Chapter5-7 星の鉄槌(3)

 半壊した森国の王都でも唯一無事な場所、『大樹』の元にオレは立っていた。


 森国で神木と崇められている木は、とても巨大だった。幹の太さは一キロメートルを超え、標高も山と見紛うほど高い。頂点は雲の上だもの。神聖視されるのも理解できる、圧巻の迫力だ。


 とはいえ、今は『大樹』を呑気に眺めている時間的余裕はない。王都は鎮圧したが、未だに各地で結界への攻撃は続いている。ノマの限界が来る前に、さっさと用事を済ませないといけない。


 オレは、足元にいるボロボロの森国の王を見る。血塗れでアザだらけではあるけど、手加減はした。口を利ける程度の元気は残っている。オレを見る目は怯え一色だけども。


 ちなみに、精霊王は視界の端で平伏している。先程、オレの魔力を全開で浴びたせいで、心がポッキリ折れてしまったようだ。発狂とまではいかずとも、全身を小刻みに震わせている。もはや逆らいはしないと思われる。


 まぁ、奴は良いんだ。今は森国の王に集中しよう。


「おい、起きろ。お前に訊きたいことがある」


「ひぃ。な、何んだ!?」


 完全に戦意喪失しているな。これなら、妙な誤魔化しや嘘は吐かないだろう。虚偽報告をされても、こいつは感情表現が分かりやすいから看破できるし。


「何故、カロライン嬢をさらおうとした?」


 優先して尋問したお陰で、森国の間者どもより目的は聞き出せた。だが、肝心の動機については未だ謎だったんだ。その辺りは明確にしておきたい。裏に魔女の存在が窺えるのなら尚更。


 そも、こうして国中を閉じ込めたのだって、暗躍しているだろう魔女の遁走とんそうを阻止するためだ。


「き、貴様、やはり聖王国のサルどもの回し者か!?」


「そういうのいいから、サッサと答えろ」


「ひぃ」


 軽く地面を踏み鳴らすと、王は大仰に身をすくませる。大ケガを負っているために逃走は叶わないが、今すぐこの場から離れたいと目が語っていた。


 王は慌てて口を開く。


「た、『大樹』の耀きが衰えてしまったからだ!」


「『大樹』の耀き?」


 チラリと神木と称されるモノを見る。荘厳な雰囲気をまとう立派な樹木だとは思うが、光ってはいない。普段は耀いているというのか?


 オレは顎で話を進めるよう促す。


「た、『大樹』は世界に耀きを満たす役割を担った、まさに神木なのだ。その耀きが衰えるなど世界の危機に他ならない。ゆえに、耀きを取り戻す方法を考えた」


「それがカロライン嬢だと?」


「ひ、光魔法師の手が必要だと判明したのだ。嘆かわしいことに、今代の我が国には光魔法師がいない。であれば、余所から連れてくるしかない。我らは何も間違っていない、これは世界を守る正義の行いなのだ!」


 王の言い分に、オレは目をすがめる。


 彼らは、今回の件を必要な犠牲だと判断しているみたいだ。世界を守るという名目を抱えているんだからな。光魔法師はおらず、光精霊も存在しない・・・・・・・・・以上、外より招くしかない。


 だが、だからといって、他国からヒトを誘拐して良い理由にはならない。もっと穏便な方法はあっただろうに、それを選ばなかったのは、犬猿の仲である聖王国に弱味は見せられないとでも考えたんだろう。結局のところ、保身と怠慢だ。


「光魔法師は他にもいた。カロライン嬢に狙いを絞った理由は?」


「し、消去法だ。第一王女はどう考えても無理。もう片方は平民だが、『聖女』に選ばれている以上、役目を果たすまで手を出すわけにはいかない。ここ数年で名を上げたフォラナーダを敵に回すのは骨が折れるが、他の二人よりはマシだと判断した」


「消去法の結果、特大の地雷を踏み抜いたとは、愚かとしか言いようがないな。オレがかの貴族と懇意にしてるのを把握してなかったのか」


「ぐぅ、単身で突撃してくるとは思うまい」


 歯噛みする森国王の認識は正しい。いくら二つ名持ちのランクAでも、普通の感性なら国を敵に回したりはしない。個人が国に勝てるだなんて、誰も考えない。


 そこで、ふと気づく。


 そうか。一連の森国の工作は、カロン誘拐のアシストだったんだ。間者の侵入や『リーフ』の流通、潜在的スパイの露見など。ここ最近のフォラナーダ暗部は多忙を極めていた。そのせいで、色々と手が回らなくなっていたところがある。


 これらが意図的に起こされたものだと考えれば、腑に落ちた。こちらの暗部を機能不全にすることで、カロン誘拐の成功率を上げようと考えたんだろう。


 彼らの誤算は、後手に回ってもフォラナーダは盤石という事実だな。確かに、暗部の活躍あってのフォラナーダだけど、それに頼り切っているわけではなかった。


「動機は理解した。でも、一つ分からない点がある」


 すべての騒動の原因が『大樹』の異常にあり、それを解決するためにカロンを求めた。流れ自体は、腹立たしくも理解できる。


 しかし、どうしても意味が分からない部分があった。


「どうして魔女の協力を得た? どう考えても、魔女が『大樹』に悪影響を与えたんだろうに」


「は?」


 対して、王は寝耳に水といった表情を浮かべた。


 それから、震える声で問うてくる。


「ま、魔女とは何のことだ? 貴様は何を言っているんだ?」


「本気で言っているのか? この国の間者たちは呪物を装備してたし、『リーフ』だって魔女製の薬物だぞ」


「呪物? 『リーフ』? 何のことだ? 私をからかっているのか? 私は光魔法師カロラインの誘拐を指示しただけだぞ」


「……」


 動揺によって感情の揺らぎはあるけど、嘘を吐いた際に見られる焦り等は見られなかった。彼は真実を語っている。


 その瞬間、オレの脳裏に過ったのは、とある魔女の研究資料と最終目標。


 呪いはヒトの負の感情を増幅させる一方、負の感情も世界の呪い淀みを増加させる。


 要するに、世間が混沌を極めるほど世界に蔓延はびこる呪いが増え、増えた呪いが世間をさらに混沌へといたらしめる。最悪の循環が完成するんだ。


 その結果に発生する事象は――


「……魔王の復活」


 オレは小さく舌を打った。


 やはり、今回の件に関与していた魔女は『西の魔女』で間違いないようだ。西の魔王の復活を目論み、かつてはニナ殺害未遂の片棒を担いでいた諸悪の根源。


 念を入れて、【シャドーウォーク】を対策した結界にしておいて正解だった。ケチって普通の結界を選んでいたら、今頃逃げられていただろう。


 魔女の居場所はこの後探すとして、今は目前の下種へ最後の処理をしよう。


 認識を逸らされていたのか、魔女の存在は認知していなかったみたいだが、潜在的スパイを登用し、カロンの身柄を狙ったのは揺るがぬ事実だ。オレが手を下す理由には十分だった。


 肉体的な罰は――多少物足りないけど――与えた。残るは精神的な罰である。


 ただ、精神魔法で恐怖を植えつけるのは芸がない。だから落とすんだ、鉄槌を。


 唐突に天が光った。夜の帳を斬り裂き、半壊した王都中を煌々と照らす。


 空より出現したのは【星】だ。オレの二つ名の由来となった巨大な魔力塊が、今まさに森国の王都に降り注いだ。


 とはいえ、今回は殲滅目的ではないので、五発に抑えている。それらを上手くコントロールして、『大樹』の隣に建つ王城へと落とした。


 白と緑を基調にした華々しい城が、ゴゴゴゴゴと轟音を立ててし潰されていく長い歴史を積み重ねてきたんだろう建造物は、微塵の容赦もなく粉々に砕け散っていった。


「あ、あ……ああああああああああああ!?!?!?!?」


 森国の王は半狂乱気味に慟哭どうこくする。


 それを冷ややかに眺めながら、オレは王都中に届くよう伝達の魔道具を発動して声を出した。


「オレの魔法によって、王城はガレキの山と化した。オレの世話になってるフォラナーダに妙なマネをしようものなら、今度は王都全域が城と同じ運命を辿るだろう!」


 王都に残る全員を脅した後、オレは未だに叫び続ける森国王へ顔を近づける。


「あと、子どもを利用したスパイ計画も止めろ。あんな外道の所業を続けてみろ。冗談じゃなく、この国を更地にしてやる」


「ッ!?!?」


 【威圧】を込めた脅迫は効果抜群だった。王は、頭が落ちるのではないかと思えるほどに首を上下に振った。


 それを認めたオレは、王より離れて肩を回す。そして、【位相連結ゲート】を開いた。


「さて、最後の落とし前だ」


 この時のオレの表情は、とても他人に見せられたものではなかったと思う。

 

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