Interlude-Youdai 強くなりたい
時系列は「姉として(8)」~「誘拐犯(4)」のどこか。
――――――――――――――
俺の名前はユーダイ・ブレイガッダ・クルミラ。山のふもとにある田舎の村が出身の、どこにでもいるような平民だ。
一見すると平凡な人間の俺だけど、実は誰にも言っていない秘密がある。
それは前世の記憶があること。俺の頭の中には、日本という国で生活をしていた男子高校生の人生があった。
その知識によって、俺の状況が生前に流行っていた異世界転生の物語と瓜二つの状況だと知った。しかも、俺には魔法の才能があって、可愛い幼馴染みまでいる。つまり、俺はこの世界の主人公である可能性が高かった。
前世では平凡な高校生にすぎなかった俺が、主人公かもしれない。その情報は、俺の気分をとても高揚させた。不便だらけの田舎生活だとか、両親が生まれてすぐに死んでしまったこととか。それなりに苦労は多かったけど、主人公に立ちはだかる困難だと考えれば耐えることができた。当然、魔法の修行だってしまくったさ。前世にはなかった技術の習得は、すごく楽しかった。
しかし、そんな調子に乗った俺を、正気に戻させる出来事があった。
忘れもしない。八歳の時、大人たちに禁止されていたにも関わらず、俺は幼馴染みの二人を連れて山へ入ったんだ。
俺の魔法があれば魔獣なんて敵ではない。そう考えていたのがいけなかった、慢心だった。あっという間に崖際まで追い詰められてしまい、挙句の果てにはマリナが遭難しかけてしまった。たまたま居合わせた冒険者さんのお陰で事なきを得たけど、あの幸運がなければ、マリナは死んでいたかもしれない。
心より反省した。俺の生きる世界は、決して物語ではないんだ。一歩間違えば、誰かが死ぬ可能性がある。浮かれていた俺は、そんな当たり前のことを失念していた。これからは、みんなを守れるように油断せず精進しようと思う。
とはいえ、今回の失敗の中……いや、正確には同時期というだけで、全然関係ないんだけど、とにかく一つだけ良いことがあった。
はたしてそれは、俺たちの住む領地のお姫さまの顔を見られたことだ。
お姫さまは、華やかな金色の髪に情熱的な紅い瞳をした、とっても可愛い女の子だった。容姿は俺の好みド真ん中。加えて、村の人たちを治療してくれる優しい子。ぜひともお近づきになりたかった。彼女こそ、俺のヒロインに違いない!
でも、村長に止められてしまった。一介の村の子どもが、領主の娘に声を掛けてはいけないんだとか。意味が分からん。同じ子ども同士なんだから、仲良くしても良くないか?
結局、遠目で見ることしか叶わなかったけど、まだチャンスはある。何せ、十五歳になれば、国中の子どもが学園に集まる。その時までに、身分差なんて気にならないほど強くなっていれば良いんだ。元々、みんなを守るために強くなろうとしていたし、一石二鳥だろう。がんばるぞッ!
○●○●○●○●
数年の歳月が過ぎ、俺たちは学園へ入学した。
山での一件以来、俺は慢心せずに修行を重ねていった。お陰で同年代に負けないどころか、初等学舎の教師とも対等に戦えるレベルに到達できた。これなら、きっと学園でもトップを狙えるはず!
順風満帆な数年だったが、一つだけ気掛かりなことがあった。あの遭難事故以来、マリナの様子が変なんだ。ボーっとしている機会が増えたし、その中で『白髪の王子さま』なんて意味不明な単語を時々呟くし、精霊なんて
そして、俺の心配は的中してしまった。いつものようにボーっとしていた彼女は、俺が目を離した隙に、貴族たちに絡まれてしまったんだ。男が複数で女の子を囲むなんて、何て卑怯な奴らなんだ! 貴族のことだから、どうせ美人のマリナを手籠めにしようと考えているに違いない。俺の幼馴染みに手は出させん!
たとえ貴族だとしても、平民相手に好き勝手して良いわけではない。平民にも人権は存在するんだ。そう俺が異議を申し立てても貴族連中に反省の色は見られなかったため、決闘を申し込んでやった。こういう時は決闘だと相場は決まっている。俺がマリナを守るんだ!
相手に大した実力はなかったので、早々に決着は着く。対価として、その場でマリナへ謝らせた。
元は、彼女に金輪際近づかないよう要求するつもりだったけど、それだけでは足りないと考え直したんだ。マリナは貴族に幻想を抱いている節がある。ならば、ここでそれを打ち砕き、目を覚まさせようと思った。
ところが、この選択が大失敗だったと、翌日に知ることになる。
翌朝、学園へ登校すると、とんでもない噂話が耳に入ってきた。マリナが貴族の愛人になったと言うんだ。
俺は急いで本人へ確認に向かった。
教室にはマリナと見覚えのないメイドがいた。
メイドの存在は、噂が事実であると認めているも同然だった。
「どういうことだ、マリナ!?」
「ど、どうしたの、ユーダイくん。そんなに大慌てで!?」
俺が詰め寄ると、彼女は目を白黒させる。
こちらの心情をまったく理解していないマリナに苛立ちを覚えつつも、確かに自身の行動は唐突すぎたと反省する。
一旦距離を置き、深呼吸した後に問い直した。
「マリナが貴族の愛人になったって噂が広がってる。どういうことなんだ?」
「あー、そのことかぁ」
呑気に声を上げるマリナ。
何で、そんなに落ち着いていられるんだ? 貴族の愛人なんて風聞は、キミの尊厳が
眉をひそめながら、俺は彼女の言葉を待つ。
すると、返ってきたのは、とんでもない発言だった。
「わたしも納得した上での関係だから、心配しないで大丈夫だよ~」
何と、彼女は今の立場を許容していると言ったんだ。
可愛い妹分が貴族の愛人?
マリナが貴族のせいで酷い目に遭わされている姿を幻視し、フラッと目まいを覚える。
しかし、ここで倒れるわけにはいかない。きっと、マリナは
○●○●○●○●
貴族――ゼクスからマリナを取り戻そうと話し合いをした俺だったが、結果は惨敗だった。見事に言い負かされてしまい、状況を変えることは叶わなかった。マリナが現状に至った原因が俺にあり、彼は尻拭いをしたにすぎない。そう指摘されてしまったら、何も言い返せなかったんだ。
ゼクスの言い分を嘘だと断じることもできただろう。でも、マリナの安全が脅かされる可能性を考慮すると、無茶は出来なかった。それに謝罪させた貴族――トリア子爵令息の形相を思い起こすと、暗殺を差し向けたという話は得心がいく。彼女を守るには権力が必要だという言い分も筋が通っていた。
相手がいつ襲ってくるか分からない以上、権力を盾に守護するしかない。つまり、今回の件は俺の手に負える問題ではなかった。
『現状をどうにかしたいのなら、もっと偉くなるんだな』
最後、ゼクスに言われた言葉を
悔しいが、反論の余地はまったくなかった。今の俺は、魔法が得意な一人の子どもでしかない。勇者に選ばれたから、ある程度の敵なら抗えるとは思うけど、大きな組織を相手取るには色々と不足しているものが多かった。
マリナがいつ迫害されるか気が気ではないけど、少なくとも今は笑顔を浮かべている。なら、しばらくは爪を研ぐことに集中しよう。近いうちに、絶対に貴族たちの抗争から助け出してみせる!
となれば、早速修行をしなくては。
俺は愛用の片手剣を手に、王都の外にある草原へと向かった。あそこなら、他人に迷惑を掛けずに特訓ができるだろう。
「あれは……」
道中、知った顔を見かけた。
知り合いとは言えない。彼女が俺たちの教室に突撃したから、顔を覚えただけ。確か名前は……リナとか言ったか。
すごく思いつめた表情で歩いていたため、思わず足を止めてしまった。何ていうか、ドス黒いオーラを全身にまとっている。近くの通行人たちも、そろって彼女を避けていた。
無性に嫌な予感を覚えた俺は、リナに話しかけることにした。
「ちょっといいか?」
「……なに?」
普通に声をかけても反応しなさそうだったので、進行方向に躍り出てみる。
お、おお。ヒトを殺せそうな鋭い視線を向けられてしまった。少し肝が冷えた。
でも、無茶をした甲斐あって、リナは俺をしっかり認識してくれたらしい。
「俺の名前はユーダイ。学園の生徒で、一応勇者を拝命してる」
「興味ない。用がないなら、さっさと失せて」
「ちょ、ちょっと待って! 落ち着いて! な?」
自己紹介をしただけなのに、剣を抜かれてしまった。物騒な展開に、周囲の人たちは悲鳴を上げて逃げ出す。
「よ、用ならあるから、まずは剣を収めてくれないか? そんなものを向けられたんじゃ、冷静に話せないからッ」
「………………」
何とか事態を収拾しようと、慌てて言葉を重ねる。
必死の説得のお陰で、たっぷり逡巡はしていたけど、リナは剣をしまってくれた。
ハァ、心臓に悪い。
とはいえ、安堵している暇はない。現在進行形で彼女は俺を睨みつけていた。片手も、未だに剣から離れていない。いつでも切り捨てるという意志表示か。
このままチンタラしてたら、騒ぎを聞きつけた騎士に捕縛されてしまいそうだ。さっさと会話を進めてしまおう。
「何か思いつめた様子だったから、心配になったんだよ。良かったら相談に乗ろうか?」
「いらない」
「話すだけでも楽になるかもよ?」
「しつこい」
「それだけ、今のキミが放っておけないんだよ」
「……」
リナの視線が、どんどん鋭くなっていく。もはや線と表して良いくらい
まぁ、気持ちは理解できるよ。俺自身も、何でここまでしてるのか分からないし。たぶん、自分が悩んでるから、誰かの悩みを聞いて共感したかっただけなのかもしれない。傷の舐め合いってやつだな。
でも、彼女の問題を解決したくないわけではない。俺が手を貸せそうなら、キッチリ手伝うつもりでいる。困ってる誰かを助けるのが『勇者』だと思うから。
見つめ合う俺たち。じわりじわりと時間のみが過ぎていく。
「……わかった、話す。場所を変えるから、ついてきて」
結局、先に折れたのはリナの方だった。
こちらに確認を取らず、彼女はスタスタと歩き始めてしまったので、俺は慌てて後を追いかける。
何とか第一関門は突破した。はてさて、リナは何が原因であそこまで思いつめていたのやら。
少し緊張を覚えつつ、俺は心の裡で気合を入れた。
結論から述べると、俺とリナは意気投合した。というのも、お互いにゼクスと因縁を抱えていたからだ。
俺はマリナを、リナはお姉さんを取り戻すため、今より強くなってやろうと誓った。そうして、この日より毎日、二人で一緒に特訓することになるのだった。
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