Chapter5-5 合宿(2)
合宿初日は、あっという間に巡ってきた。それまでに期末試験があったけど、特に問題はない。普段から予習復習はバッチリだからな。
というか、中間試験の時に学園側も学習したらしく、カロン、ミネルヴァ、オルカ、ニナも実技免除になったんだよ。お陰で、平和な試験でした。
一方、マリナは好成績を残してCクラスへの昇格が決定した。おめでとう。
そういえば、すっかり忘れていたけど、ダンとミリアの二人もAクラス残留が叶ったらしい。オルカがクラブへの参加を禁止して、定期的に勉強を見て上げた成果だとか。オルカには、あとでご褒美をあげた方が良いかもしれない。
そんなこんなで、オレたちは学園敷地内にある、とある建物に集まっている。
学生寮の近くに存在するこの建物は『合宿棟』と言って、クラブ等で泊まり込みを行う際に利用される施設だ。学園は寮生の多いため、めったに使われないらしいが。
利用頻度は少ないとはいえ、適度に掃除はしている様子。内装に埃や汚れの類は見当たらず、すぐにでも寝泊りできそうだった。
「ゼクスさま。念のために、私たちは施設内の点検を行います」
「よろしく。カロンたちはオレが見ておくよ」
使用人たちを引き連れ、シオンは合宿棟の中へ入っていく。万が一を想定したんだろう、テリアとマロンの二人のみ残る。
シオンたちを見送ったオレは、背後で待機していたカロンたちに声を掛けた。
「早速だけど、鍛錬を始めようか。第三訓練場を予約してあるんだ」
「えっ、荷物を片づけんとアカンのでは?」
自分の手荷物を運ぼうとしていたローレルが、中途半端な姿勢で固まる。見れば、ユリィカも同様だった。
それに対して答えたのはカロンだった。
「お二人とも、自ら荷物を運ばなくても大丈夫ですよ。ここに置いておけば、シオンたちが片づけてくださいますから。見張りも二人のいずれかが行ってくださいます」
「お任せください」
彼女の言葉に反応したのはテリアの方だった。彼女がこの場に残り、訓練場にはマロンが付いてくる配役のよう。
ただ、カロンのセリフを聞いても、ローレルたちはオロオロと惑ったままだった。
まぁ、生粋の平民である彼女らに突然『使用人に雑用は丸投げして良いよ』なんて言っても、罪悪感やら困惑やらが募るだけだろう。マリナも慣れるのに時間がかかった。何なら、今も少し申しわけなさそうにしている。
この辺の価値観の差は、容易には分かり合えない部分だよなぁ。オレと共に過ごしたカロンでさえも、何を
こういう時に動けるのは、どちらの価値観も把握しているオレくらいだ。
「あまり気にするな。それが彼女たちの仕事なんだ。キミらが自分で雑用をしただけ、彼女たちの仕事が奪われることになるし、あとで上司に怒られる。それは望むところじゃないだろう?」
「むむっ。そういうことなら分かりました」
「他人の仕事は取っちゃダメですよね……」
こちらの言い分を聞いて納得した二人は、手を掛けていた荷物を離す。
これにて、憂慮なく進行できる。
全員が身軽な状態になったのを確認し、オレたちは訓練場へと向かった。
僅かに予約した時間より早く到着してしまった。そのせいか、別の
時間内に撤退できるのかと疑問に思ったが、杞憂だった。よく見れば、訓練を行っているメンバーとは別の生徒たちが、端の方で慌ただしく片づけを始めている。
なるほど。人数の多いところは、こういった時間の有効活用ができるわけだ。そういう面でオレたちは不利……でもないか。だって、オレたちはフォラナーダの使用人の手を借りられるんだから。
取り留めのないことを考えながら、予約時間が巡ってくるのを待つ。
訓練内容を見る限り、あちらも
すると、この中で一番クラブ事情に詳しいローレルが呟く。
「Cクラスのメンバーを中心としたクラブやな。何人か見覚えある。それに、Bクラス以上なら、こんな早朝に訓練場を使わん」
「時間帯が関係あるのですか?」
カロンが疑問を口にすると、ローレルは得意げに続ける。
「関係大ありですよ。トップに近いクラブほど、訓練場の予約に融通が利くんです。結果、弱小クラブは早朝や夜遅くしか空いてへんのです」
学園内は実力主義で回っているから、こういう部分で格差ができるのは致し方ないな。今回の予約は、オレが申請したので通ったようなものだ。
「世知辛いのですね」
カロンは得心し、深く頷いた。
「終わったみたいだよ」
ふと、オルカが声を掛けてきた。
彼の言う通り、前の団体の訓練が終了したようだった。すでに撤退を始めており、出入り口のあるこちらへ近づいてきている。
「よし。オレたちも訓練を始めようか」
そう伝えてから、オレは歩を進める。みんなも後に続いた。必然、Cクラス中心のクラブ――Cクラブと仮称しよう――とすれ違う。
ただ、通り過ぎる際、些か厄介そうな空気が流れた。
Cクラブの先頭に立っていた赤毛の男がこちらを認識した途端、負の感情を漏らしたんだ。嫌悪、憎悪、怒り、嫉妬などなど。どう取り繕うと、友好的には解釈できない情の数々。それらが混沌とうねり、まっすぐオレたちへ向けられる。
……いや、違うな。“オレたち”は見ていない。赤毛の青年は、たった一人を睨みつけていた。オレの少し後ろを歩くローレルを。
軽く見渡せば、スタメンらしき面々はことごとく赤毛男と似た様子だった。ザっと確認したところ、負の感情を湛えるのは、全員ローレルと同学年の連中。だが、何で彼女が恨みを買っているのかは謎だ。
まぁ、露骨な態度を取っているわけではない。彼らの反応は僅かに眉をしかめる程度であり、感情を読めるオレだからこそ把握できた事実だった。さすがの彼らも、貴族が多数いるグループにケンカを売るバカはしない。こちらをチラチラと横目で見るくらいで、大人しく訓練場を去っていった。
「まずは、いつも通り瞑想からだ。等間隔に離れて座ってくれ」
オレはみんなに指示を出しつつ、Cクラブの去っていった出入り口の方へ視線を向ける。その後、ローレルの方を覗き見た。
以前に彼女がイジメられていた時は、単純な劣等生への八つ当たりだと考えていた。しかし、Cクラブの面々の抱いていた感情を目の当たりにして、それで済む問題ではないように思えた。
所詮はクラブ活動限定の付き合いだと、ローレルの身辺調査を怠ったのは失態だったか。
この一ヶ月を一緒に行動した感じ、あのエセ関西弁女子に黒い裏側がある風には見えなかったけど、少し探りを入れた方が良いかもしれないな。幸い、今は合宿中。機会はたくさん巡ってくるだろう。
そこで一旦、思考を止める。今の情報量でこれ以上の考察は無意味だし、何よりカロンたちが瞑想の鍛錬を開始したからだ。
素人組だったローレルやユリィカもだいぶ慣れてきたが、まだまだ精神統一を乱す瞬間は存在する。しっかり
「さて、今日は何回で済むかな?」
オレは【
侍るマロンが引きつった表情を浮かべていたが、どうしたんだろうか。
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