Chapter5-5 合宿(3)

 鍛錬開始から二時間ほど。瞑想を終えたカロンたちは、連携の訓練を行っていた。対トップクラブ戦には参加しないオルカとミネルヴァに仮想敵役を担ってもらい、より実戦に近い形で鍛錬を進行する。


「そろそろ休憩にするか」


 適度に水分補給等はさせていたけど、腰を据えた休息はまだ取っていなかった。カロンやニナはともかく、ローレルたち三人の疲労はそこそこ溜まってきているし、タイミングとしては丁度良いだろう。


 オレの言葉を聞いた面々は、ホッと肩から力を抜く。鍛錬に対して緊張しすぎではないかとも思うが、いつものことなので気に留めないでおこう。


 すると、ローレルが訓練場の外へ歩き始めた。


「じゃあ、お花摘みにいってきます。あっ、メイドはんたちは一緒に来んでええですよ」


 彼女は、すでに合流済みだったシオンたちを制止させ、そのままトイレへと駆けていく。


 対し、付いていこうとしていた使用人――マロンは、困ったような表情でこちらを見た。


 オレは小さく頷き、念話で『バレないように後を追え』と伝える。


 その命を受けた彼女は、スッとその場より消えた。うん、使用人の中では上位に入る隠密の上手さだ。生来の才能と、鍛錬を怠っていない証拠だな。


 ローレルには悪いけど、一人になられるのは困る。訓練場の外で、さっきから不穏な影がチラチラ動いているんだよ。


「お兄さま。ご懸念でもあるのですか?」


 ふと、水筒を片手にしたカロンが尋ねてきた。


 オレは首を傾ぐ。


「どうした、いきなり」


「勘違いなら申しわけございません。お兄さまが、何やら不安そうな顔をなさっておいででしたので」


「……そんな分かりやすく顔に出てたか?」


 転生して以来、貴族社会では必須だと思って練習してきたポーカーフェイスだ。結構自信があったんだが、こうも簡単に看破されてしまうと凹むぞ。


 オレの問いに対する反応は真っ二つに割れた。


 大半の面子は首を傾げる、もしくは横に振った。彼女らには内心を隠し切れていたらしい。


 一方、カロンと同じく丸分かりだと答えた者もいた。ミネルヴァ、シオン、ニナ、マリナ、オルカ、そして使用人の幾人かが即答で首を縦に振ったんだ。


 メンバーで色々と察しがついた。自惚れでなければ、後者はオレへ好意を抱いている面々だ。それなら、つぶさにコチラの顔色を窺っているし、些細な変化も敏感に察知できるだろう。納得である。


 とりあえず、オレの自信は間違ったものではなかった模様。ポーカーフェイスしているつもりでしかなかったなんて、シャレにならない恥ずかしさだったろう。一安心だ。


 内心でホッと安堵したところ、先のカロンの問いに答えていないことを思い出す。大した内容でもないので話そうとしたんだが――


「ふざけんじゃねぇぞ!!!」


 その出鼻は、一つの大音声だいおんじょうによってくじかれた。


 その時点で、懸念していた事態が引き起こされたことを悟る。


「話は後だ」


 カロンたちに一言断りを入れてから、オレは騒動の渦中へ足を向ける。訓練場のすぐ外、ローレルの元へと。






 訓練場外にあるトイレの前には、ローレルと使用人の他に五人いた。赤毛男を中心としたCクラブのスタメン連中だった。


 状況としては、赤毛男がローレルに食ってかかろうとしたのを他のCクラブメンバーが抑え、マロンがローレルを庇うために盾となっている。一触即発の空気が流れていた。


 想定外だったんだろう、目前の事態に目を丸くするカロンたち。


 オレは彼女たちを置いて、彼らに声を掛けた。


「何事だ」


「「「「「ッ」」」」」


 今になってコチラの存在に気づいたらしく、慌てた様子を見せるCクラブの連中。そんなに惑うなら、最初から関わってこなければ良いのに。ローレルに手を出そうとすれば、オレが出張ってくるのは分かり切っていたはずだ。


 溜息を堪えながら、改めて問う。


「何があった?」


 今度は、明確に質問を投げる相手を定めた。ローレルの前に立つマロンである。彼女ならば、冷静に状況報告をしてくれるに違いなかった。


 マロンはキチンとオレの期待に応えてくれる。


「ローレルさまがお手洗いより出てくるのを、そちらの方々が待ち伏せしておりましてぇ、いきなりイチャモンをつけてきたんです。それにローレルさまが反論したところ、赤毛の方が激高し、現状に至りました~」


「イチャモンじゃない!」


 簡潔で分かりやすい説明に対し、赤毛男は怒鳴り上げて反駁はんばくした。


 それを受け、マロンは半分しか開いていないまなこを更に閉じ、彼へ鋭い視線を向ける。


「イチャモンでないのならぁ、あれは何なのでしょうか~?」


「ッ!?」


 口調こそ間の抜けた感じだけど、込められた感情や声色は冷たかった。一介の学生にすぎない赤毛男は言葉に詰まる。


 彼女がここまで怒るとは、よっぽど腹に据えかねる発言をしたらしい。いったい、どんな言葉を放ったんだか。


 聞くと後悔しそうだけど、聞く以外の選択肢がない。


「何と言ったんだ?」


「『お前の弱小クラブが、俺たちより後に訓練場を使えるなんておかしい。あの貴族に春をひさいで媚びを売ったんだろう。顔だけは良いからな』です~」


「うわぁ」


 やっぱり後悔したよ。


 確かに、オレたちがローレルのクラブに入ったのは、周囲から見ればとても不自然に映るだろう。是非はともかく、彼女の容姿を考慮すれば、自分の体を売り込むという手段は選択肢に入り得る。


 とはいえ、だ。それを本人に向かって浴びせるというのは、あまりにも下劣で品性を疑う行為だ。いくらローレルを嫌っていても、言って良いことと悪いことがある。


 背後のカロンたちが殺気を発し始めたので、オレは【鎮静カーム】を発動する。


 彼女らの殺気は、赤毛男風情なら簡単に殺してしまう。内容的に手加減しなさそうなので、抑えさせる必要があった。


 本気で怒ってるな。【鎮静カーム】を何度発動しても殺気が止まらないぞ。


 微かに彼女らの気配を察知してしまったようで、Cクラブの連中は顔色を青く染めた。後悔しているんだろうけど、今さらすぎる。


 うーん、どう落とし前をつけようかな。


 同情の余地はないんだけど、本人の首を落として手打ちにするのはなぁ。オレを直接侮辱したわけではないし。


 しかし、穏便に終わらせるのも無理だ。間接的にフォラナーダの名誉が傷ついた上、怒りに震えるカロンたちを放置できない。


 オレは慎重に思考を巡らせ、不意に良案を考えついた。


 威厳を含ませた声で、オレはCクラブの面々へ告げる。


「挽回の機会を与えよう。そちらの部員全員とこちらの五人で魔駒マギピースを行う。勝てば無罪放免。負ければ、今年いっぱいはクラブ活動を停止してもらう」


 相手が二つ返事で了承したのは言うまでもない。

 

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