Chapter5-4 鍛錬ときどき追跡(5)

本日は二話投稿しております。ご覧になる際は注意してください。


――――――――――――



 カロンとローレルをシオンたちの元へ送り届けたオレは、その足で別の場所へと【位相連結ゲート】で移動していた。


 場所は先程ローレルの絡まれていた訓練場近く。かの建物の裏手だった。


 そこには先客がいた。我が領の諜報員である。


「どうだった?」


「僅かではありますが、地面に付着していました」


 オレの問いに、彼は小さな透明な袋を掲げつつ答える。


 袋には、緑色の粉末状のモノが入っていた。一つまみにも満たない量だが、証拠としては十分だろう。


「やはり黒か。追わせた連中は?」


「確保済みです。尋問はこれから行われます」


「分かった。オレはここを調べる」


「お手伝いいたしますか?」


「いらない。見るだけだからな」


「承知いたしました」


 一歩下がった部下を尻目に、オレは辺りを見渡す。


 訓練場は規模の大きい建築物だ。従って、裏手となるココは薄暗く湿気も多い。如何いかにもマズイ取引をしていそうな、そういった雰囲気を醸し出していた。


 まぁ、『していそうな』ではなく、実際に起こっていたみたいだが。


 先程部下が見せた粉末は『リーフ』だ。周辺国家で違法薬物に指定されている危険物。その売買がこの場で行われていたんだ。


 売り手は現状不明だが、買い手の方は確保済み。先刻、ローレルをイジメていた生徒たちの数人が『リーフ』の購入者だった。


 些細な魔力の乱れを感知し、念を入れて追跡させたところ、案の定の結果が出たわけである。


「どうやって、敷地内に持ち込んだんだか」


 学園はかなり厳重なセキュリティに守られている。つい先日まで誘拐犯に出入りされていたけど、あれは例外中の例外で、普通は簡単に突破できるものではない。


 要するに、今回の売人は特殊な技術を有する誰かになる。キナ臭いどころの話ではなかった。


 ゆえに、こうして自ら調査に乗り出したんだが――


「痕跡は見当たらないか」


 オレので証拠等は発見できなかった。少なくとも、この場において魔力に由来したモノを使っていないのは確かだろう。


 容易く尻尾を掴めるとは考えていなかったけど、空振りに終われば落胆もする。


 一つ溜息を吐いてから、傍に待機していた部下へ言う。


「オレは学園長に報告してくる。キミらは仕事に戻れ」


「承知いたしました」


 相手の返事を認めた後、【位相連結ゲート】を開く。行先は当然、学園長室だった。








「お、おおおお」


「邪魔するぞ」


 【位相連結ゲート】を潜ったところ、デスクで書類をさばいていた学園長が素っ頓狂な声を上げた。黒長髪の美幼女ロリババアが目を丸くして固まっている。


 オレが軽く挨拶すると、彼女は大きな溜息を吐いた。


「なんじゃ、お主か。転移してくるのなら、事前に連絡してくれ。心臓に悪い」


「すまないな。危急の用件だったんだ」


「危急じゃと?」


 こちらのセリフに目をすがめる学園長。先程までの“のほほん”とした空気が一変し、鋭くピリピリした威圧感が一帯を包んだ。


 彼女はオレの実力を知っている。ゆえに、持ち込んできた案件が只事のはずはないと判断したんだろう。


 さすがは長い時を生きている魔女。スイッチを切り替えた際のオーラはすさまじい。その辺の者では到底敵わない貫禄が滲み出ていた。


 まぁ、ボコボコにした過去があるので、オレにとっては『情けないヒト』というイメージが抜けないんだが、彼女が優秀な人材であることは間違いない。


 オレは学園長の傍まで足を運び、学園の敷地内で『リーフ』を発見したこと、それを購入した生徒がいることを告げた。


 ザっと説明を聞き終えた彼女は、手にしていた資料を放り投げて頭を抱える。


「次から次へとッ」


 心の底から吐き出された憤りの言葉だった。


 無理もない。誘拐犯の一件が片づいたばかりだというのに、またもや問題が露見したんだからな。しかも、今回は生徒側も加害者購入者に回ってしまっている。


 僅かな間を置き、学園長は伏せていた頭を上げた。彼女の表情は酷く険しい。


「売り手は?」


「首謀者は不明だ。売買場所だと思われるところに、証拠は一切残ってなかった」


「となると、生徒なのか部外者なのかも分からんか。捕らえたという生徒たちは?」


「尋問中。安心しろ、そう酷い目には遭わせない」


 ……たぶん。


「今、余計な副詞を付けんかったか?」


「気のせいじゃないか?」


 ロリババアだけあって、妙に勘が鋭いな。


 とはいえ、酷い目に遭わないかは彼ら次第なんだよなぁ。口が堅いと、部下たちの気合が入って色々やるだろう。教育者として生徒の心配をする彼女には悪いが、そこまでの保証はできない。


「売り手の正体も重要だけど、もっと重要なのは、どうやって敷地内に薬を持ち込んだか、だ」


 話を逸らす意味も込めて、次の問題点を挙げる。


 大事な話には違いないため、学園長は上手く誘導された。口元に手を当て、深く考え込む。


「そうじゃな……。本来なら、部外者が侵入することはあり得ないし、違法な代物を持ち込むことも未然に防げるはずなんじゃが」


「誘拐犯の一件もある。信頼し切れないぞ」


「分かっとるよ。一定以上の実力者に学園のセキュリティが通じないことくらいは。お主は無論、わしじゃって突破できる」


 それはそれで、どうなんだろうか。そこは『自分でさえ突破できない警戒網だぞ』みたいに豪語するものではないのか?


 まぁ、その話は置いておこう。重要でもないし。


「誘拐犯は【シャドーウォーク】という転移魔法で出入りしてた」


「今回はどんな手段を講じたか、じゃな」


 オレは首肯する。


「部外者の場合は何らかの侵入方法を、生徒の場合は『リーフ』を隠し持てる方法を有しているはずだ。おそらく、オリジナル魔法を」


 既存の魔法であれば、学園のセキュリティは乗り越えられない。必然、【シャドーウォーク】同様のオリジナル魔法を疑ってしかるべきだった。


 学園長は眉間を抑える。


「ポンポンとオリジナル魔法なんて編み出せないんじゃがなぁ」


 彼女の愚痴は正しい。


 この世界の魔法は想像によって生み出せるが、意外と融通が利かなかったりする。


 何故なら、ヒトには固着観念や既成概念というものがある。既存魔法にイメージが引っ張られるせいで、そう簡単に新たな魔法は創造想像できないんだ。


 嗚呼、オレは別だぞ。無属性魔法は数が少なく、精神魔法なんて開拓されていない。じゃんじゃんオリジナルを生むしかないんだ。


「とはいえ、それ以外の手段は限られてる。受け入れるしかないさ」


「そうじゃな」


 それから、いくらかの情報共有を行い、今後の連携についても話し合った。


 といっても、現状で判明していることは少ない。本格的に動くのは、尋問が終了してからだろう。




 その後、学園長室で幾許か時間を潰したオレは、学園長と共に尋問の結果を聞く。


 しかし、有益な情報は得られなかった。購入者である生徒三人は、誰も売人の姿をしっかり認識できていなかったんだ。『魔法が強くなる、魔力が増える』という誘い文句に負けて買ってしまったとだけ告白した。


 おそらく、認識阻害系の魔法か魔道具を使用していたんだと思う。となれば、今回も魔女の関係者か。


 その一点が判明したのはありがたいけど、肝心の売人への手掛かりがないのは痛い。


 結局のところ、向こうに新たな動きがあるまで待つしかないわけだ。


 『リーフ』の一件は、森国しんこくとの関りも疑わしい問題。はたして、どこまで繋がりがあるのやら。


 不穏な空気を抱えたまま、今日は解散となった。

 

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