Chapter6-4 個人戦(2)
十一月下旬を迎え、ようやくベスト16が決まった。内訳は以下の通りである。
オレ、カロン、オルカ、ニナ、ミネルヴァ、マリナ、ダン、ミリア、ユリィカ、ユーダイ、リナ、アリアノート、セイラ、グレイ、ジグラルド、エリック。
カロン率いる
ベスト16からは通称決勝と呼ばれ、大勢の観客の前で試合が行われる。すべての授業が休講となり、生徒たちが観戦するんだ。また、生徒たちの質を確かめたい要人が顔を出すことも。
決勝初日の朝。その要人の一人が、フォラナーダの別邸に顔を見せていた。
「急な訪問となり、申しわけない。フォラナーダ伯爵」
通された応接間にて、開口一番に謝罪を口にした厳めしい男。彼の名はジョーバッハ・ステムホルス・カン・ロラムベル。婚約者ミネルヴァの実父であり、公爵家現当主を務める方だ。
「お気になさらないでください。そちらもタイトなスケジュールだったのでしょうし、昨晩のうちに連絡もいただいております。あなたの思われるほど、手間はかかっておりません」
オレは頬笑みながら答えた。
実際、ロラムベル公爵は多忙だ。領地運営はもちろん、様々な魔法事業を手がけていると聞く。【
今回、そんな貴重な時間を割いて会いに来てくれたことは理解できていた。
こちらの発言に裏はないと納得してくれたようで、公爵は「そうか」と短く返した。
「ミネルヴァも、そう時間を置かずに参上するでしょう」
「構わない。女性は、男に比べて準備が多いことは知っている。焦る必要はないと娘に伝えて――」
コンコン。
公爵が言葉を言い切る前に、出入り口の扉がノックされた。即座に待機していた使用人が確認を取り、ミネルヴァが訪れたと伝えてくる。
「いらぬ配慮だったようだな」
彼は苦笑いを浮かべた。
オレも苦笑で応じつつ、使用人へミネルヴァを通すよう指示する。
「お父さま、お久しぶりでございます。本日はお日柄も良く――」
入室したミネルヴァは、優雅にカーテシーを披露した。時候の挨拶もよどみなく、こういうところで、改めて彼女の育ちの良さを実感するよ。
一連の挨拶を交わし終えたミネルヴァは、オレの隣へ着席する。
すると、ロラムベル公爵は何故か頬を緩めた。
「
オレが怪訝に問うと、彼は何てことない風に答える。
「なに。見ないうちに、ずいぶんと仲を深めたと思っただけだ。二人の関係が良好のようで、とても嬉しいよ」
オレとミネルヴァがどれほどの仲なのか、今の所作だけで察したらしい。さすがは公爵家当主と言うべきか。それとも、分かりやすいくらいに雰囲気が出ていただけか。
些か恥ずかしさを覚えるけど、オレたちは婚約しているんだし、気にしても仕方ないな。
ただ、そう割り切れたのはオレだけだった模様。
「お、お父さま!?」
ミネルヴァの方は、顔を真っ赤にして抗議の声を上げていた。
それを見て、公爵はますます笑みを深める。たいそうご機嫌な笑声を漏らすほどだ。
怒る婚約者に笑う義父。なかなか混沌とした状況になってきた。このまま放置しても時間の無駄にしかならないので、話題の軌道修正を図る。
「それにしても、このタイミングで王都にいらっしゃったということは、公爵も個人戦を観戦なさるのですか?」
「嗚呼、その通りだ」
公爵はこちらの思惑に乗っかってくれた。ご機嫌のまま、鷹揚に頷く。
「毎年、決勝トーナメントは直接目を通している。優秀な人材がいれば声をかけ、面白い魔法が見られれば御の字といったところだな」
「やはり、生徒たちの実力を確認するには打ってつけなんですね、このイベントは」
「そうだな。すべてが把握できるわけではないが、個人の戦闘能力を見られるのは、雇用側として有意義な機会であることは間違いない」
「なるほど」
となると、この年末に、オレの実力は国中に轟くだろう。今までは王宮派などの一部のみにしか知られていなかったが、注目を集める個人戦でお披露目すれば、もはや取り繕いようがない。
いや、まぁ、取り繕う必要なんてないんだけどな。一部にしか実力をさらしていなかったのは、大々的に力を振るう必要性が存在しなかったから。爵位を継いだ時点で、隠す努力はまったくしていない。
「例年なら、最上級生のトーナメントを観戦するのだが、今年は一学年の方を視察することになるだろう」
「ミネルヴァの応援ですか?」
「それもある。――が、本命は貴殿だ、フォラナーダ伯爵」
公爵は
「貴殿が参戦すると聞いてから、この日をとても心待ちにしていた。私は期待しているのだ、貴殿が未知の魔法をどれほど行使してくれるかをね。クックックッ、楽しみで仕方がない!」
そう語る彼の笑みは、どこか狂気を含んだそれだった。
見れば、隣に座るミネルヴァは頭を抱えていた。彼女の様子からして、こうなっては誰も止められないんだろう。
オレは苦笑いを浮かべながら、当たり障りのない返答をする。
「ご期待に応えられるよう、善処はいたします」
政治家みたいな灰色の回答。でも、貴族も政治家みたいなものだし、この程度の曖昧さは許されて良いと思う。
そも、学生同士の試合で目新しい魔法を使う場面なんて、そうそう発生しない。かろうじて、カロンたちとマッチングした時くらい?
ただ、ここまで期待されてしまっては、何とか融通は利かせよう。将来の義父の頼みでもあるし。
軽く雑談を交えてから解散となる。この後、オレたちは決勝トーナメントが、公爵はそれの観戦が待っているためだ。
とはいえ、結構ギリギリの時間になってしまったので、三人そろって【
○●○●○●○●
決勝トーナメント中に授業は開かれない。そのため、生徒たちは教室には足を向けず、直接試合会場へと向かうことになる。
試合会場は学年別で分けられており、どこを観戦するかは個人の自由となっている。例年は上の学年ほど観客が多くなる。
だが、今年は例外だ。一学年の会場へ赴く観客が、圧倒的に多かった。
要因は複数ある。
一つは勇者や聖女という、百年に一度しかお目にかかれない顔触れが揃っているため。彼らがどう戦うのか、好奇心を寄せる者は多い。
一つは二つ名持ちが多数存在すること。カロンやニナ、アリアノートという面子が出場するとあれば、嫌でも注目を集めるだろう。
一つはオレが出場するから。色なしがベスト16に残ること自体も前代未聞なのに、妙な噂が絶えない人物。その真偽を確かめたいと考える輩がいるわけだ。
世界が違ってもヒトの野次馬根性は変わらないなぁ。
控室より周辺一帯を探知しながら益体のないことを考えていると、カロンから声がかけられた。何故か、フォラナーダ組はオレの控室に集合している。
「お兄さま、組み合わせが発表されました」
組み合わせとは、トーナメントの対戦表を指している。ベスト16からはトーナメントがシャッフルされ、当日に発表される規則となっていた。
「どんな感じだった?」
「こちらです」
彼女はA4サイズくらいの紙を手渡してくる。
早速、軽く目を通した。
「これまた面倒な」
真っ先に漏れた感想がそれだった。
一回戦の対戦表は以下の通りだ。
第一試合、ミリア対ミネルヴァ
第二試合、マリナ対ユーダイ。
第三試合、グレイ対ジグラルド
第四試合、エリック対ユリィカ。
第五試合、ニナ対ダン。
第六試合、カロン対セイラ。
第七試合、オルカ対アリアノート
第八試合、ゼクス対リナ。
うん。とても因縁深い組み合わせが誕生していた。
面子が面子だけに、こういう場合も想定はしていたけど、想像以上に酷い。オレやカロン、マリナはピンポイントで嫌な相手と当たっていた。
「ゼクス」
不意にニナが呟く。
彼女の瞳は微かに揺れていた。動揺とまではいかないが、想い人と実妹の戦いに憂いを抱いているのは確実だった。
嘆いても仕方ないか。決まってしまったものは変えられないし、何よりニナにこれ以上の精神的負担をかけたくない。
オレは彼女の頭を軽く撫でる。
「大丈夫だよ」
具体性の欠けるセリフではある。でも、何が起きても大丈夫だという意図を込めた。
どこまで理解してくれたかは判然としないけど、それに対してニナは「わかった」と頷いてくれた。感情の揺れも収まっているので、心配はいらないと思われる。
ニナへのフォローはこれで十分として、他の面々に視線を巡らせる。
みんな、良い具合の緊張感を湛えていた。マリナの心情を懸念していたんだけど、見た限りは安定している。これなら問題なさそうだった。
この個人戦がどう転ぶかは予測できないけど、彼女たちにとって有意義な時間になってくれることを願いたい。
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