Chapter5-7 星の鉄槌(2)

「クックックックッ」


「何がおかしい?」


 オレがクツクツと笑声を漏らすと、王は不審そうに問うてきた。


「お前はまた一つ、勘違いをしてる」


「勘違い?」


 一つは、オレが救助に来たと考えたこと。


 そしてもう一つは――


「オレがいつ、『正式に訴えを起こす』なんて言った?」


「なっ!?」


 ここで初めて、森国の王は瞠目どうもくした。信じられないという風にアングリと口を開く。


「証拠なんて、どうでもいいんだよ。お前たちが仕出かした事件だとオレが認識してさえいれば、それでいい」


 向こうが証拠を残さないよう慎重に動いていたことくらい、最初から分かり切っていた。公正な制裁を与えられないのは、とうの昔に悟っていた。


 しかし、しかし、だ。多くの子の愛を奪い、友の夢と希望を踏みにじり、醜悪な茶番劇まで見せられ、さらには最愛のカロンを狙った。そんな連中を何のお咎めなしで許せるほど、オレの器は大きくないんだよ。


 何度も【平静カーム】を発動して怒りを抑えていた。でも、もう限界だった。


「最初に言ったはずだ。忠告と鉄槌だと。これは制裁じゃない、オレの私的な罰だ。『星』の鉄槌、心して受けろよ」


 オレの嘲笑を含んだ言葉に、森国の王は激高する。


「ふざけるな! そのようなこと認められるはずがないッ。貴様は、我が国のすべてを敵に回して勝てるとでも思っているのか!? この王都だけでも、これほどのエルフや精霊が集っているのだぞ。我らを前に、生き残れるとでも?」


 普通なら不可能だろう。ヒトの中でもっとも魔法に秀でるエルフと魔の申し子たる精霊の大群。それを相手に勝てる人間なんて、普通は・・・存在しない。


「無論だ」


 だが、オレは普通ではない。お前たちに完勝できると、きっぱりと断言した。


 そんなコチラの態度を不遜だと感じたらしい。顔を真っ赤にした森国の王は、怒りに任せた大音声だいおんじょうを上げる。


「皆の者、こやつは森国の大敵だッ。殺してしまえ!」


 彼の号令と共に、有象無象どもが魔力を隆起させる。大方、魔法の一斉掃射でも行うつもりだろう。


 対処は容易いけど、いちいち全員を相手にするのは些か手間だ。とはいえ、事の詳細を知らない彼らを殺すのもやりすぎ・・・・か。


 オレは一瞬で切る手札を取捨選択し、呼吸をするように発動する。


「【圧縮】」


 緻密な制御を行うゆえに、あえて魔法名を唱えた。


 無属性魔法の【圧縮】は、最上級土魔法の【重圧】――指定範囲の重力を増加させる――を参考に開発した魔法だ。指定した方向に魔力の圧をかけ、範囲内の物質を圧し潰す効果がある。


 指定範囲は王都の全域……一応、『大樹』は避けるか。指定方向は地面へ。全身の骨は砕けるけど、再起可能なくらいに威力は調整する。


 一般人が地下に避難しているのは把握済みなので、遠慮なく魔法を発動できる。建物も多くが崩れてしまうとは思うけど、そこまで配慮する義理はない。


 オレの魔法は無事に効果を発揮し、王都全体がきしみを上げた。地上にいた兵たちは地に這いつくばり、上空にいた者たちも地に落ちる。あまりの圧に、誰一人として呻き声さえ上げられない。


 唯一【圧縮】に耐えたのは、精霊王を携えた森国の王のみ。


 正確には、こちらが手加減をしたんだけどな。あいつだけは【圧縮】だけで済ませる気はない。


「こ、これは【重圧】か!?」


「違う、土魔法の気配は感じない。未知の魔法だ!?」


 悲鳴染みた二人の叫び。


 今のやり取りから察するに、精霊王は身に受けた魔法の概要を把握できるらしい。


 もありなん。アカツキやオレは見ただけで魔法の詳細を識別できる。その劣化であれば、向こうも行使できるだろう。まぁ、無属性魔法は判別できないから、劣化のさらに劣化と評した方が適当だが。


「かかってこないのか?」


 慌てふためくだけで動かない彼らをあおる。


 扇動に耐性がないのか、森国の王は目をカッと見開いた。


「なめるな。お前如き、私と精霊王殿の力で十分だわ!」


「精霊の頂点たる力、その身でとくと味わうが良い!」


 精霊王も精霊王で、一緒になって気炎を揚げる。


 もしかしなくても、この二人は実戦経験が薄いよう。


 納得はできる。王が出張るなんて状況は、よっぽど国が追い詰められなくては回ってこない。戦い慣れていなくて当然だった。


 精霊王の力を行使したようで、森国の王までも四色に輝き出し、こちらに向かって飛翔してくる。


 先程より観察していた限り、精霊王は光と闇以外の属性を有する存在らしい。一人一属性が原則の精霊の中では逸脱した存在と言えよう。内包する魔力量も断然多い。


 だが、敵ではないな。出会った時にノマが発言していたが、八年前のオレでも魔力量や魔力密度が精霊王より上だったらしい。となれば、成長した今は比べるべくもない。


 魔力関係のみで勝敗が決まるわけではないけど、圧倒的力量差はすべてを塗り潰す。加えて、オレが向こうより上回っている点は魔力以外にもある。戦いの結果は目に見えていた。


 ……まぁ、見えているのは、この場にオレしかいない様子だが。


「その首、斬り落としてくれるッ!」


「首から下は粉微塵だ!」


 沸点の低い森国王と精霊王の両名は、自分たちが弱者だと微塵も考えていない。剣と魔法を構え、無策の突貫を仕掛けてきた。


「はぁ」


 オレは溜息を溢してから動き出す。


 まずは精霊王を排除しよう。


 森国の王とは友好関係を築いているようだけど、国家運営に関わっている風ではない。先程の潜在的スパイについて糾弾きゅうだんしていた際も、ものすごく興味なさげな表情をしていた。であれば、必要以上に痛めつけはしない。


 王たちがこちらへ辿り着くのを待ち構えつつ、【銃撃ショット】を無数に放った。殺す予定はないので、四肢を中心にハチの巣の如く穴を開ける。


「ぐあぁぁぁぁあああああ!!!!!!!」


 精霊王は絶叫し、森国王の傍らより離れて落下を始めた。


 うん? 想定よりも傷が浅いな。……嗚呼、そうか。精霊は魔力体だから、物理的な攻撃の影響が弱まるのか。【銃撃ショット】は純粋な物理攻撃とは異なるのでダメージは通ったけど、これは思った以上に厄介だ。


 あの傷だと、すぐに戦線復帰してしまうだろう。ゆえに、追撃を見舞った。今度は、魔力放射に【恐怖】の精神魔法をブレンドした特別製の技を。


「ぎゃあああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」


 落下しながら藻掻き苦しむ精霊王。きちんと効果は発揮された様子。


 以前、ノマのために【翼を与えるスピリット・ライフ】を開発した経験が活きたな。精霊相手に効果的な魔法を即興で作り出せたよ。


「精霊王殿!?」


 突然の相棒の脱落に驚く森国の王。


 精霊王の施した魔法は彼が離れても健在だが、肝心の対象者が棒立ちになってしまっては意味がない。


 そして、そんな隙を見逃すほど、オレはお人好しではなかった。


 魔力の足場を空中に作って接近。森国王の鳩尾に拳を一発放る。無論、死なれては困るので手加減込みだ。相当苦しむだろうけども。


 王の体が少しだけ浮く。パンチが弱かったのではなく、衝撃を余すことなく全身に行き届かせるよう調整したんだ。今の彼は、体中を走る痛みを受けている。


「うが、あが……がッ」


 よほど痛いみたいで、叫び声さえも上げらないでいる。つっかえながらの呼吸を繰り返し、そのまま体を傾けさせた。


 放置すれば地上の染みになり果てるとは思うけど、それは許さない。


「ぐがッ」


 オレは王の首を掴み上げ、宙づりにした。


 悶え苦しむ彼を見据え、空いている拳を構える。


「う、あ!?」


 こちらの思惑を悟ったらしい。森国王は目を見開き、オレより逃れるために暴れようとする。


「遅いよ」


 そう冷たく言い放ったオレは、構えたものを放った。


 それから何度も、戦場に激しい殴打の音が響くのだった。

 

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