Chapter5-7 星の鉄槌(1)

 少し話を戻そう。カロンたちの魔駒マギピースの試合直前、オレがどこに転移していたかの話だ。


 結論から言うと、森国しんこくの王都まで飛んでいた。再び出し抜かれないよう、その予防線を張るために。


 というのも、シオンより情報を得た時点で、オレは森国に『西の魔女』を名乗る賊が潜んでいると予想したんだ。


 彼女が南に向かっていたのは、過去の逆探知で把握していた。そこに『リーフ』やら、森国間者の妙な動きやら、ローレルの保有していた呪物やら、キナ臭いことが連発して起こった。疑うなという方が無理だろう。


 きっと、ここで手を打っておかないと、『西の魔女』は前回みたいに逃亡してしまう。そう確信したオレは、強引な手段を講じることにした。


 はたしてそれは、森国全体を結界で閉じ込めることである。


 他者が聞けば耳を疑う作戦だが、オレの実力なら不可能ではなかった。結界を維持する魔力量も操作力も十二分に有している。


 ただ、術者がずっと張り付かなくてはいけない。それではカロンたちの試合を観戦できなくなってしまうため、本末転倒だ。


 だから、代役を立てた。魔力はオレが消費するとして、結界を維持できるほどの操作技量を持つ彼女を抜擢した。






「やっと戻ってきた。主殿、そろそろキツイ!」


 オレが森国の王都上空に転移すると、開口一番にノマが叫んだ。


 そう。結界維持の代役を担ったのは、手のひらサイズの小人――土精霊のノマだった。普段は凛々しいボーイッシュな彼女だけど、今は余裕が全然ないようで、涙目でコチラに訴えかけてくる。


 周囲の状況を確認してみると、森国側から結界へ総攻撃が為されているらしい。術式自体はオレのモノだから壊れはしないが、維持するだけでもノマには重労働だった模様。


「ほんの少し前から精霊王さままで出張ってきて、怖くて仕方ないんだ。早く交代してくれ、主殿!」


 どうやら、精神的な重圧もあった様子。


 なるほど。精霊王まで出てきたのなら、気が気ではないのも頷ける。彼女にとって、種族の頂点だもの。


 まぁ、そんな奴が相手でもシッカリ任務を遂行してくれる辺り、ノマは義理堅い性格をしている。


 ……オレの方が怖いんじゃ? という意見が脳裏をかすめたけど、無視無視。


「もう少し踏ん張ってくれ。オレは中に入る」


「えっ、中に!? 国中のエルフや精霊が出張ってきてるぞ?」


「何か問題が?」


「いや、主殿なら大丈夫だとは思うが……」


 オレが淡々と返すと、ノマはシュンと顔をうつむかせた。


 やってしまった。機嫌が悪いからといって、まったく関係のない彼女に八つ当たりするなんて阿呆か、オレは。


「すまない、気が立ってたせいで八つ当たりした。元々、森国の連中に用があって、結界を張ったんだ」


「そ、そうなのか。でも、無理はしないでくれよ、主殿」


 最後までオレの心配をしてくれる彼女は、やっぱり根の優しい子だ。味方にした精霊がノマで良かったと心より思えた。


「ありがとう。後は頼んだぞ」


「頑張るが、あまり時間はかけないでくれ。キツイのは本当なんだ」


「できるだけ早めに終わらせるよ。じゃあ、行ってくる」


 軽く会話を交わし、オレは結界の中へ飛び込む。オレ自身の術式なので、阻まれる心配はいらない。


 嗚呼、そうだ。外交問題に発展するのも面倒だし、今回はシスの姿で行こう。こういう時のために、この偽りの身分は作ったんだ。


 まぁ、シスも聖王国所属の冒険者だけど、貴族の立場で向かうよりはマシだ。正社員と派遣社員くらいの差がある。


 赤の他人に化ける手もあったが、それだと事態が思わぬ方向に転ぶ可能性を否めない。今後の展開は、ある程度コントロールしておきたかった。


 ただ、【魔力視】ほどではないとはいえ、エルフは魔力を目視できる。【偽装】していることは看破されてしまうだろうが……そこはギルドカードを提示して乗り切るしかないか。シスでの活動は【偽装】ありきなので、特に矛盾が生じる心配もないし。




 結界を通り抜けた先には、森国の王都が広がっていた。


 魔力で足場を作り、眼下の景色を眺める。


 エルフのイメージ通り、森の中に都を作ったという感じの街並みで、自然と人工の調和が取れた美しい景観だった。中央には噂の『大樹』もそびえ立っている。


 しかし、今はそれ以上に目を惹くものがあった。


 ノマの言う通り、数多のエルフや精霊が群れていたんだ。飛行できる精霊魔法師は空で、その他は地上から攻撃を放っている。


 おそらく、これでも部隊の一部だ。何せ、国中を覆う結界なんだから、各地で攻撃を行っているに違いない。


 通行不可の場所よりヒトが出てくれば、当たり前のように目立つ。この場にいる全員から注目が集まった。


「貴様、何者だ!」


 ふと、集団の中の一人が声を張り上げた。


 豪奢ごうしゃな装備を身につけた黒髪の偉丈夫。エルフゆえに外見での年齢判別は難しいが、まとう覇気からして高年層なのは間違いなさそうだ。


 彼が森国の王だろうな。


 やたらに派手な装備や周囲に侍らせる護衛でも予想できるが、何よりも分かりやすいのは、彼の背後に立つ精霊だろう。長めの髪をなびかせる優男で、赤、青、緑、茶のオーラをグラデーションの如く放っている。他の精霊よりも存在感が数段上だ。しかも、小人ではないヒトと同じサイズ。


 ノマの度々口にしていた精霊王は、十中八九あいつだ。そして、『王と契約するのは王』だと慣習づけるのが封建社会というもの。念のために行った【鑑定】でも、予想と違わぬ結果が表示された。


 王の問いかけに合わせ、周囲の者も沈黙する。あれだけド派手に連発されていた攻撃も止んだ。


 静寂の帳が降りる中、オレは声を上げる。


「オレの名はシス。『星』の二つ名をいただく、ランクA冒険者だ」


 冒険者カードを見せながら名乗りを上げる。


 群衆は騒めいた。シスの活躍は聖王国内に留まるものだけど、かの国を犬猿の森国でも『星』の名は轟いているらしい。それほどまでに二つ名は重い意味を持つ。


 すると、森国の王は何を勘違いしたのか、満面の笑みを浮かべる。


「そうか! 貴殿は我々の救助に駆けつけてくれたんだな?」


「はぁ?」


 思わず呆けた声が漏れる。


 だが、それも一瞬だけだ。冷静に考えれば、王の誤解も納得できる。国中を隔離する結界を張るなんて常人には不可能だし、実行するにしても犯罪者。まさか、二つ名持ちのランクA冒険者が犯人とは思うまい。それよりも、王の言った通り、救助に駆けつけたと解釈する方が自然だ。


 また、人間のオレがエルフを助けるのは当然とも考えていそうだった。表情こそ笑顔だけど、嘲りの感情が見え隠れしているし。


 友好的に近づいてこようとする王を、オレは手で制する。


「オレは、救助のために来たんじゃない。忠告と鉄槌を下すため、オレはこの国に足を運んだんだ」


「なに?」


 向こうにとって予想外の返答だったんだろう。森国の王は訝しげに眉を寄せ、群衆は不安に騒めく。


 それを無視して続ける。


「先刻、オレの知人である聖王国の光魔法師が襲われた。この国の間者に、だ」


「何かの間違いでは?」


 対し、王は冷静に返す。


 国のトップを務めているだけあって、この程度でボロを出すマネは犯さないか。


「間者は捕縛済みだ。尋問にも成功している」


「それは異なことを言う。我が国の者が捕まるなど、絶対にあり得ないこと」


 オレのセリフを王は嘲笑した。


 しかし、その笑みは長く続かない。


「もしや、自爆術式のことを言っているのか? あれなら解除したよ」


「ッ」


 今度こそ表情を崩す王。大きく動揺したわけではないが、目元が引きつったのが確認できた。


 きっと、自爆術式に絶対の自信を持っていたんだろう。そりゃそうだ。これまでの歴史で一度も破られたことがないから、暗部で常用されてきた手段なんだ。


「お前の国は、特異な間者を利用するようだな。エルフの女性を他種族……人間の男と交わらせ、生まれた人間の子どもを敵国に放り出した後、時期が来たら母親に会わせてやると言ってそそのかす。反吐が出る。お前ら森国にヒトの心はないのか?」


 オレがそう吐き捨てると、群衆は動揺を大きくした。主に、暗部の外道を知らない連中だろう。エルフのプライドが高くとも、この辺りの倫理観は普通に有している様子。それとも、母親に任命された女性の方を悼んでいるのかな? どちらにせよ、彼らの反応なんて、今は重要ではないが。


 ところが、森国の王は一切乱れない。


「いったい何のことやら。捕らえたという間者も、我が国の所属か判然としない。証拠もない適当な発言で、我が国を中傷しないでいただきたい。いくら二つ名持ちの冒険者とはいえ、それ以上は厳罰に処すぞ?」


 僅かに笑む余裕すら見せ、彼は返した。あくまでも白を切るつもりらしい。この調子だと、魔女の件を言及しても意味はなさそうだ。


 確かに、間者たちが森国所属だというのは自己申告であり、物証を手にしているわけではなかった。正式に訴えたところで、上手くかわされてしまうのは必至だろう。


 まぁ、『正式に訴えた場合は』だが。

 

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