Interlude-Orca 聖女(2)

時系列は「鍛錬ときどき追跡(2)」辺りです。

ちなみに、今回の一件はゼクスも把握しております。


――――――――――――――



 ボク――オルカとミネルヴァちゃんは、ゼクスにぃたちがトップクラブとの試合に向けて鍛錬を積んでいる間、自主訓練を行うことにした。どちらかというとミネルヴァちゃんの希望だね。ボクは付き添いの意味合いが強い。あと、使用人のテリアも同行してるよ。お仕事、お疲れさま。


 自主練とは言ったものの、ボクたちが真っ先に訪れたのは学園の図書室だった。何でも、文献等を改めて見直したいんだとか。たぶん、自分の魔法を構築し直すつもりなのかな? 結構、本腰を入れた訓練を行うみたい。


 何となく感づいてはいたけど、最近のミネルヴァちゃんは焦り気味だ。強くなることに貪欲と言い換えても良いかもしれない。魔力操作の鍛錬は誰よりも懸命に行っているし、こうして自身の魔法を洗い直そうと資料をあさっている。必死に努力を重ねていた。


 いや、前々から魔法に関しては一生懸命な子だったよ。でも、学園に入る前後くらいより、その熱が増している気がするんだよ。悪い方向に暴走していないから見守ってるだけだけど、少し心配だな。


 ……まぁ、ゼクスにぃは全然動いていないし、考えすぎなのかな。あのヒトはボクたちのことをシッカリ見てる。自分の婚約者なら、なおさら大事にならないよう対処してくれるだろう。


「合成魔法の資料を精査したいの。関連書籍を探すの、手伝ってくれる?」


「分かったよ。上級者向けのを中心に見繕えばいいよね?」


「ええ、それでお願い」


「私もお手伝いさせていただきます」


 図書室に到着して早々、ミネルヴァちゃんがそう要請してきた。ボクとテリアは二つ返事で頷き、本の山へと歩いていく。


 学園の図書室はとても大きい。国立図書館レベルとまではいかないけど、平民も入れる場所の中では随一の蔵書数を誇ると思う。確か、現時点で九十万冊を超えてるんだっけ。


 そんな中から関連書籍を全部持ってくるのは一苦労だ。地図が用意されているので、本の場所自体は簡単に見つかるけど、今回みたいな場合は一人で持ち運べる量ではなくなる。三人でも往復必須だろう。


 ボクの懸念は的中し、最終的に五十冊近い本を用意する結果となった。これでも厳選したんだけどね。【身体強化】を学んでなかったら、今頃は腕がパンパンになってたよ。


「手伝い、感謝するわ。私は読書に集中するから、残りの時間は自由にしていいわよ」


「そう? じゃあ、ボクも何か本を読もうかな」


 せっかくの機会だし、ボクも読書に励もう。いっぱい本があるんだもの、ボクの興味を惹くものだってあるはず。


 少しステップ気味に本棚の方へ向かう……っと、その前に、


「テリアはミネルヴァちゃんに付いててあげて」


「承知いたしました」


 どちらに侍るか戸惑っていたテリアに指示を出しておく。


 そうそうトラブルは発生しないとは思うけど、読書に集中するミネルヴァちゃんの方が無防備だからね。


 よし。改めて、面白そうな本を求めて、いざ出陣だ!








「うーん。数が多すぎて、逆に選べないな……」


 数多に並ぶ本棚の中、ボクは腕を組んで唸っていた。


 意気揚々と出陣してから一時間は経過したにも関わらず、未だに読む本を選べてなかった。たくさん本がありすぎて、どうにも目移りしてしまうんだ。


 一つ一つ順番に読めば良いんだけど、その順番を決めるのにも迷ってしまう始末。今日中に読める本は限られてるからね。


 とはいえ、このままだと一冊も読めずに時間切れになる。それでは本末転倒だろう。


「うーん」


「あれ、あなたは……」


「んー?」


 再び唸っていたところ、女性の声が聞こえた。


 これは意外。誰かが近づいているのは感知していたけど、声を掛けられるとは思わなかった。


 誰だろうと声の主の方へ振り返る。そこには金髪にうぐいす色の瞳を持った女性――今代の聖女がいた。


「えーっと……セイラさん、だっけ?」


 ボクは頭を捻り、彼女の名前を思い出す。クラスメイトとはいえ、ほとんど交流がなかったので、些か記憶を掘り起こすのに時間を要してしまった。不快に思われてないと良いけど。


「はい。私はセイラ・イセンテ・ホーライトと申します。未熟者ながら聖女を拝命しています。そちらはオルカさんでしたよね?」


 笑顔で名乗りを上げるセイラさん。良かった、特に疎ましく感じられてはいないみたいだ。


 ホッと内心で安堵しつつ、ボクも名乗り返す。


「オルカ・ファルガタ・ガ・サン・フォラナーダです。同じクラスですが、こうして話すのは初めてですね」


 聖王国の法により、聖女は貴族相応の扱いを約束されてる。さっきは不意打ちのせいで言葉遣いが乱れてしまったけど、礼儀正しく対応しなければいけない。


 しかし、それはセイラさんの望むものではなかった様子。彼女は僅かに眉を寄せた。


「できれば、いつも通りのフランクな口調でお話してください。私は平民ですので、貴族の方にかしこまられると緊張してしまいます。それにクラスメイトなら、なおさら気軽に接していただきたいです」


「分かったよ。セイラさんがそう望むのであれば」


 ボクは肩を竦めて返した。


 本人の希望には沿わないとね。社交場でもないんだし、そこまで厳密な作法は求められないもの。 


「それで、ボクに何か用かな?」


「え?」


「声を掛けてきたでしょ」


 こちらの質問に目を丸くするセイラさん。


 交流のなかったボクにわざわざ声を掛けたから、何か用件があると考えてたんだけど、もしかして違ったのかな?


 心のうちで疑問を抱いていると、彼女は焦った様子で両手を振る。


「あっ、ごめんなさい。用があったわけではないんです。ただ、知った顔を見かけたから、つい……」


「嗚呼、そういうこと」


 セイラさんの言葉を聞き、ボクは得心した。


 彼女はボクと似たタイプのヒトみたいだ。人見知りをしないというか、誰とでも交友を深められる性質たち。説明としては不十分かもしれないけど、僕にはそれだけで十分だった。


「め、迷惑でしたか?」


「ううん、全然かまわないよ」


 不安げに問うてくるセイラさんに即答した。


 ボクも誰かと友好を深めることに躊躇ためらいはない。むしろ、こうして積極的に歩み寄ってくれるのは好ましく思う。


「暇潰しの本を選んでただけだからね。今は、その本決め自体が暇潰しになりかけてたけど」


 そう苦笑を溢すと、あちらも苦笑いを浮かべた。


「ありますよね、そういうこと。ここは本がたくさんありますから、余計に悩んじゃいます」


「そうそう。目的が決まってれば問題ないんだけど、当てもなく選ぼうとすると決められないよね」


「はい。気がつけば日が暮れちゃいます」


「だよねー。まさに、そうなりかけてるもん」


 何というか……セイラさんは話しやすい子だ。会話のリズムが合うのか、ついつい口が緩んでしまう。いつの間にか、本選びそっちのけで雑談を楽しんでいた。


 そのまま彼女との談笑に興じること幾許か。


「こんなところにいたのね」


 ふと、背後よりミネルヴァちゃんの声が聞こえた。


 振り向けば、彼女とテリアが並んでいる。どちらも、呆れを滲ませた表情を浮かべていた。


 ボクは首を傾ぐ。


「調べものはいいの?」


「ええ、終わったわ」


「早いね」


「何言ってるの。もう日が暮れてるわよ」


「えっ!?」


 ボクは、慌ててポケットにしまっていた魔電マギクルを確認する。この魔道具には、時刻を示す機能も搭載されているんだ。


「ほ、本当だ」


 セイラさんと四時間くらい会話してたらしい。これには、さずがに驚きを隠せなかった。


 どうやら、ボクと彼女の相性はかなり良い模様。再び話す機会があった際は気をつけないといけないだろう。


「あら」


 ボクが驚愕している間に、ミネルヴァちゃんはセイラさんの存在に気がついたよう。この組み合わせを不思議に思ったのか、少し目を見開いている。気持ちは分かるよ、意外だよね。


 ただ、呆気に取られたのは一瞬で、すぐさま彼女は礼の姿勢を取った。


「聖女さまもご一緒だったんですね。私はミネルヴァ・オールレーニ・ユ・カリ・ロラムベルと申します。クラスメイトではありますが、初めましてと申した方が宜しいでしょうか」


「あっ、はい、はじめまして。セイラ・イセンテ・ホーライトですッ。えっと、そんなにかしこまらないでください。緊張してしまうので……」


「そう? それでは遠慮なく」


 さすがは公爵令嬢。完璧な所作の挨拶を行っていた。対するセイラさんはタジタジだったけど。


 セイラさんの要求をアッサリ呑んだミネルヴァちゃんは、続けてボクへ視線を向けた。何故か、半眼である。


「で、あなたたちは何をしてたのよ。もしかしてナンパ?」


「ち、違うよ!? ただの世間話をしてただけ」


「何時間も?」


「うっ、それを言われると……」


「さ、先に話しかけたのは私からなので」


「じゃあ、逆ナン?」


「えぇ!?」


 援護してくれたセイラさんだけど、一撃で返り討ちに遭っていた。強すぎる、ミネルヴァちゃん。


 というか、この様子だと、ミネルヴァちゃんもセイラさんと相性が良い? いつもより言葉のキレが鋭い気がする。


 ボクたちがしどろもどろ・・・・・・になったのを認め、ミネルヴァちゃんは溜息を吐いた。


「もう遅い時間だから帰るわよ。聖女さまも学生寮へ戻った方がいいわ。門限があるのでしょう?」


「あっ、そうだった! ご、ごめんなさい。私、帰りますね」


 時間を指摘されたセイラさんは、顔を青ざめさせて去っていった。よっぽど、門限破りのペナルティは重いらしい。


 その背を見送った後、ミネルヴァちゃんは問うてくる。


「聖女さまのこと、気になるの?」


「それ、どういう意味で訊いてる?」


 妙な言い回しに嫌な予感を覚えたボクは、質問をし返した。


 すると、彼女は肩を竦める。


「恋愛的な意味で訊いてるわ」


 やっぱり。


 ボクは溜息を吐く。


「そんな気はないよ。話は合うし、一緒にいて不思議と安心感は覚えるけど、彼女に抱くのは友情だと思う」


 セイラさんとの時間を心地良く感じたのは事実だ。不思議な感覚だったけど、それが聖女なのだと納得する他にない。


 でも、どこか物足りなくも思う。


 それはたぶん、彼女に感じるモノ以上の安心感を知ってしまってるからかな。あのヒト・・・・の大きな背中と強い安心感に勝る代物はないだろう。


 だから、セイラさんが恋人になるのは、ちょっと想像がつかない。ステキな女性だとは思うけどね。


「そう」


 ボクの返答に対し、ミネルヴァちゃんは短く呟いた。


 興味なさげな雰囲気を出してるけど、長く一緒に生活してきたボクには分かる。安心したってところかな。


 何だかんだ、ミネルヴァちゃんは周りのみんなを気にかけてあげてる。そこがとても頬笑ましいんだよね。


「じゃあ、帰ろう!」


「そうね」


 予定外の交流はあったけど、ボクたちは無事に帰る。ゼクスにぃたち家族の待つ家へ。

 

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