Chapter6-4 個人戦(3)

 第一回戦の試合は、滞りなく進んでいった。おおむね予想通りの結果に落ち着き、ミネルヴァ、ニナ、カロン、オルカは難なく勝利を収めている。


 カロンの試合は何か起こるかとも警戒していたんけど、拍子抜けするくらい何もなかった。些か聖女セイラが緊張しすぎだった程度か。それも試合中には解れていたので、問題視するレベルではない。何事もなくて一安心である。


 マリナはさすがに負けてしまった。ギリギリまで粘ってはいたが、現状ではまだまだ実力不足なので仕方がない。


 ただ、悪いことばかりではなかった。試合中にユーダイと口論した末に和解できたらしい。オレの庇護下に置かれてからギクシャクしていた関係が改善したのは、こちらも素直に嬉しかった。あの二人は、普通に仲の良い幼馴染みだったんだもの。その絆を大切にしてほしいと思う。


 グレイ第二王子とジグラルドの試合は接戦だったけど、近接戦闘もこなせるグレイに軍配が上がった。個人戦だと、やはりオールラウンダー寄りの方が有利の模様。


 最後、ユリィカとエリックの対戦は、意外なことにエリックが勝ち残った。かなり激しい近接戦闘の末に勝利をもぎ取っていた。ユリィカも結構鍛えていたはずなんだけど、エリックがその上を超えていったんだ。


 内容から察するに、ウィームレイ第一王子経由で伝わった【身体強化】を、死ぬ気で鍛錬したんだと思う。半年未満であの練度は、生半可の修行で得られる効果量ではない。彼も彼で、成長しているんだろう。








○●○●○●○●








 そして、第八試合。一回戦ラストの対戦が行われる。


 オレは会場に足を踏み入れると同時に、観客席を窺う。先の試合までと比べて、四分の一ほどしか残っていなかった。色なしの試合を目にしたいという物好きは、少数派ということか。まぁ、リナも現時点では無名なので、他より見応えを感じられない試合と思われても仕方がない。また、最終試合ゆえに、陽が暮れてきているのも一因かな。


 この調子だと、決勝か準決勝くらいにならないと、力を示しても意味がなさそうだ。当初の予定通り優勝を目指そう。


 視線を前方へ戻す。


 結界に囲まれたリングには、すでに対戦相手のリナがたたずんでいた。精神を集中させているらしく、仁王立ちの状態で瞑目している。


 舞台へ進みながら、彼女を観察した。


 装備しているのは片手剣とバックラー小盾。魔法の才能があると聞いていたから、オーソドックスな魔法剣士スタイルといったところか。


 ニナに近しいものを感じるけど、実態は全然異なるだろう。リナは、小柄な体格的に機動重視の攻撃型の方が向いているし、才覚的にも攻め手は魔法に寄っていると思われる。十中八九、格好を敬愛する姉に似せただけかな。


 リナも、ユーダイ同様に実力を上げている。しかも、僅差ではあるけど、彼女はユーダイよりも強くなっていた。これも執念が為せる業か。


 彼女がフォラナーダを恨んでいるのは承知している。ほとんど逆恨みのようなものだが、同情の余地はあるし、何よりニナの実妹だ。半ばユーダイやアリアノートに放り投げる形で静観していた。


 二人のお陰で、今までコチラに突っかかってくる愚行は犯していなかったけど、内側にくすぶる感情は消化し切れていなかった模様。瞑目しているにも関わらず、敵意をバシバシと感じる。


「フォラナーダ伯爵、こちらをどうぞ」


 舞台に上がると、審判役の教師が指輪を渡してきた。オレはそれを指にはめ、指示された位置へと移動する。


 リナとの相対距離は約二十メートル。剣でも魔法でも、一般的には即座に攻撃できない位置関係だ。


 じきに試合が始まるとあって、ようやく彼女も目を開いた。ドロドロの憎悪を湛えた瞳がオレを射抜く。


 こうして対面すると、改めて実感する。ニナとリナは双子だというのに、まったくと言って良いほど似ていない。百八十に迫る高身長のニナに対して、リナは百五十に届かないチンチクリン。純粋で素直なニナに比べて、自分本位で思い込みと感情の起伏が激しいリナ。剣の才能を有するニナと魔法の才能を有するリナ。ほぼすべてが正反対の姉妹だった。


 まぁ、血が繋がっているのは理解できるよ。目鼻立ちは似ているから。でも、それくらいしか共通項が見当たらないのも事実だ。


 どうしたもんかねぇ。


 試合開始までの僅かな猶予。オレは思慮を巡らせる。


 カロンたちに大見得を切ったは良いものの、実はリナをどう扱うか決めかねていた。本来の目的からして勝利するのは確定事項だが、どう勝つかが問題だろう。


 瞬殺は、まず除外する。これをやると、おそらく問題を先送りするだけになると思われる。リナみたいな手合いは、戦わずしての敗北は敗北と認めない可能性が高い。


 では、接戦を演じて戦ってあげる? それもあり得ない。接戦なんてしてしまったら、本来の目的より逸れてしまう。


 となると、その中間を狙うのがベストか。面倒くさいが、愛するニナのためだと考えれば、これくらいの厄介ごとは請け負ってあげようと思える。


『これより、決勝トーナメント第一試合を開始いたします』


 思考に区切りがついたところで、タイミング良くアナウンスが流れた。


 少ない観客たちが騒がしくなる中、審判は片手を直上に上げ、「はじめッ」のセリフと共に振り下ろす。


 ついに、試合が始まった。リナは待っていましたと言わんばかりに、片手剣を構えて踏み出そうとする。


 彼女が駆け出す前に、こちらも動こう。


 オレは【位相隠しカバーテクスチャ】よりリナの持つ剣と同系統の得物を取り出し、足元に円を刻んだ。オレをグルっと囲う半径一メートルにも満たない円。一歩――いや、半歩動くのがギリギリの面積だった。


 不可解な行動に、会場すべてのヒトが訝しむ。当然、対戦相手であるリナも眉根を寄せた。


 ただ、“それがどうした”とリナは駆け出す。獣人由来の筋力と、土魔法の強化バフを掛け合わせ、世間では上位者と認められる速度で走る。


 二十メートルを僅か数秒で詰めた彼女に、観客たちは湧いた。驚嘆に値する身体能力だと褒め称える。一部では、勝負あったなと楽観視する者も現れるくらい。それほど、リナの動きに大衆は魅せられていた。


 しかし、


「調査通り、実力に誤差はないな」


 今まさに、脳天に向かって振り下ろされる剣を見据えながら、オレは呑気に呟く。それから、差し迫る鈍色の刃を弾き返した。


「なっ!?」


 一撃で決めるつもりだったのか、リナは驚愕の声を漏らす。弾かれた剣をそのままに硬直し、懐を無防備にさらしていた。


 それを見過ごすほどお人好しではない。オレは彼女の腹に向かって、ミドルキックを見舞った。


 クリーンヒットした蹴りの勢いを殺せず、リナの体は大きく後方へ吹き飛ぶ。といっても、ダメージは皆無だ。衝撃で飛ばされたとしても、指輪の効果で無傷で済む。


 リナが舞台の端っこまで転がっていき、会場は静まり返った。痛い静寂が場を支配する。


 ほとんどの観客たちも、オレが反撃に成功するとは考えていなかったらしい。もしくは、反撃できたとしても、こうも容易く処理してしまうとは思っていなかったか。


 どちらにしても、オレの実力が侮られていたことになる。ミネルヴァの提案に乗って正解だったなと、改めて思った。


 まぁ、有象無象の反応は置いておこう。今はリナに集中した方が良い。


 彼女はすでに立ち上がっていた。剣を構え、瞳に戦意と敵意を満たして睨んできている。


 ところが、先程のように突進はしてこなかった。バカ正直に突っ込んでも勝てないと学んだ様子。脳筋ではあるが、学習能力が皆無ではないよう。


 即座には襲いかかってこないみたいだし、今のうちに言っておくか。


 握った剣をゆらゆら揺らしながら、オレは宣言した。


「この試合、この円の外へオレは一歩も出ない。出てしまった場合は負けでいいよ」

 

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