜悪な容姿を有する化け物どもが、すさまじい勢いで結界へ体当たりを敢行してくる。


 奴らに理性は存在しない模様。自身が傷つくことも厭わず、ただガムシャラに体をぶつけ続けた。


 いくら単体戦力が低いとはいえど、百の数が全力で体当たりをしてきては、結界も長く持ちそうにない。それはピシッピシッと甲高い音を鳴らし、表面を大きく揺らがせた。


 観客たちは悲鳴を上げる。この世の者とは思えぬ化け物の大群によって、自らの安全が脅かされそうになっているんだから、無理もない話だった。


 不安定だった平穏は、いとも容易く崩れ去る。一人が逃亡を図れば、それは伝播して大波に変わった。


「落ち着け、皆の者!」


 学園長が声を張り上げるけど、一度恐慌状態におちいった群衆の耳には届かない。


 ――想定通りの流れだった。原作ゲームと同じ展開ゆえに、オレはこのパニックを予想できていた。


 ならば、対策も講じている。というか、そのために、未だこの場に残っていたんだ。


「『静粛に!』」


 声に【平静カーム】と【威圧】を乗せ、会場全体へ響かせる。

 

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