Interlude-Marron 恩返し

 わたしの名前はマロン・シャテーニュ・カスタネア。身長は百六十八、体重は六十。スリーサイズは上から90、60、91。好きなことはお昼寝で、嫌いなものは噂話と飢え。フォラナーダ伯爵領でメイドをやってる、どこにでーもいる平民娘だと思う。


 少しばかり人よりも物覚えが良くて、魔法の腕が優れている自負はある。でも、あまり誇らしげに自慢はしない。学園の一年生の頃は頑張って上位の成績を修めていたんだけど、嫉妬されて陰口を叩かれちゃったからねぇ。就職先は元々決めていたし、それなら成績なんてどうでも良いかな~って。わたしの実力は、わたしが知っていてほしい人が知ってればいいよ。


「あ~、生き返るッスぅ」


 同僚のガルナがオッサンくさいことを言いながら、ジョッキに入ったビールを飲み干した。


 飛び込みの仕事が終わって、わたしたちに臨時休暇が与えられた。今日はお疲れさま会をかねて、いつもの三人で酒場に来たのである。


 ちなみに、シオンせんぱいも誘ったけど、断られた。同期だけで楽しんできなさいって。たぶん、気を遣われたんだよね。


「二人とも、ちゃんと飲んでるッスか? 全然、お酒減ってないっスよ」


 果実酒をチビチビ飲んでいたところ、ガルナが絡んできた。少し頬が赤いし、もう酔ってるの? 見れば、ジョッキが空っぽだった。


「暑苦しいー」


 うっとうしい感じで寄りかかってくる彼女を、何とか押し返す。あー、ちょっとお酒がこぼれちゃったぁ、もったいない。


「ガルナ、マロンが嫌がっていますよ」


「えー、そんなことないッスよ。ねぇ?」


「度が過ぎると嫌われますよ」


「ちぇー」


 わたしがガルナの絡みに辟易へきえきしていると、テリアが助け舟を出してくれた。さすが優等生、頼りになる~。


 ようやくガルナは体を離してくれ、わたしはホッと安堵する。それから、残っていた果実酒を口に含んだ。甘くて美味しい。


 そんな感じでワイワイ楽しんでいると、不意にテリアが口を開いた。


「そういえば、私がフォラナーダに就職した理由は明かしましたが、あなたたち二人の動機は聞いたことがありませんでしたよね」


「言われてみると、そうッスね」


 テリアは恋人がフォラナーダ勤務だからだっけぇ? 一見すると堅物……中身も堅物だけど、恋愛面ではロマンチストなんだよねぇ、テリアは。


「気になるの~?」


「はい。多少は」


 わたしの質問に、テリアは簡素に頷いた。


 今日みたいに意外と付き合いの良いテリアだけど、自ら進んで他人の話を訊いてくるのは初めてだった。てっきり、そういうのは興味ないと思ってたよ。


 ガルナも同様の感想を抱いたらしく、「へぇ」と意味深な声を漏らしている。


 わたしたちの注目に照れたのか、テリアは手に持っていたコップで顔を隠した。ちょっと可愛いかもー。


「で、私の質問には答えてくれるのですか?」


 焦れたのか、照れ隠しなのか。テリアはソッポを向きながら再び質問を投げかけてきた。


 これ以上からかうのは可愛そうかな。せっかくのお疲れさま会だもんねぇ。


 わたしとガルナは顔を見合わせ、どちらが先に話すかを視線で探る。どうやら、向こうが先に話すみたい。


「あたしはノリッスね」


「ノリ、ですか?」


「そうッス。卒業直後は世界各地でも放浪しようかなぁとか考えてたんッスけど、今話題のフォラナーダに寄ってから決めようと思い立ち、何故か就職してたッス!」


「そ、そうですか……」


 想像以上に”ノリ”へ全振りだったからか、テリアの鉄仮面が引きつっていた。気持ちは分かるよ。


「わーお、男前ぇ」


「マロン、これは男前ではなく、無計画と言うのです」


 わたしが感嘆すると、テリアが訂正してきた。まぁ、確かに計画性はないよねぇ。


 対して、ガルナは抗議の声を上げる。


「ひどいッスよ。別にいいじゃないッスか、多少無計画でも。今、こうして使用人の仕事をまっとうしていれば」


「一理あるかも~?」


 何だかんだ、ガルナもあのツライ訓練を耐えたからねぇ……うん。


 おっと、危ない危ない。過去一年のアレを思い出すところだった。お酒飲んでる時にやっちゃうと、絶対に悪い方向にスイッチ入っちゃうよ。


 わたしは慌ててかぶりを振って、思考を切り替える。


 テリアは呆れた風に肩を竦める。


「そこは認めていますよ。アレを耐え切るのは、並大抵の忍耐では不可能です」


「おお、珍しい。若干、自画自賛っぽいッスけど」


「事実を述べたまでです」


 みんな同じ感想になるみたい。当然だよねぇ。


「次はマロンの番ッスよ」


 シミジミと三人で頷き合っていると、ガルナが水を向けてきた。


 あ~、やっぱり話さないとダメかぁ。ちょっと照れくさいんだけど……仕方ないかぁ。


 わたしは意を決して、語り始める。


「わたし、実はフォラナーダの出身なんだよねー」


「そうだったんッスか?」


「初耳です」


 そりゃ、一言も話してないもん。知ってるのは、人事に関わったヒトだけだと思う。


「といっても、辺境の小さな村なんだけどねぇ。わたしが小さい頃はメチャクチャ貧しくて、その日を生きていくのも大変だったんだ~」


 今でも鮮明に思い出せる幼少期の記憶。


 本当に大変だった。わたしの生まれる少し前から土地がやせちゃったせいで、畑に全然作物が実らなくて、いつもみんな飢えていた。狩りをしようにも、村人全員を満足させるほどの野生動物なんていなかった。しかも、わたしたちの村を担当していた当時の官吏が悪い奴で、容赦なく税金を取り立てたんだよねぇ。だから、毎日当たり前のように人が死んでた。子どもも、わたし以外は全滅してたと思う。


 そろそろ死ぬのかななんて、子どもながらに限界を悟っていたわたしだったけど、そこに救いの手が差し伸べられたんだ。


 それがゼクスさま。悪徳官吏をクビにしてくれて、貧困だった多くの村を助成してくれて、果てや農地改革に着手して村の土地を復活させてくれた。


 わたしが生きているのはゼクスさまのお陰。わたしが立派に成長できたのもゼクスさまのお陰。だから、わたしのすべてを使って、あの方に恩返ししようと思ったんだ。幸い、役に立てそうな才能はあったから。


「そういうわけでぇ、ゼクスさまに恩を返すために就職したんだ~。まさか、ここまで距離の近い役職に選ばれるとは思ってなかったけどねぇ」


 神さまが、わたしの想いを汲んでくれたのかもしれない。感謝します、神さま~。


「あれ~?」


 一通り語り終えたわたしだったが、ガルナやテリアからの反応がなかった。


 首を傾げて二人の方を見ると――何と、どちらも泣いていた。ガルナに至っては大号泣である。


「え、えぇぇぇ。ど、どうしたの~!?」


 慌てて駆け寄ると、二人は「大丈夫」と鼻をすすりながら答える。


「あまりにも健気な動機だったので、感動してしまって」


「うぅぅぅ、マロンがそんな苦労してたなんて……。あたし、自分が恥ずかしいッス」


 どうやら、わたしの境遇を聞いたせいで、色々とこみ上げてしまったみたい。


 うぅ、恥ずかしい。ちょっと話しすぎちゃったかも。お酒で口が軽くなったのかなぁ。


 すると、唐突にガルナがジョッキを上へ掲げる。


「よーし、今日のマロンの分は、あたしがおごるッス。じゃんじゃん飲んでくれていいッスよ!」


「私も出しますね」


「えぇぇ、そんなことしなくていいよ~」


 何やら暴走を始めた二人を止めるのは大変だった。


 でも、これはこれで楽しい時間だったと思う。


 他ではあり得ないほどの休暇や給料を貰えて、恩人の傍で働けて、気の良い同僚がいて、優しい上司がいて。今のわたしはとっても恵まれている。これもゼクスさまのお陰だ。


 はたして、わたしは恩を返し切れるのだろうか。その一点だけが心配かなぁ。

 

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