Chapter5-7 星の鉄槌(4)

 森国領土の最北端。帝国との国境の存在する森の中に、一人の女性がいた。


 銀縁のメガネと白衣を着用していることから、何かしらの研究職の人間だと推察できる。また、長い濃色こきいろの髪と病的なまでに白い肌を備えた彼女は、たいそう美しい容姿だった。


 しかし、その美貌は、今や台無しである。


 何故なら、今の女性は目をギョロギョロとさまよわせ、頬を盛大に引きつらせていたためだ。切羽詰まった状況に追い詰められているのは察しがつくけど、それにしても尋常ではない様子だった。


 女性は目前――帝国方面の木々に手をかざし、先程より何度も何度も魔法を放っている。目視できるモノではないようで、魔力の波動のみが拡散していた。


「なんで、なんでなんでなんでなんでなんで!?!?!?」


 狂気に染まった声が暗き森の中を木霊する。虫の音一つしない森閑しんかんたる帳が、女性のつんざくような叫声きょうせいによって痛く震えた。


 彼女は長い髪を掻きむしったかと思うと、再び魔法を発動し続ける作業に戻る。


 ただ、同じことを単調に繰り返しているわけではないらしい。よく観察してみると、発動する度に魔法の仕様が微調整されていた。


 それが女性の望む結果に繋がっているかは別として、これほどの細かい魔法調整を可能とする手腕は見事という他にない。


「さすがは魔女、といったところか」


 女性の叫声の後、静寂が戻ってきていた森に、オレ・・の声が響いた。同時に、彼女の前に姿も現す。


 様子見は十分終えた。もう身を隠す必要性は皆無に等しい。


 オレの声を聞いた白衣の女性は、瞠目どうもくしながらバッと振り返った。こちらの姿を認めると、歯を剥き出しに怒りを発露させる。


「貴様はフォラナーダッ!」


「やっとお目見えできたな、『西の魔女』」


 そう。目前にいる白衣の女性は『西の魔女』本人である。観察の時間は僅かだったけど、使用していた呪いのパターンは見覚えのあるソレであったため、まず間違いないと判断した。


 カロンとニナ、家族二人の死の運命に深く関わる賊がようやく手中に収まった。その事実はオレに歓喜を与えてくれる。前回は逃したが、今回は許さない。そのためだけに、森国全体に結界を張ったんだから。


 とはいえ、焦りは禁物。平静を損なった先に待つのは、とんでもない失敗のみ。急く気持ちを抑え、落ち着いて対処するんだ。


「やはり、この結界は貴様の仕組んだものかッ。こんな大掛かりなもの、さっさと解除しろ!」


 対する魔女は激情を抑えない。


 ……いや、わざと抑えていないのか。怒りという負の感情を原動力にし、呪いの力を増幅させる魂胆らしい。彼女の身体より、先程から際限なく呪いが湧き上がっている。それは濃色こきいろの髪をなびかせるほど。魔力が実体を持ち始めるくらい、呪いの密度が上昇していた。


 魔女はまだ結界からの脱出を諦めていない様子。結界を力尽くで破ろうとしているんだ、呪いを高めることで。


 現状のペースを見る限り、数年は怒り続けないと脱出は叶いそうにないけど、指摘する必要はないか。そも、『無駄な努力だ』と言って素直に聞き入れるはずがないし。


 オレは肩を竦める。


「いいぞ。結界を解いてやる」


「は?」


 こちらの発言に、呆然と固まる魔女。溢れ出ていた呪いも、この瞬間だけは止まっていた。


 無理もない。あちらも“呑まれるはずのない要求”だと理解しながらも口にしたんだと思う。それが二つ返事で承諾されれば、誰だって呆気に取られるさ。


 でも、まぁ、彼女の望みが叶えられるわけではないんだよな。


 オレの宣言の後、十秒と置かずに、森国を覆っていた結界は解除される。ここに足を運ぶ前に、ノマから結界の操作権は返してもらっていた。


 しかし、


「転移できない!? 今度は何をしたッ!?」


 さすが、一回はオレから逃げ切れたことはある。こちらが結界解除に意識を割いた一瞬の間隙かんげきを狙い、【シャドーウォーク】で逃亡しようとしたらしい。


 抜け目ないところは称賛に値するけど、無駄な足掻きだったな。国中に張った結界は解いたけど、それと同時に、辺り一帯を【異相世界バウレ・デ・テゾロ】で隔離したんだよ。もはや、オレを倒す以外で脱出する手段は皆無に等しい。


 肩を竦めるに留めるオレを見て、自身の置かれた立場を悟ったんだろう。魔女は再び呪いを噴出させ、戦闘態勢へと移行した。


「『死ねッ!』」


「これは……」


 今のは、ただの悪態ではなかった。呪いを声に乗せたようで、耳にした者を本当に殺す威力があった。精神魔法で防御できるオレには効かないし、消費された呪いの量より容易には使えない技みたいだが、今後の呪い対策について一考すべき案件だな。


 力が大きく減衰した隙を見逃す容赦はない。オレは【銃撃ショット】二発で魔女の両足を射抜いた。自重じじゅうを支え切れなくなった彼女は、体を地面に投げ出す。


 それから追撃を放つ。虚空に魔力刃を幾本も出現させ、投げ出された彼女の手足を地面に縫い付けた。深く深く、串刺しにする。


「ぎゃあああああああ!!!」


 耳障りな悲鳴が聞こえるけど、ためらいは一切ない。最後トドメの一撃を放とうとする。


 だが、相手も往生際が悪かった。


「なぁぁぁぁぁめぇぇぇぇぇぇぇるぅぅぅぅぅなぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 中級闇魔法の【アビススパイク】を発動したようで、オレの影より二本の黒い杭が飛び出してきた。位置的にオレの背後、死角から伸びてくる攻撃だ。


 【設計デザイン】から【現出クリエイト】までの流れは無駄が少ないし、魔法を撃つタイミングは感心できるレベルの腕だった。並の相手なら殺せたし、仮にカロンたちでも負傷させられただろう。


 でも、悲しきかな。この程度の攻撃は不意打ちにもならないのが、オレと師匠アカツキの立つ領域なんだ。狙い定めた不意打ちなんて、『今から不意打ちしますよ』と宣言しているのと変わらない。無意識で行うまたはランダム性を含めないと、オレに一撃は与えられない。


 【圧縮】を用いて【アビススパイク】を叩き潰しつつ、オレは組み上げ途中だったトドメを放った。


 【銃撃ショット】による二条の閃光が、魔女の頭と心臓を貫く。


 彼女の体はビクリと僅かに痙攣し、沈黙した。


「……」


 しばらく静観しても動く気配はない。精神魔法でも死亡を認められるので、終わったと判断して良いだろう。


「ふぅ」


 オレは一息吐き、思考を回す。


 この『西の魔女』は、いったい何者なんだろうか。『西の魔女』という通称も、【鑑定】によって判明した本名も、オレが知らない名前だった。つまり、原作ゲームに一切登場しないキャラということ。


 もしかしたら、原作でも暗躍していたのかもしれない。彼女の暗躍を察知するには、オレくらい強くならないと難しいはずだから。


 しかし、それだけでは些か不自然でもあった。


 直接戦ってみて分かった。『西の魔女』は相当の熟練者だ。それこそ、歴史書に名を残しそうなほどの魔法の腕を持っていたと思う。


 そんな人物が、今まで無名で隠れていられるか? いくら暗躍に徹していたとしても、まったくの無名で過ごせていたのは違和感が強い。


「念を入れるか」


 を開き、地に転がる魔女の死体を見る。


 そして、すぐさま理解した。


「嗚呼、そういうことか」


 何となくそんな予感はしていたが、その想定が事実だと判明したのは頭が痛かった。正直、思い過ごしであってほしかったよ。


 オレは内心で嘆きつつ、死体に向かって一つの魔法を唱える。


「【ブレイク】」


 呪いを祓う魔法。それを魔女の心臓深くに無理やり流し込む。


 最初こそ微動だにしなかった死体だったが、程なくして変化が訪れた。すでに活動を停止した体が、小刻みに揺れ始めたんだ。


 それから、死体より呪いが滲み出てくる。コールタールの如きドス黒い魔力が、ボタボタと溢れ出す。


 それから、次第に黒い魔力は集っていった。ヒト型の何かをかたどっていく。


 最終的に誕生したのは、浅黒い肌とヤギにも似た角を有したヒト型生物だった。外見的にはガタイの良い成人男性と窺える。


 角さえなければ人間と見紛うが、決して人間ではない。


「この時点で魔族が暗躍してたのか」


 魔族。それはこの世界に生きる三種族とは異なるモノ。魔王が、封印から漏れ出る僅かな力で生み出した眷属であり、”魔王復活”を絶対の使命とする存在だ。原作ゲームでも、幾度となく主人公たち聖女や勇者の前に立ちはだかる。


 ――そして、原作のカロンを誘惑するのも彼らだった。


 作中では基本的に、魔族自身が行動して魔王復活を促す。暗躍しかり、戦闘しかり。


 だが、一点のみ例外があった。それがカロン。彼女を誘惑する魔族だけは、カロンにりついて心の闇をあおり、魔王の封印を解こうとしていた。


 要するに、『西の魔女』に力を与えていたのは、憑依した魔族だったんだ。たぶん、魔王教団の中で素質ある者を選び、宿主としていたんだろう。段階飛ばしで強くなったのならば、無名のままなのも納得である。


 今回の魔族はカロンを誘った奴とは別人みたいだが、憑りつくタイプがアレ以外にもいるとは驚きだった。


 魔族がヒトの中に潜むという手段は、一見効率良さそうに思えるかもしれない。ところが、実際は真逆だ。


 心の闇をあおると言っても、対象の抱いている感情を多少増幅する程度の効力しかない。しかも、熟練高レベルの戦士ともなると、ほとんどが心の闇を制御できているため、内に忍び込むことはできない。


 また、憑りついた相手を強化するのも、ゲーム的に表現するならレベル10ほど上昇させるだけ。魔族は全員がレベル60前後を有するので、基本的には憑依すると弱体化することになる。


 憑依中は彼ら自身の能力を使えもしないので、身を隠せる以外はデメリットだらけなんだ。


 とはいえ、原作ゲームのカロンみたいな例外も存在するけどな。彼女の場合、高レベル帯にまで至っていたにも関わらず、心を律し切れていなかった。ゆえに、魔族の甘言に惑わされたんだ。


 チッ。憑依する魔族なんて見たせいで、原作でのカロンの断罪シーンを思い出してしまった。たとえ、現実の妹とは別人だとしても胸クソ悪い。


 気分を切り替えよう。今は目前の魔族の対処だ。ここで魔族の一体を始末できることを幸運だと思おう。


「なんだ、貴様は――」


「【コンプレッスキューブ】」


 魔族がセリフを上げる途中、オレは魔法を発動する。念を入れて、少し威力の強い奴を。


 立方体の結界を張り、その四方八方から【圧縮】を施す魔法によって、魔族は一瞬にして米粒よりも小さく潰された。


 憑依なんて手の込んだ手法を使う輩は、サッサと倒してしまうに限る。こういう手合いは、下手に猶予を与えると予想外の行動を起こすからな。貴重な情報源ではあるけど、わざわざ危険を冒す必要はない。


 魔族の反応が消失したのを認めたオレは、今度こそ安堵の息を吐く。


 複雑を極めた一連の事件も、ようやく決着がついた。

 

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