Chapter5-4 鍛錬ときどき追跡(6)

 学園内で『リーフ』を発見して以来、これといって事件が発生することなく週末となった。


 嗚呼、一点だけ。トップクラブとの試合の日程が決まった。七月末、夏休み中に行われることになった。約一ヶ月の猶予。これを最大限に活かしたいと思う。


 とはいえ、毎日鍛錬ばかりでは体を壊す。週の最終日だけは休日とした。ローレル辺りは反対していたけど、焦っても仕方がない。休むのも鍛錬のうちだ。


 そんなわけで、せっかくの休日を有効活用しようと、オレとシオンは再び王都より離れていた。前回と同様に仕事である。


 今回は、ゲッシュの故郷である『フェアーリール孤児院』を訪問する予定だ。






 かの施設は、ゲッシュの拠点だった街から更に南へ行った街に存在した。それなりに規模の大きい街で、帝国との国境が近いこともあって、市場には珍しい商品が並んでいる。


「あとで、いくつかお土産を買っていこうか」


「カロラインさま方も、さぞお喜びになると思います」


 オレが呟くと、シオンも同意してくれた。


 他人事みたいに言ってるけど、お土産を渡す相手はキミも含まれているんだぞ。そう口にしたいところだが、せっかくなのでサプライズとしよう。喜んでくれれば幸いだ。


 こんな感じで軽い会話を交わしながら、オレたちは街中を歩き抜けていく。ここだけ切り取るとデートにしか見えないが、れっきとした仕事なので悪しからず。


 そうこうしているうちに、フェアーリール孤児院前の小路まで到着した。陰から孤児院の様子を窺う。


 街の中央より僅かに外れた場所に立つ教会、その隣にある建物がそうだった。教会傘下の施設らしいので、立地に不自然な部分はない。


 ちなみに、孤児院には三種類存在する。一つはフェアーリール孤児院と同様、教会が運営するもの。一つは国が運営するもの。一つは個人が運営するもの。


 語った順に数が多く、個人運営に至っては数えられる程度しか存在しない。教会や国が着手している事業に、わざわざ手を出すヒトは稀ということだ。まぁ、フォラナーダはいくつか運営しているけども。


 閑話休題。


 一見すると、まったくもって普通の孤児院だった。周辺調査でも妙な点はあげられていない。現時点では、孤児院と『リーフ』や森国しんこくの関連性は望めなかった。


 とはいえ、内部調査までは手が及んでいないため、その結果次第だろう。関係ないとしても、ゲッシュの情報が得られれば御の字だ。


「聞き込みをすると警戒されるかもしれない。まずは忍び込んで調べ上げるぞ」


「承知いたしました」


 教会の者がグルだった場合、ゲッシュのことを尋ねた時点で警戒され、隠し持っている資料を破棄される可能性がある。ゆえに、真っ先に隠密調査を行う必要があった。


「シオン、もう少し近寄れ。魔法の射程に入ってない」


「は、はい」


 オレは頬を染める彼女を抱き寄せてから、【位相隠しカバーテクスチャ】で自分らを覆い隠す。


 本当は元々射程内だったけど、これくらいは許してほしい。最近、シオンを構える時間が減っているから、その穴埋めなんだ。


 心のうちで言いわけをしつつ、オレたちは孤児院内部へと侵入を果たす。


 施設自体は、ごく普通だな。教会が母体だから、些か質素な感じではあるけど、平凡な内装だった。世話役のシスターたちにも変わった点はなく、駆け回る子どもたちだって何の違和感もない。


 どこまでも普通で平凡な孤児院だった。


『隠し部屋の類も見当たりませんね』


 一通り見回った後、念話でシオンが言う。


 オレは「嗚呼」と首肯する。


『ここは何の変哲もない孤児院だな。今回の一件に関わってるとか、そういう感じではなさそうだ』


『では、予定通り?』


『聞き込みをして、ゲッシュの情報を貰おう』


 頷き合ったオレたちは、一旦施設の外まで出た。先程の路地裏で【位相隠しカバーテクスチャ】を解き、何食わぬ顔で再度孤児院を訪ねる。


「そこのシスターさん、時間をいただいても宜しいか?」


「はい、如何いかがなさいましたか?」


 偶然通りかかった中年のシスターに声をかけると、彼女は笑顔で応対してくれた。先の侵入の際、彼女がシスターのまとめ役で、二十年近く勤務していることを把握している。これならスムーズに話が進みそうだ。運が良い。


「私たち、こういう者なのですよ」


「え……」


 にこやかに笑みを浮かべていたシスターだったが、オレがとあるモノ・・・・・を取り出した瞬間、その表情が凍りついた。それから、震える声で呟く。


「こ、近衛騎士団」


 そう。今しがたオレが見せたのは、近衛騎士団所属の証だった。しかも、王族の命令に従っている者にしか与えられない、特別製の代物だ。


 何故、オレがそんなものを所持しているのかといえば、ウィームレイに頼んだんだ。


 今回の調査は、人手不足であることから手間をかけていられない。だが、赤の他人を装って冒険者だったゲッシュの聞き込みをするのは、かなり面倒くさい手順を踏む必要があった。


 ゆえに、その手順を踏み倒す方法として、近衛騎士団を名乗ることにしたわけだ。聖王家直轄の彼らは、聖王国全土に知れ渡る有名人。こうして証を見せれば、逆らう者は限られるだろう。


 そして、その予想は正しかった。


「近衛の方が、このような孤児院に何の用でしょうか?」


「警戒する必要はない。ここ出身の者の情報を聞き込みに来たんだ。それ以外は何もしない」


「ほ、本当でしょうか?」


「神と我が家名に誓って」


「分かりました。全面的に協力いたします」


 最初こそシスターは震えていたけど、聞き込みをするだけだと伝えたら安堵の息を吐いた。この様子なら、何の心配もいらないと思う。


 その後、オレたちは施設内の応接間に通され、ゲッシュに関する質疑応答を行った。


 彼がここにいたのは十年も前とのことで、思い出すのに苦労していたシスターだったが、ゆっくり時間をかけたお陰で十分な情報を得られた。


 彼が孤児院でどう過ごしていたとか、彼の人柄がどうとか。あまり関係なさそうな部分は置いておこう。


 オレが気になったのは二点。


 まず、ゲッシュが孤児院に入った経緯だった。


 大半の子どもたちとは違い、彼は父親が存命かつ身元が分かっているにも関わらず、この施設に入れられたんだ。


 ゲッシュの父親は数年ほど行方不明だった時期があり、ふらりと帰ってきたと思ったら赤子を抱えていたらしい。行方をくらましていた間に何があったのか尋ねても、呆然としているだけで問答にならなかったとか。


 そして、気力が抜け落ちた風な状態の父親に育児はできないと判断され、この孤児院に託された。


 もう一つは、ゲッシュが自分の母親を探していたこと。


 父親より愛を受けられなかった彼は、『身元が分からない母親ならば』と希望を抱いていたらしい。父親が行方不明になった当時の状況を調べ上げ、彼の足取りを必死に辿っていた。


 孤児院に在籍中は見つけられなかったようだが、その後のことは分からないとシスターは語った。


 キナ臭すぎる。行方不明の間にこさえた・・・・子ども、人間の父親、森国しんこくから持ち込まれたと予想される『リーフ』。一つ一つだけでは証拠足り得ない情報でも、すべてが揃うと、何となく全体像が浮かび上がってきた。


「どう思う、シオン」


「可能性は大いにあるかと」


 孤児院を後にしたオレたちは、そう言葉を交わす。


 今の問答が成立する辺り、シオンも同じ結論に達したようだ。これはほぼ確定と判断して良いか。


 ここで一つ、この世界における遺伝の仕方を説明しておこう。


 以前に『魔質が確実に引き継がれるのは男のみ』というのは語ったことがあると思う。ゆえに、貴族は男が後継に選ばれるとも。


 魔質以外にも、性別によって遺伝の仕方が変わるものがあるんだ。


 それは種族。生まれる子どもは父親の種族に依存する。これは獣人の種類も該当するな。


 何が言いたいのかというと、この世界にはハーフは存在しない。父親が人間なら、母親がどんな種族でも人間が生まれる。それが世界の法則のわけだ。


 つまり、


「森国の奴ら、聖王国民の男をさらって、潜在的スパイを文字通り生み出してるのか。反吐が出るな」


 人間の男を捕まえて、エルフの女との間に子供を産ませる。当然、生まれてくる赤子は人間になるわけだが、同時にエルフの血統であるのは間違いない。


 おそらく、捕らわれていた父親は、ずっと薬漬けだったんだろう。そんな人物に育児ができるはずもなく、生まれた子供は自然と母親愛情を求めるようになる。それこそ、ゲッシュのように。


 その心理を利用してスパイを仕立て上げるんだろう。『森国の役に立てば母親の愛を受けられるぞ』なんてそそのかして。


 あまりにも外道。同じヒトが行った所業とは認めたくない、悪辣あくらつな作戦だった。


 物証はないから、断言はできない。しかし、推測だけでも気分の悪くなるものには違いなかった。


「子どもを何だと思っているのでしょうか」


 忸怩たる想いを込め、シオンは嘆く。


 オレは溜息を吐いた。


「さぁな。たぶん、『生まれたのは人間であってエルフではない』みたいな理論なんじゃないか。共感はまったくできないが」


 森国のエルフは他種族を見下していると聞く。であれば、いくら血の繋がりがあろうと、人間として生まれた子どもを認めるわけはないだろう。むしろ、憎んでいるまである。


「最低ですね」


「同感だ」


 本当に胸くそ悪い話だ。しかも、この事態の根本的解決が難しいのも腹立たしいところ。


 何せ、潜在的スパイは人間であり、いくらエルフの血筋と言えど、それを見極める手段が存在しないからだ。


 何か打開策を考えておく必要があるな。すぐに考えつくものだと【鑑定】の改良か。


 その日は、モヤモヤとした気分を抱えたまま帰宅する。


 あっ、お土産を買うの、忘れたじゃないか。本当に最悪だ。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る