Interlude-Shion 西の魔女

時系列は「中間試験(4)」と「自由の先に」の間です。


※『呑水』の本来の読み方は『とんすい』ですが、魔法に限り『どんすい』とさせていただきます。悪しからずご容赦ください。


――――――――――――――



 聖王国の西の果て、聖王家直轄領の森に私――シオンはいた。


 無論、私一人ではない。ゼクスさま主導の作戦を実行するために、私はこの場にいるのだ。距離を置いているものの、周辺にはたくさんの諜報員同僚が控えている。


 鬱蒼と生い茂った木々のせいで、陽光が届きづらくなっている。森の中は全体的に薄暗く、とても不気味な雰囲気を感じさせた。そんな黒い森を、私は突き進んでいく。


 本来なら誰もいないはずなのだけれど、程なくすると一軒の小屋が現れた。パッと見はこじんまりとした家だけれど、ゼクスさまより【魔力視】を伝授された私は理解した。この家は途方もない魔力を蓄えていると。それも、淀みに淀み切った呪いの類。


 間違いない。この小屋こそ、クシポス前伯爵に加担し、王宮派にちょっかいを出していた魔女の拠点だ。


 ゼクスさまの逆探知を疑っていたわけではないけれど、こうして実物を目の当たりにすると身が引き締まる。きちんと自らの役目を遂行しよう。


「さて」


 ある程度小屋に近づいたところで、私は両腕を掲げた。それから、一気に体内の魔力を脈動させる。ここ一帯を吹き飛ばせる魔法を【設計デザイン】し、今まさに発動せんとした。


 しかし、それは叶わない。魔法を撃つ直前に、私は巨大な火柱に飲み込まれた。


 おそらく、上級火魔法の【ブレイズピラー】だろう。かなり威力を増大させているにも関わらず、周囲に延焼しないよう範囲を極限まで絞っている。かなりの技量が窺えた。


 とはいえ、私にはカスリ傷一つ負わせられない。攻撃を受けるのは想定済みで、事前に上級水魔法の【ハイドロボディ】を展開していたのだ。ゼクスさまの攻撃ならともかく、今回の敵程度は問題なかった。


 ブラフだった構築途中の魔法を破棄。【アクアブロッサム】――水の大花を咲かせる中級水魔法――を発動し、【ブレイズピラー】を消火した。威力は調節したので、水蒸気が広がることはない。少しだけ焦げ臭いだけだった。


 数秒の沈黙の後。不意に、小屋の壁を突き破って攻撃が襲いかかる。中級火魔法の【フレアランス】……いえ、違うわね。闇魔法との合成魔法か。


 普通の水魔法で防御していたら、少しは突破されていたかもしれない。危ない危ない。


 であれば、こちらも合成魔法を使おう。


 【呑水どんすい


 私の正面に紺色の水球が現れた。僅か十センチ立方しかない水球では、十メートルはある炎の槍は防げないように見えるけれど――


「無傷!?」


 小屋より響いた叫声きょうせいの通り、私は無傷だった。まるで排水口に水が吸い込まれるように、【呑水どんすい】が炎槍を呑み込んでしまったのだ。


 これが水と闇の合成魔法【呑水どんすい】の効果である。一見は小さな水球でも、私に接近することごとくの敵性を丸呑みしてしまう凶悪な魔法だった。まぁ、術者の一メートル以内でしか発現できないので、攻撃には転化不可能なのが難点だけれど、防御手段としては一級品でしょう。


 さてはて。私の魔法のことは置いておいて、ようやく姿を現したお方を窺うとしよう。彼女自らの放った魔法のせいで小屋の壁が大破したため、敵の姿が丸見えである。


 敵は、赤い髪に紫の瞳をした少女だった。身長は百三十と少しくらいで、見た目は十歳前後程度か。容姿通りの年齢とは限らないけれど。


 ずいぶんと色素の薄い子だった。日焼けを一切していない肌は青白いレベルで、手足の肉付きも最低限のみ。大立ち回りができる風には見えない。魔力のみが膨大で、とても歪な印象を与える少女だ。


 ともかく、自分の役割をまっとうするのみ。少女が何か行動を移す前に、私は攻勢へ打って出た。


「【アビススパイク】」


 詠唱・・と共に、少女の足元の影から黒く鋭い杭が飛び出す。


 彼女はそれを転がりながら回避し、その勢いのまま小屋の外へ逃げ出していく。


 よし、計画通りね。


 胸中に安堵を抱きつつ、私はこの場より逃亡を図る少女を追った。


 案の定、少女は数分も走ると地面に倒れた。


 あんな棒のような足なら当然でしょう。ゼクスさまの提唱されていらっしゃる【身体強化】でも使わぬ限り、あっという間に潰れるのは明らかだった。


「ッ!」


 荒い呼吸を繰り返しながら地面に伏す少女は、振り向きざまに初級闇魔法の【ダークアロー】を数発放つ。


 そんな見え見えの攻撃を食らう私ではない。初級水魔法【ウォーターヴェール】を即座に発動。闇矢のすべてを水で包み込んで消滅させる。


 それを認めた少女は舌を打った。


「さっきの詠唱はわざとか。お前、私を小屋から遠ざけるために、分かりやすい攻撃をしたんだなッ!」


 半分正解だ。今頃、無人になった小屋は同僚たちが精査している。もちろん、罠の類が仕掛けられていないのは調査済みである。


 まぁ、彼女に語り明かす必要などないので、口は開かないけれど。


「ナメるなよ!」


 まだまだやる気十分の少女は、中級火魔法の【爆炎】を撃ち込んでくる。周囲が延焼しかねない魔法だけれど……なりふり構っていられなくなったか。


 私は再度【ウォーターヴェール】で敵の攻撃を無効化する。中級を初級で受け止めるのは難度が上がるけれど、そこは鍛え上げた魔力操作で何とかした。


「くっ!」


 少女は何度も攻撃を放ってくる。実力差は明らかなのに、一向に諦める様子は見られなかった。


 少女が魔法を撃ち、私が受け止める。その作業が始まってから五分が経過した。


 膨大な魔力といっても、所詮は一般人と比べたらにすぎない。絶えず魔法を発動しまくっていた彼女は、魔力切れ寸前におちいっていた。


 対する私は、必要最低限の魔力運用をしていた甲斐もあって余裕だ。


「はぁはぁはぁ」


 息を荒げる少女は、未だ強い意志を瞳に宿している。まだ負けていないと心で訴えていた。


 地に這いつくばる少女と、それを見下ろす三十路女性。


「……これでは、どちらが敵役か分かりませんね」


 現状を客観視してしまい、疲れた息を吐いてしまう私。


 すると、急に少女は眉をしかめた。何かに引っかかりを覚えたのか、思考を回している様子が窺える。


 あー……バレたかな、これは。


 私の嫌な予感は的中した。


「お前、時間稼ぎかッ。まずい、急いでパスを切らないと!?」


 少女は恐怖の混じった声を上げた。それと同時に、彼女の背後より三つの魔法円が出現し、瞬く間に崩壊する。


 邪魔をしたいのは山々だったけれど、殺しては本末転倒。彼女の行動を見送るしかなかった。


 私は溜息を堪え、その場で臣下の礼を取る。


「申しわけございません、ゼクスさま。時間を稼ぎ切れませんでした」


「構わないよ。その偽物しか残ってなかった時点で、追跡の成功は願望程度だったし」


 どこからともなくゼクスさまのお声が聞こえ、次の瞬間には虚空を裂いて顕現なされた。左目を白く煌めかせるお姿は神々しい。


 ゼクスさまのお姿を目にした少女は、わなわなと震えて彼を指差す。


「お、お前か。私とご主人さまを繋いでいたパスを逆探知していたのか!」


 そう。少女の言うように、ゼクスさまは今まで逆探知を行っていた。目前の少女は我々の追う『西の魔女』ではなく、彼女の作った人工生命体ホムンクルスなのだ。人工生命体の創造自体が禁忌なのだが……それは置いておこう。


 そも、今回の作戦は、魔女が逃亡してしまったのを把握した上で組まれたものだ。


 くだんの魔女は我々の接近を感じ取っていたようで、拠点の資料破棄を目前の少女に任せ、早々に逃げ出していた。それを私たちは察知していたゆえに、私たちは拠点に残った資料の押収を本命の目的としていた。


 ただ、一つだけ、魔女の居場所特定という副目的が存在した。


 魔女は欲張ったのだ。どうせなら自分を追う連中を確認しようと、人工生命体ホムンクルスに情報共有のパスを繋いでいた。


 それを逆手に取らないゼクスさまではない。私に時間稼ぎをさせ、その間にご自身は隠れながらパスの逆探知を行っていらっしゃったのだ。


 結果は、私のミスのせいで失敗に終わってしまったけれど……。本当に申しわけなく思う。


「わわっ」


 不意に、ゼクスさまが私の頭を撫でられた。驚愕と喜悦が私の胸中を支配する。


 ゼクスさまは仰る。


「あんまり気にするな。相手のプロテクトが優秀だっただけだ。キミは十分役目を果たしたよ。むしろ、オレが不甲斐ないかもしれないな」


「そんなことはございません!」


 ゼクスさまが不甲斐ないなど、そのようなことはあり得ません。あなたは、常に私たちが尊ぶお方なのですから。


 対して、ゼクスさまは柔らかく笑まれた。とても温かな笑顔は、私の胸を強くときめかせる。


「敵前で乳繰り合うとは、ナメやがってッ!」


 先程までガス欠だった少女より、魔力の気配を感じる。


 私がバッと振り向くのと、少女が上級炎魔法の【ブレイズランス】を撃ち終えるのは同時だった。


「ホムンクルスだからか、自力で生命力を魔力に変換できるのか」


 ゼクスさまがそう呟かれる。


 その見解は正しいでしょう。何せ、魔法を撃った少女は砂のように崩れ去ってしまったのだから。


 主人のために命を懸けた一撃。従者としては敬意を表したい行動ではあるけれど、今回はこう言わざるを得ない。無駄な努力だったと。


 何故なら、放たれた巨大な炎槍は、飛翔すること僅か数秒で霧散してしまったのだ。白き煌めきに包まれ、跡形もなく消え去ってしまう。


 相手が悪いとしか言いようがない。今の状態のゼクスさまに、通常の魔法が通じるはずがなかった。


「さて。資料は集め終わったらしいし、全員集めて帰りますか」


「はい」


 何事もなかったようにきびすを返すゼクスさま。


 私もそれに追従する。


 魔女本人は捕まえられなかったけれど、押収した資料が何かの役に立つことを願う。


 事件のいち早い終息が、愛しいゼクスさまの平穏に繋がると思うから。

 

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