Interlude-Louise 勇者の評価
王城内にある第一王女アリアノート殿下の私室。王族らしい
アリアさまは大きなソファに腰を掛け瞑目しており、その間に小官は茶の用意を進める。
「お茶の用意ができました」
紅茶の注がれたカップを目前に置くと、アリアさまは目を開けられた。
「ありがとう。いつものことですが、申しわけなく思います。騎士のあなたに給仕のマネゴトなど」
「滅相もございません。アリアさまのご命令とあらば、この程度は容易いことです」
アリアさまが素を見せられる機会はほとんどない。国を守る政略の一環として、このお方は常に自らも偽り続けておられるのだ。
いくらアリアさまが規格外のお方だとしても、常時演技をし続けると気疲れを溜められてしまう。ゆえに、こうして私室では――小官の目しか届かない時くらいは楽になさってほしかった。茶汲みだけに使用人の入室を許可できるはずがない。
「そう。なら、良かったです」
小官の言葉が本心より発せられたものだと理解してくださったのだろう。アリアさまは追及せず、簡素に頷かれた。
それからしばらく。茶を口に含んでは何やら考え込む、という動作をアリアさまは繰り返された。カップの立てる僅かな音のみが室内に響く。
「やはり、そうとしか考えられませんわね」
ふと、アリアさまは言葉を溢された。
こうやって考えを口になされるのは、最終的な思考のまとめに入ったサインである。また、小官に相づちを打つことを求める合図でもあった。討論形式にした方が、思考をまとめやすいらしい。
「
小官が問うと、アリアさまは手に持ったカップを置いて、こちらへ視線を向けられる。
「状況から察するに、フォラナーダの誘導によって、
「勇者を押しつけられる、ですか?」
小官は思わず首を傾いでしまう。
先日、アリアさまを会長とする新生生徒会が結成された。当然ながら人事異動等も行われ、その際に勇者や聖女を勧誘したのだ。能力の是非はともかく、彼らは広告塔としての影響力が強いため、所属してくれるだけで役に立つ。
結果、聖女には断られてしまったが、勇者プラス獣人の少女のおまけが加入した。案の定、生徒会に求められる事務能力は低いけれど、元より期待していた方では、大いに役に立ってくれている。
これまでの経緯を考慮するに、フォラナーダの誘導が介在する余地はないし、”押しつけられる”という表現も不適格に思える。どうして、そのような結論に至られたのか不思議だった。無論、アリアさまの
アリアさまは
「まず、フォラナーダに誘導されたと判断した理由を説明いたしましょう。前提として、
当然だ。彼らの勧誘はアリアさまがご立案なされたこと。有象無象の誘導に引っかかるお方ではない。
「ですが、勇者の方は異なります。おそらく、彼らは元々生徒会に入る意思を有していなかったのでしょう。以前に、初勧誘の際は乗り気ではなかったと報告を受けています」
「はい、小官もそのように耳にしております。『修行が忙しいから』と言って断られたと。……まさか、勇者に生徒会へ入りたいと思わせるよう、フォラナーダは誘導を行ったのですか?」
『時間を置いて考えが変わっただけ』と思い込んでいたのだが、アリアさまの言う通りならば驚嘆すべき事実だ。何せ、勇者たちの頑固さは、この短い期間で嫌というほど味わっている。小手先の技で意見を翻せる相手ではない。
「確たる証拠もございませんし、
「それは……確かに」
アリアさまの言に、小官は頷かざるを得ない。
勇者と獣人少女――リナと言ったか――は武力主義者なのだ。何かの問題に直面すると、真っ先に武力解決を候補に挙げてくる。まさに、脳ミソまで筋肉で詰まっているのではないかと思えるくらい。小官も他人のことを言える立場ではないけれど、勇者たちに限っては極まっていた。
「次に”押しつけられた”と表した点ですが……そうですね。ルイーズは勇者たちをどのように評価しておりますか?」
「事務能力に関しては落第点ですね。学力自体は相応に有しているはずなのに、それを活かし切れていない印象を受けます。武力方面はそこそこといったところでしょう。両名とも魔法の才は光るものを感じますが、現状では発展途上。剣の腕も中途半端です。それらを鑑みると、『優秀ではあるが突出はしておらず、能力を応用できない不器用な者たち』と小官は評価します」
一兵士としては十分。命令されたことを粛々とこなす能力はあった。しかし、上に立つ人材ではない。どう足掻いても、部隊長が限界だろう。
こちらの意見を聞き終えられたアリアさまは、「なるほど」と興味深そうに首肯された。
「騎士であるルイーズらしい着眼点ですわね。あなたの意見は正しいわ。勇者も、そのおまけの少女も、上に立つ器はないでしょう。しかし、潜在能力的に、お二人はきっと前剣聖を超える実力を身につけるでしょう。そうなれば、勇者という肩書も合わせて、上に立たせざるを得なくなります」
「それは……」
否定できない。いくら応用力がないとはいえ、地力を上げていけば着実に強くなる。彼らのスペックの高さを考慮すると、アリアさまの想定は現実的なものだった。
それに、とアリアさまはお続けになる。
「勇者たちは独特の価値観を有していらっしゃる。それは、放っておくと聖王国の崩壊に繋がりかねない気がします」
「確かに危険思想寄りなのは把握しておりますが、国家が崩壊するほどでしょうか?」
「あくまでも
暗に、始末等を控えるよう釘を刺された。
法で守られている勇者は別として、おまけのリナについては何の制約もないのだが……アリアさまが仰るのなら従おう。
それにしても、
「だから、”押しつけられた”、ですか」
ようやく納得がいった。
勇者たちは、間違いなく『扱いに困る』類の人種だ。才能は膨大なくせに土台がしっかりしていない、優秀な愚者とも言うべき存在。かといって、放っておくと何を仕出かすか判然としないため、適度に見守っておく必要がある。
今後、彼らが精神的に成長してくれれば扱いも変わってくるのだろうが、それまでは面倒を見ないといけないわけで。フォラナーダが誘導した結果なのだとしたら、まさしく体の良い厄介払いだった。
すると、珍しくアリアさまが溜息を吐かれる。
「おそらく、
アリアさまはそこで言葉を区切り、笑みを浮かべになられた。心胆を寒からしめるような、冷たい氷の笑みを。心の底より
「今回の”押しつけ”は、
それは小官も気になっているところだ。
先日のチェス。実のところ、フォラナーダ伯爵は最初からアリアさまの手のひらの上だった。わざと転がっていた気配も見られなかった。頭脳に関しては、確実にアリアさまの圧勝だろう。
だのに、現実ではフォラナーダが先行する展開が多い。実働部隊の差かとも考えたけれど、それだけでは済まされない開きが存在した。
「本当に興味深い人です、ゼクスさんは」
笑い、
その笑みの裏側にどのような感情が秘められているのか。小官にも、その深奥は分からなかった。
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