Chapter5-5 合宿(1)

 森国の悪魔の所業を予想してから、半月と少しが経過した。


 その間に進展したことは、あまりない。せいぜい、学園でのクラブの鍛錬が順調というくらいか。森国関連はまったく手応えを得られなかった。


 師匠アカツキに【鑑定】の改良について相談はしてみた。だが、オレの望む性能の追加は難しいとのこと。


 オレの使う【鑑定】は精神魔法を応用した魔法のため、血統や親の種族を調べ上げるものとは別系統なんだ。望遠鏡で微生物を観察しようとするようなものである。今回の場合、顕微鏡――肉体に特化した医療系の魔法、光魔法で何とかするしかない。


 その光魔法にしたって、遺伝子等の知識もしくは想像力を用いて、一から魔法を組み立てなくてはいけない。それこそ、その道を究めた研究者が手を出す領分になるだろうと、アカツキは指摘した。ゆえに、カロンたち既存の光魔法師に協力してもらうのも不可能だった。


 現状は、ゲッシュと似た境遇の人間を探し出し、要観察する以外になかった。ただでさえ人手不足なのに、どんどん仕事が増えていくとは、どうなってるんだか。


 森国関連については、一応、もう一つ情報がある。学園で売買されていた『リーフ』の購入者が、以前に捕縛した生徒たちの他にも発見された。学園長が本気で捜索した結果なので、確度の高いものだった。まぁ、『手応えを得られていない』と前述した通り、くだんの生徒たちは何も知らなかったわけなんだが。


 とはいえ、『リーフ』の売り手が定期的に学内に出没しているのは間違いなかった。もしかしたら、例の“潜在的スパイ”が学園関係者にいるのかもしれないな。


 素性をあばくのは難しいが、『リーフ』を売買する現場を押さえられれば、現行犯逮捕ができる。学園内への暗部の動員数を、少し増やしておこう。


「お兄さま、お加減でも悪いのですか?」


 ふと、隣よりカロンの声が聞こえる。


 そこでオレは我に返った。


「ん? 嗚呼、すまない。考えごとをしてた」


 周囲を軽く見渡し、現状把握に努める。


 現在地は部室のオンボロ小屋の中で、いつものメンバーが勢ぞろいしていた。


 確か、鍛錬を始める前、ローレルが話したいことがあると発言したんだったか。場の雰囲気から察するに、彼女の話はすでに終わったらしい。最近は色々と忙しいせいで、完全に上の空だった。失態だな。


「ゼクスはん、ウチの話は聞いとりました?」


「しっかりしなさいよ、もう」


 ローレルとミネルヴァが、呆れ混じりの声を漏らす。


 それを受け、オレは「あはは」と苦笑いを溢した。


「すまない。で、何の話だったっけ?」


「全然聞いとらんかったんですか!?」


 オレの返しにローレルは愕然と口を開く。


 それから額に手を当て、もう一度説明をしてくれた。本当に申しわけない。


「合宿をしようって話ですよ。試合までの最後の一週間は夏休みですし、泊まり込みで鍛錬しましょうって提案したんです」


「あー、そういうこと」


 ようやく何の話し合いなのか理解できた。


 彼女の言いたいことは分かる。現状のローレル、ユリィカ、マリナの三人――特に前者二人――は、トップクラブと試合を行うには実力が些か足りない。いくらオレが考案した鍛錬方法でも、時間そのものが不足していては無理があった。だから、合宿の提案は、根本的な時間不足を補いたいというものなんだろう。


 でも、


「今さら合宿したところで、焼け石に水だぞ」


 以前にも語ったとは思うが、一日二日程度増やしたところで、そう実力が上げられるわけではない。オーバートレーニングの危険を伴うので、逆にトレーニング量を抑えた方が適切なくらいだ。


 対し、ローレルは「そうですけど……」と曖昧な返しをする。何か思うところがあるような言動だった。まとう感情に僅かな羞恥が見える。


 オレは首を傾ぐ。


「言いたいことがあるなら遠慮するな。恥ずかしがるのは今さらすぎると思うよ。散々、情けないところは見てるわけだし」


 主に鍛錬中、嘆き惑う彼女の姿は幾度となく目撃してきた。恥ずかしがるのは無駄な抵抗だと思う。


「むぅ」


「……」


 今の発言はクリーンヒットだった模様。ローレルは頬を微かに染めて唸り、ついでに、傍らで様子を見守っていたユリィカも顔を両手で覆った。


 その二人を他の面々が温かい目で見守る。そこに含まれる意図は、同士を慰めるそれだろうか。妙に強い結束力を感じる。


 しばらく沈黙したローレルだったが、覚悟を決めた様子で両手を握り締める。


「ウチ、合宿に憧れとったんですよ。今まで部を存続させるだけで精いっぱいやったから、そういう青春っぽいことをしたいんです!」


「「「「「「「あ~」」」」」」」


 真っ赤な顔で発言した彼女に対し、この場の全員が納得の声を上げた。


 うん、気持ちは分かるよ。部員たちとの合宿、憧れるよね。三年間も我慢してきたのなら余計に。


 みんなから生暖かい視線を受けたローレルはたじろぎ、恥ずかしそうに俯いた。


「せ、せやから、言いたくなかったんや。はずかしい」


 そう呟く彼女。


 案外、可愛らしいところもあるんだなと呑気な感想を抱いていると、カロンが勢い良く立ち上がった。


「やりましょう、合宿! わたくしは賛同いたしますよ」


「カロンはん……」


 感動した様子で、ローレルはカロンを見上げる。


 すると、他の面々も口を開いた。


「アタシも賛成」


「当日の料理等は任せてね~」


「ユリィも賛成です!」


「ボクはプレイヤーじゃないけど、できる限り協力するよ」


「フン。この私が手伝うのだから、情けないところを見せるんじゃないわよ」


「皆はん」


 次々と合宿開催に同意する彼女たちに、ローレルは感極まった風に声を漏らした。


 そして、全員の視線がオレの方へと向いた。何人かは不安そうな目をしているな。


 ここで反対するほど薄情ではないから、安心してほしい。


「分かったよ。合宿しよう。手続きはコッチでやっておく」


 オレのセリフを聞き、彼女たちはワイワイと盛り上がり始める。


 正直、合宿なんて言っている場合ではないけど、これもカロンたちの青春を彩るためなら、多少の苦労は背負おう。彼女たちの笑顔が、オレの何よりの報酬なんだから。

 

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