Chapter4-ed 自由の先に

 一連の事件を報告するため、オレは王城にあるウィームレイの私室へ足を運んでいた。一通りの説明を終えると、彼は小さく溜息を吐いた。


「聖王の側近が裏切り者、か。頭が痛い真実だね」


「真実のことごとくは、誰かにとっての劇薬さ」


「実に正論だ」


 もう一度溜息を吐き、ウィームレイはオレのまとめた資料に目を通す。


「『西の魔女』とやらがクシポス伯に手を貸していたのか。そして、その魔女が私を呪っていた可能性は高いと」


「十中八九、な。王宮派にすり寄っていた魔女が、そう何人もいるとは考えられない。まぁ、複数人いる場合も想定して動いてはいるけどさ」


「キミでも『西の魔女』は捕まえられないのかい?」


「クシポス伯の所有してた呪物を逆探知して拠点を割り出したんだけど、すでに魔女当人はいなかった。紙一重で逃げられたみたいで、余計に腹立たしいよ」


 かなり焦って逃げたらしく、多くの証拠が残されていたのは幸いか。


 それらの資料によると、世界に蔓延はびこる呪いの濃度を高めることで魔王復活を促進させるのが、『西の魔女』の狙いのようだ。件の魔女は魔王教団の幹部らしい。


 この前に襲撃した魔王教団の集会――教会フォラナーダ支部の連中の一件――で、『西の魔女』についての情報を探ったけど、梨のツブテだった。かの魔女は、教団メンバーにも滅多に顔を見せない模様。


 クシポス伯本人なら何か知っていた見込みはあったが……プテプ伯の時を考慮すると、あそこまで呪いに汚染された人間を正しく尋問できたかは怪しいところ。また、遺体には不可解な魔力残滓が残っていたので、魔女による何らかの罠が仕掛けられていた確率は高い。クシポス伯を生かしたとしても、無駄な徒労に終わった可能性は大きそうだった。


 従って、現状では『西の魔女』に繋がる情報がなかった。情報ゼロでは捕まえようがない。


 ただ――


「王宮派の中に、まだ魔女の協力者はいそうだ」


「それは本当か?」


 ウィームレイは目をすがめた。


 オレは静かに頷く。


「資料の大半は破棄された後だったけど、もう一人の協力者がいた痕跡が窺えるんだよ。可能性は高いと思う」


「そうか……」


 神妙な様子で熟考を始めるウィームレイ。人類の天敵に手を貸す輩が、身内にいると言われたんだ。この反応は当たり前だろう。


 しばらくして、彼はうつむかせていた顔を上げた。


「魔女の件は、今は置いておこう。それよりも、クシポス家をどうするか考えなくては」


 現状のクシポス家は、当主が行方不明という扱いになっている。遺体がオレの【位相隠しカバーテクスチャ】にしまわれているため、誰も死んだとは思っていないんだ。元々、近衛の団長を務めるくらい強かったのも要因の一つ。


「魔女に加担した者は、本来なら連座で死刑なんだが……ゼクスは望まないんだろう?」


「そうだな」


 聖女が行う西の魔王の再封印を考慮すると、彼女の攻略対象戦力はあまり削りたくない。今さらすぎる話なのは理解しているけど、できるだけ回避したい事柄だった。彼女の戦力が減れば減るほど、オレの負担が増すと予想できるから。


「では、今回の真相は私とキミの間に留めておこう。そうすれば、当主の行方不明というだけで処理される」


「すまないな」


「構わないさ。そも、解決したのはキミたちだ。立役者の意見は、可能な限り尊重したい」


 こういう融通の利くところが、ウィームレイの良いところだと思う。


 オレは友の優しさに感謝しつつ、一つ補足をした。


「申しわけないついでに、もう一つ。真相は学園長にも通しておきたい」


「嗚呼、クシポス伯は誘拐犯でもあったな」


 察しの良い彼は、すぐにこちらの意図に気づいてくれた。


 クシポス伯は学園生の誘拐も行っていた。その調査をしていた彼女にも、真実を知る権利はあるだろう。


 ウィームレイは首肯する。


「あい分かった。彼女なら口外しないと信用できる」


「ありがとう」


「何度も言うが、構わないよ。普段より頼りっぱなしなんだ。このくらいは何でもない」


 その後も、オレたちは今回の事後処理について話し合う。


 とはいえ、真実を公にしないと決まった以上は、そう難しい結論には至らなかった。荒れるだろうクシポス家に、ウィームレイ派閥が軽い力添えをする。それだけだ。








○●○●○●○●








 ウィームレイとの会議を終え、オレは別邸へと帰参した。【位相連結ゲート】で直接自室に戻ったんだが、何故かベッドにはニナが寝転がっていた。


 起きていたようで、オレの気配を察知した彼女はムクリと上半身を起こす。


「おかえり」


「ただいま」


 出迎えの挨拶を交わすと、ニナはベッドよりオレの方へ歩み寄ってきた。


 いったい何があったんだろうか。


 内心で首を傾げながら問う。


「どうしたんだ、オレの部屋で。何かオレに用事か?」


「うん。どうしても伝えたいことがある」


 こちらの質問に、ニナは真剣な面持ちで答えた。真っすぐオレを捉えて離さない瞳は、いつも以上に力強さを感じる。


 よっぽど大切な用件らしい。まったく心当たりはないけど、茶化さずに耳を傾けた方が良さそうだ。


「お茶でも用意するか?」


「いい。すぐ済む」


 時間がかかるようなら、と思って提案してみたが、彼女は首を横に振った。


 手短に済む大事な用? 本当に何なんだろうか。相変わらず、ニナの感情は読みにくい。


 オレの目前に立ったニナは、おもむろに語り始める。


「ゼクスには、ずっと助けられてきた。アタシを奴隷から拾ってくれて、何があっても生き残れるように鍛えてくれて、生活を保障してくれて、温かい居場所を与えてくれて、家族として迎え入れてくれて。本当にたくさんのモノを貰った。そして、ついには死の運命も覆せた……と思う。運命が変わったかは分からないけど、少なくとも、昔から命を狙ってきてた人は倒せた。全部全部ゼクスのお陰。感謝してる」


 どうやら、今までのお礼を言いたかったよう。死の運命を切り抜けて一段落したタイミングだからこそ、改めて口にしたくなったのかもしれない。


『気にしないでいい。それらはニナの努力の結果だ』


 そう返そうとしたんだが、まだニナの話は終わっていなかった。彼女は僅かに顔を伏せ、言葉を続ける。


「前々から考えてたことがある。ゼクスの言う死の運命を切り抜けた後、アタシは何をしようかって」


「嗚呼」


 オレは共感の声を漏らした。


 オレも『カロンを死の運命から守る』という目標に邁進しているため、彼女の言いたいことが理解できた。


 一所懸命に努力していたゆえに、それを遂げた後に燃え尽きてしまわないよう、やりたいことをリストアップしていたんだろう。オレの場合は、先送りしているシオンへの返事などが該当するな。


 今、その話をするということは、ニナの“やりたいこと”はオレと関係あるみたいだ。


「手伝えることなら、何でも協力するぞ」


 共感と、ようやく弟子が運命より解き放たれた嬉しさから、にこやかに頷いた。少し安請け合いかもしれないけど、大切な弟子の頼みなら何とかしたい。


 すると、それを聞いたニナは意味ありげに笑んだ。


 あっ、これは失敗したか?


 彼女が無茶振りをするとは思わないが、何となく嫌な予感を覚えた。


 そして、その直感は正しかった。


 淡々とした調子でニナは言う。


「卒業したら、アタシと結婚してほしい」


「けっこん?」


「うん、結婚」


 思わずオウム返ししてしまったオレの言葉を、しかと肯定するニナ。


 待て、待ってくれ。唐突すぎて理解が追いつかない。


 オレは片手をニナの方に突き出し、考えをまとめる時間を求めた。幸い、彼女は急かすようなマネはしなかった。


 ……話を総合すると、おそらくニナの“やりたかったこと”の一つが結婚なんだろう。それで、相手にオレを選んだと。


 まぁ、納得はできる。自惚れているみたいで嫌だが、ニナとは長く一緒に過ごしてきたし、協力し合って冒険もした。だから、好かれている自覚はあった。まだ、シオンやマリナの時よりも驚きは少ない。


 とはいえ、突然の求婚にはビックリ仰天だよ。普通、もう少し段階を踏まないか? 好きと伝えるだけとか、恋人にしてほしいとか。色々と端折りすぎだ。


 まぁ、卒業後と条件付けしている辺り、こちらの都合も考慮した上の提案なのは察しが付く。計算高いと言うか、何というか……。


 呆れた感情を抱えつつ、オレは一つ尋ねる。


「何で結婚?」


「ゼクスが好きだから」


 わーお、ストレート。どこまでも純粋なニナには、照れ隠しという言葉は存在しないらしい。言われているコッチが照れてしまう。


「もちろん、ミネルヴァを押しのけるつもりはないし、シオンを邪険にもしない。ゼクスのお嫁さんの一枠が欲しいだけ」


「そ、そうか」


 次々と放り投げられる好意のストレートパンチ。淡々とした口調で言われるため、余計に心に響いた。


 というか、よく見たら、ドでかい恋の感情を内側に押し込めているのか、ニナの奴。このレベルの熱を、腰を据えて見ないと察知できない程度にまで隠すとか、そっちの技量にも驚いたぞ。


 正直に言えば、オレもニナのことは好きだ。シオンやミネルヴァと同じくらいの愛を抱いている。


 しかし、シオンは待たせているのにニナだけ承諾を返すのは、あまりにも不義理だと思う。かといって、ここで曖昧に濁すのも卑怯に違いない。


 ゆえに、オレは第三の選択を取ろう。


 期待に目を輝かせるニナ。たぶん、受け入れてもらえる自信があるんだ。


 期待に沿えないのは心苦しいけど、ここは仕方ない。


「ニナ、少しだけ目をつむってくれないか?」


「うん? わかった」


 ニナは素直にまぶたを閉じてくれる。


 視界が遮られている間に、オレはそっと身を近づけた。そして、彼女の頬に手を添えて――


「へ?」


 ――額へ唇を当てた。


 驚いたニナは目を丸くしており、こちらを凝視している。


 オレは頭を下げる。


「すまない。事情があって、すぐに返事はできないんだ。今はこれで我慢してほしい」


「……」


 ニナより返事はない。


 キスをしたイコール求婚を受ける気持ちはあるという意図を込めたんだが、やはり無責任すぎたか。


 そんな考えが脳裏を過ったのも束の間。次の瞬間には、ニナが抱き着いてきた。


 彼女は、オレの胸に顔を埋めて言う。


「ごめん。意地悪した」


「意地悪?」


「ゼクスがシオンの告白を保留してるの、知ってた」


「……嗚呼、なるほど」


 オレが返事できないのを見越して、揺さぶってきたのか。確かに、意地悪ではある。ずいぶんと可愛らしい意地悪だ。


「ただ困るゼクスが見たいだけだったのに、予想外の返しをされた」


「嫌だったか?」


「そんなわけない。嬉しいから困ってる。この女たらし」


「お、女たらし……」


 不名誉すぎる称号だ。いや、何人もの女性から好意を寄せられている時点で、否定のしようはないけども。


 オレに抱き着いたまま、ニナは顔を上げる。


「嬉しいお返しをしてくれたから、返事の保留を認めてあげる。でも、ちゃんと迎え入れること。反故は許さない」


「分かってるよ」


「よろしい」


 満足げに笑みを浮かべるニナ。


 オレも頬笑み返す。


 こうして笑い合えるだけでも、死の運命を乗り越えるための努力をした甲斐があったと思えた。






 ニナのお陰で、死の運命は絶対ではないと証明できた。


 次はカロンの番だ。まだ二年も先の話だけど、心して臨もう。家族みんなが笑顔で卒業を迎えられるよう、いっそう頑張るんだ。



――――――――――――――


これにてChapter4は閉幕です。

明日から16日まで、幕間を投稿する予定です。よろしくお願いします。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る