Chapter6-4 個人戦(1)

 十一月。学年別個人戦が開幕してから半月が経過した。


 といっても、まだ予選。ベスト16までは授業の合間を縫って開催されるため、よほどの物好きでもない限り観戦はしない。基本的に、対戦する生徒二人と審判の教師しか居合わせないので、静かに日程は進められていった。


 カロンたちは言わずもがな、マリナも順調に勝ち進んでいる模様。彼女たちの調子ならば、決勝トーナメントであるベスト16入りは確実だろう。


 一方、先月より協力を始めた召喚儀式の復活は、すでに完了していた。原作ゲームなら決勝ギリギリに完成するんだけど、オレとミネルヴァが手を貸したのなら、これくらいの前倒しは当然だった。


 父の魔法狂まほうきょうほどではないにしても、ミネルヴァは魔法オタク気味の子だ。オレだって日頃から様々な資料を読み漁り、いろんな研究を続けている。七割方終わっている研究かつ完成形を知っているとなれば、容易に完成へ導けた。無論、その七割をすでに終わらせていたジグラルドたちの功績が大きいことは言をまたない。


 そんなわけで、何の憂いもなく、オレは個人戦に臨んでいた。


 ちなみに、表彰式にて悪魔騒動を起こすとされる魔王教団の連中は、今のところ察知できていない。着実に王都へ集合しているとは思うが、一般人として振舞っているようで、怪しい動きは窺えなかった。たぶん、ギリギリまで潜伏するつもりなんだろう。儀式を行う場所は知っているため、あまり問題はないが。


 まぁ、今回のイベントは、聖女セイラたちの成長を促すもの。色々と対策は講じておくけど、悪魔召喚の邪魔はしない予定だ。せいぜい、束の間の喜びを味わうと良い。


 閑話休題。


「そろそろ行くか」


 休講になった影響により、図書室で時間を潰していた。他の面々は授業中のため、オレ一人である。


 だが、もうじきオレの試合が予定された時刻となる。手に持っていた本を閉じ、席を立った。


 小さな【位相連結ゲート】を展開して本を元の棚に戻してから、今度は普通の【位相連結ゲート】を開く。そして、試合の行われる訓練場の前まで移動した。


 探知によると、すでに対戦相手は場内にいる様子。あと、何故かギャラリーも数人いるな。固まって座っていることから、仲間の試合を観戦しに来たんだと推察できる。


 ただ、対戦相手も含めて、嘲りの感情が窺えた。今回の試合、ロクな展開にならなさそうである。


「はぁ」


 これまでの予選は良識的な相手しかいなかっただけに、余計に精神的疲労が溜まった。思わず溜息が漏れてしまう。


 とはいえ、きびすを返すわけにもいかない。わざわざ個人戦に参加したのは、オレの実力を周囲へ知らしめ、無駄ないさかいをなくすことが目的。決勝まで進む以外の選択肢は存在しなかった。


 グッと腕を天へ伸ばして体を解す。


 どうでも良いか。相手が内心でどう思っていようと、個人の自由だろう。他人の内側にまで干渉する気はない。


 この考えをミネルヴァ辺りが聞いたら、『甘い』と叱られるかもしれないな。


 苦笑を溢しつつ、オレは訓練場内へと入っていく。


 内部は、探知通りの様相だった。広い円形のグラウンドの中央付近には、審判役である男性教師と対戦相手の男子生徒が立っている。また、城内の端っこには、観客だろう男女五人が腰かけていた。審判を除く全員が、オレに向けて妙な笑みを浮かべている。


 嫌な空気だ。さっさと終わらせてしまおう。


 僅かに目をすがめるに留め、審判の元へ近づいた。


「いらっしゃいましたね。では、フォラナーダ伯もコチラを装着してください」


「はい」


 オレは、審判から一つの指輪を受け取った。


 これは試合での大ケガを防ぐ魔道具だった。というより、オレが用意したものだ。今年はカロンたちだけではなく、オレまで参戦するので、従来のシステムでは力不足だろうと開発したんだ。


 大雑把に解説しておくと、この指輪は【位相隠しカバーテクスチャ】の魔道具である。降りかかるダメージ限定で魔力に変換してしまう、そういう仕組みだ。


 これ――ダメージ変換の指輪ダメ変の指輪と呼称しよう――の開発は苦労したよ。元々、【位相隠しカバーテクスチャ】の魔道具の設計は考案していたんだけど、燃費の問題がネックだったんだ。何せ、モノを出し入れする度に、膨大な魔力を消費する。魔香花によって魔力量を増やしているオレたちでないと、簡単には扱えなかった。


 そこで提案されたのが、魔力へ変換するものを限定する手法だった。装着した者へのダメージに限定すれば、大幅に消費魔力を抑えられることが実証された。


 ただ、それでも生徒が何度も扱える代物ではない。ゆえに、今度は場所を限定した。別途で製造した装置の結界内部でしか、指輪を使用できないように設定したんだ。


 結果、一般生徒でも実用できるレベルを達成できた。


 まぁ、前述した二つの改善案のせいで、今回のような大会くらいでしか用途はないんだけどね。悪用される心配がないのは安心だけどさ。


 長々と語ったけれど、簡潔に表すなら、“肉体へのダメージを魔力消費に変換する指輪”とでも理解していれば十分だ。おそらく、大半の生徒もそう認識していると思われる。認識の差によって性能は変わらないし。


 オレが指輪を装着したのを認めた審判は、滔々とうとうと語る。


「此度の試合は私、ティーチが務めさせていただきます。もう何度も試合は行われているので、改めて説明する必要もないでしょうが、念のために規則の解説をいたします」


 一つ、勝敗は相手が気絶もしくは降参するか、審判のジャッジによって決定される。


 一つ、審判の判断には絶対従うこと。


 一つ、勝敗が決した後の、攻撃行動の禁止。


 ――等々。丁寧に説かれていった。


 要するに、審判に従いつつ、事故に繋がる行動は慎みましょうということだ。


「両者、それぞれの十メートル後方にある、地面の印の上に立ってください」


「「はい」」


 オレと対戦相手は指示に従って距離を取った。おおよそ二十メートルの間隔が、オレたちの間に生まれる。


 それを確認した審判は、今まさに試合開始の合図を宣言しようとした。


 しかし、それは遮られた。


「ちょっといいですか、先生」


 対戦相手である男子生徒が、軽く挙手をして制止を呼びかけたんだ。


 無視するわけにもいかず、審判は口にしかけた言葉を変更する。


「……何でしょうか?」


 気勢をくじかれたせいか、どことなく声音が固い審判。


 そんな様子を気にも留めず、男子生徒はヘラヘラと笑いながら答える。


「いえ、なに。試合前に、対戦相手殿に忠告をしたかったんですよ」


「忠告?」


 不躾な物言いに、審判の表情が曇る。いや、彼だけではない。オレも眉根を寄せていた。


 向こうがコチラをなめているのは分かっていたが、ここに来て雲行きが怪しくなってきた。これ以上、対戦相手の彼に口を開かせない方が良いだろう。


 審判も同様の思考に至ったらしい。口早に言う。


「試合前の私語は褒められた行為ではありません」


「でも、禁止はされていないんですよね? 一応、試合の規則は確認しましたよ」


「それは……」


 痛いところを突かれた審判は、言葉に詰まった。


 男子生徒の言う通り、『試合前に対戦相手と話してはいけない』というルールは存在しない。『出来るだけ速やかに試合を始めるように』とは記されているが、厳格な規定はない。


 審判が沈黙したのを見て、対戦相手の男はコチラへ視線を投げる。それは、嘲笑に塗れた下品な色を含んでいた。


「ケガする前に辞退しろよ。ここまでは金や地位に物言わせたんだろうけど、俺はそんなので勝ちは譲らねぇぞ。無能の色なしなんだから、大人しく引っ込んでろって」


 彼の言葉と同時に、ギャラリーからも笑声が漏れた。完全に、オレを見下す空気が出来上がっていた。


「参加して正解だったな」


 口内で言葉を転がす。


 オレの実力を疑う噂が広まっているのは、部下たちの手腕によって把握していた。しかし、この状況を見ると、オレの認識が甘かったことを認めざるを得ない。人伝に聞くのと、実際に触れるのとでは大違いだった。


 オレは眉間をつまみながら問う。


「キミ、出身はどこだ?」


「あ? 何で、そんなこと教えなくちゃいけねぇんだよ」


「いいから教えろ」


「……カナイ男爵領にある小さな村だよ」


「なるほど、なるほど」


 カナイ男爵領といえば、聖王国西部の外れにある辺境だったはず。そこの村落出身とあれば、この非常識さも得心できた。


 普通の平民は、貴族と関わろうとしない。貴族も平民と関わろうとしない。お互いに一定の距離を保ち、平和を守るのがこの国の常識だ。実際、学園内でのグループは、キレイに貴族と平民に分かれている。例外も当然あるが、それは希少な部類と言って良い。


 この常識は、広く浸透している。それこそスラムで生活をしていた貧困層も――いや、貧困層だからこそ、か。彼らは社会的弱者ゆえに、潰されないための立ち回りが上手いもの。


 目前の男は、かなりの田舎村出身だったせいで、その辺りの常識が欠如していた。大方、カナイ男爵は領民と手を取り合うタイプのヒトだったんだろうけど、それが外でも通用するとは限らない。今回は常識知らずを生み出すという、負の側面が出てしまったな。


 審判の方へ視線を向ける。


 彼は、すべてを諦めたように頷いた。状況を理解できているようで一安心である。


 オレは人差し指を立て、男子生徒に向けた。


「一つ忠告だ。貴族、しかも現役の当主を公で愚弄するのは、やめておいた方がいい。その場で首を落とされる」


 場内に響き渡る声で伝えた。


 こちらの雰囲気が一変したことに気づいたのか、対戦相手の生徒は怯えの色を僅かに見せる。後悔が感情に滲み出る。


「な、何を」


 でも、もう遅いんだよなぁ。後悔先に立たずとは、よく言ったもの。


「嗚呼。この忠告は、キミに伝えたんじゃない。ギャラリーに向けたものだ」


「へ?」


 キョトンとした彼は、次の瞬間にはその命を散らした。額に小さな穴を開け、ドサリと仰向けに倒れる。穿たれた穴からはおびただしい量の血液が流れ、即死であることは一目瞭然だった。


 静まり返る訓練場だが、それも刹那の間しか保たれない。ギャラリーだった生徒たちが悲鳴を上げ、脱兎の如く去っていった。


 彼らをオレが・・・追う気はない。現状、明確な侮蔑をしたわけではないからな。


 観客がゼロになったのを見届けた後、死体を【位相隠しカバーテクスチャ】に収納しておく。こぼれた血液も回収したので、訓練場はキレイな状態に戻った。


「先生、この場でのことは内密にお願いします」


「それは構わないですが……何故?」


「この一件が公になったら、彼の家族も連座になりますよ。バカバカしいでしょう、それは」


 オレが直接やらずとも、フォラナーダの怒りを畏れたカナイ男爵が手を下すに違いない。バカな息子の道連れなんて、家族たちが不幸すぎる。


「あなたは甘いのか厳しいのか、よく分かりませんね」


「お好きな方をどうぞ」


 疲れた様子の審判に、肩を竦めて返した。


 といっても、対外的に見て、オレは甘いと判断されるだろう。それはミネルヴァに散々言われていた。


 そう、オレは甘いよ。見ず知らずの他人に気を配るほどの優しさなんて、どこにも持ち合わせていないもの。


 甘さは優しさとイコールではない。オレが甘い対応をする時は、いつだって、どうでも良い相手だ。その者が、同じミスを犯して致命的な状況に追い込まれても気に留めない。ゆえに、適当に流してしまう。


 無論、今回みたいな無視できない事態になってしまったら、厳しく罰しないといけないけどね。貴族の面子を守るのは大変だよ。


 ふと、思う。オレは薄情な人間なんだろうかと。身内以外のすべてを『どうでも良い』といった極論は考えていないけど、その疑惑を払拭するほどの根拠はなかった。


「考えても仕方ないか」


「何か言いましたか?」


「いえ。事後処理はコチラで行いますので、先生は口を閉ざしてくださるだけで大丈夫です」


「分かりました」


「じゃあ、オレは戻りますね」


 さて、学園長室に寄ろう。手早く処理を進めておかないと。逃げていった生徒たちは、部下が軽く脅せば口をつぐむだろうから問題ない。


 ただの予選のはずが、ドッと疲れてしまった。早くカロンたちに癒されたい。

 

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