Chapter4-3 誘拐犯(7)

 ユーダイ勇者とリナが一緒に行動していることに不思議はない。


 実は、ニナと決別した後のリナは、ユーダイ勇者と接触して友好を結んでいたんだ。お互いに貴族への反感とフォラナーダへ隔意を抱いていたため、意気投合するのは早かった。


 まぁ、この巡り合わせは、諜報員たちに仕向けさせたものだが。


 というのも、心の拠りどころを失ったリナを放置した場合、犯罪方面へ暴走される可能性を否めなかった。ゆえに、何だかんだ正義感の強いユーダイへ押しつけようと考えたわけだ。原作ゲームでも【血の粛清】エンド以外は制御できていたし。


 結果は、今のところ大成功だった。実力を示して偉くなり、フォラナーダを見返してやろう。そう意気込み、二人は一緒に修行を始めたんだ。


 空白地帯のギリギリ手前に出たオレは、真っ先に原因の究明を行った。遠目に、何者かに襲われているユーダイたちを確認できるが、まずは状況の確認が優先である。周囲警戒をニナに任せ、【魔力視】による解析に注力する。


「やっぱり、あの時と同じだな」


 効果や範囲は増大しているが、『魔力操作を阻害する』という性質は何ら変わっていない。オレの天敵といえる魔道具だった。


 だが、天敵と判明していた代物を放っておくオレではない。対抗策は立案していた。


「すぅ……ハッ!!!」


 一つ呼吸し、次の瞬間には裂帛れっぱくの声と共に魔力を拡散させる。


 操作なんて一切していない滂沱ぼうだの魔力が解き放たれ、周囲一帯を覆い尽くしていく。


 これが魔力操作阻害への対策だった。


 くだんの阻害は、魔道具より空気中へ散布された極小の呪いが、範囲内にある魔力に干渉して起こす事象なんだ。


 具体的に説明すると、『くろ』へ傾倒した魔力である呪いは、バランスの崩れた魔力とも言い換えられる。通常の魔力がそれに接触すると、バランス崩壊が連鎖してしまうんだ。結果、バランスを保持するため、魔力操作の負担が上昇するわけだ。


 となれば、邪魔な呪いを押し流せば問題解決である。オレくらいの魔力量がないと実行できないゴリ押しだが、効果てきめんだった。見事に空白地帯は消え去った。


「行くぞ!」


「うん!」


 オレとニナは駆け出す。


 【身体強化】による一歩は、彼我の距離を一気に縮めた。遠くに小さく見えたユーダイたちは、一瞬で目前になる。


 ユーダイとリナはボロボロだった。修行によって消耗していたところを襲われたんだから当然だろう。むしろ、よくここまで持ち堪えてくれた。


 二人が剣も扱えるタイプの魔法師だったこともあるが、おそらく主な原因は別。遠目で観察していた限りだと、敵のターゲットはリナだったよう。狙いが分かりやすかったがために、ユーダイたちも対処しやすかったんだと思う。


 そして、肝心の敵対者は、黒ずくめのローブを羽織った男だった。黒い仮面もかぶっており、まったく正体が分からない。振るうバスタードソードの太刀筋から、相当技量の高い剣士であるのは窺えるが……ダメだな、【鑑定】できない。着用している仮面やローブに呪いが付着しているせいで、こちらの【鑑定】や【魔力視】が弾かれてしまう。


 呪いをとおして看破する手段もあるけど、あれは未だに発動まで時間を要する。今は突っ込んだ方が早いな。


 『魔力操作阻害』の魔道具もそうだが、他の装備も呪物らしい。この男が魔女本人かは判然としないけど、重要参考人なのは間違いなかった。


「二人とも下がれ!」


「アタシたちが相手する」


「あんたらはッ」


「お姉ちゃん!?」


 呆然とする二人は邪魔なので、魔力放射で戦線より吹き飛ばす。受け身の方はニナが土魔法で対処したので大丈夫。


 よし、あとは目前の敵を捕縛するだけだ。


「ッ」


 突然現れたオレたちに、黒ローブの男は息を呑んだ。


 ……いや、違う。正確にはニナを見ている。


「やはり、お前がニナを狙ってる奴だな」


「……」


 黒ローブは何も答えなかった。


 まぁ、返答は期待していない。何を知っているのかは、この後ゆっくり聞き出してやる。


 オレは【位相隠しカバーテクスチャ】より二本の短剣を取り出し、敵へ目がけて踏み込んだ。


 向こうも片手剣を構え、このまま切り結ぶ――そう想定していたんだが、


「なに!?」


 オレは、黒ローブの体をすり抜けてしまった。手応えがまったく感じられなかった。


 ニナも続いて剣を振るったが、結果は同じ。すり抜けるだけで、敵に何の痛痒つうようも与えられない。


 仕掛けを見破ろうにも、ローブの呪いが邪魔すぎる。魔道具本体ゆえに、こちらの魔力放射で吹き飛ばすこともできない。やはり、アレ・・を使うしかないかッ。


 即座に決断し、へ魔力を注ぐ。


 ところが、こちらが仕掛ける気配を察したのか、黒ローブの男は逃げの一手に出た。


「沈んでる!?」


 ニナが叫ぶ。


 そう、敵は地面に沈み始めていた。正確には“影”に潜っていた。その速度は早く、一瞬のうちに首まで消え去っている。


 何だ、あれは。オレも知らない術だと!?


 ゲーム知識にも、アカツキより学んだ知識にも、あんな魔法は存在しなかった。魔力からして、闇魔法と呪いの組み合わせ。十中八九、オリジナルだ。


 現状を考慮すると、転移系か? まさか、オレ以外にも転移魔法を完成させている人類がいるとは思わなんだ。先から術へ干渉しようとしているけど、呪いが邪魔をする。


 畢竟ひっきょう、全然手が出せないまま、敵は姿を消してしまった。


 探知術を最大限広げて追跡を試みてみるけど、無駄足に終わった。そう簡単に消息を掴ませるほど、相手もバカではないらしい。


 クソッ、まんまと逃がしてしまった。敵の撤退が迅速すぎたんだ。そのせいで、相手の魔法や道具の解析が不十分だった。


 オレらの接敵時間は、僅か三秒程度か。すり抜ける原因の究明、呪いの排除、転移魔法の解析と妨害。これらの作業を三秒で行うのは、どう頑張っても無理だ。


 とはいえ、一度体験したんだ。次までには対抗策を練っておこう。同じ手は絶対に通用させない。


 ひとまず脅威は去ったため、オレとニナは戦闘姿勢を解除する。


 すると、後方へ吹き飛ばされていたユーダイたちが、ちょうど良く戻ってきた。


「何なんだよ、あんたたち!」


 ユーダイが前のめりに大声を上げる。


 気持ちは理解できる。突然襲われ、突然嫌っていたオレたちが介入して、知らないうちに戦闘が終わった。訳の分からないこと尽くめで、混乱しているんだろう。


 助力に感謝してほしいわけでもないし、彼の態度に文句はない。


 ただ、状況の説明は必要だ。勇者であるユーダイの発言力は大きい。下手に噂を流されては、事態がややこしくなってしまう。それは望むところではなかった。


「勇者殿たちを襲ったのは、おそらく誘拐犯だ。獣人を中心に誘拐を繰り返してるらしい」


 オレは、一部の真実を伝えることにした。すべてを語ると、こいつは学園側に嚙みつきかねない。かといって、襲撃犯の素性を教えないとバカ騒ぎをするのは目に見えている。


「なんだって!? 早く捕まえないと!」


「どこの誰か分からないんだよ。目下、調査中だ。今は自衛に専念しかない」


「悠長なッ」


「悠長なのは分かってるさ。でも、証拠がないんだ」


「なら、俺が見つけてやる!」


 案の定、ユーダイは持ち前の正義感を発揮し、犯人探しに名乗り出た。


 彼が行動を起こすことに文句はない。情報網を持たない彼に見つけられるはずはないと思うが、勇者が動き出すという広告は、敵に焦りを与えてくれるかもしれない。


「そうか。ニナ、帰ろう」


「うん」


 オレは小さく頷いた後、きびすを返す。ユーダイの様子からして、手を貸さずとも寮に帰れるだろう。二人に張り付いていた部下たちも無事みたいだから、何かあったら報告が来る。


 何やらうるさく叫んでいるユーダイを無視して、オレたちはその場を後にした。


「ごめん」


 帰路の途中、ニナが謝罪を口にする。


「何のことだ?」


 オレは惚けるけど、彼女は首を横に振った。


「妹がごめん」


 実は、先程の場にいたリナは、ずっとオレを睨みつけていたんだ。歯をむき出しにして、敵意全開で。


 苦笑を溢す。


「気にするな。あれくらいは何ともない」


 実害はないし、あっても大したことはない。


 そう言ってもニナは顔を俯かせたままだったので、オレはワシャワシャと彼女の頭を撫でた。


「わわっ」


「気にするなって言ってるだろう。オレはニナが落ち込んでる方が嫌だぞ」


「わ、わかったから。撫でるの止めて。髪がグチャグチャになる!」


 慌ててニナが逃げ出したので、手を構えた状態で追いかける。


 そうして、オレたちは追いかけっこをしながら別邸に帰るのだった。



――――――――――――――


私用の関係で、明日の投稿は11時頃となります。ご容赦願います。

 

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