Chapter4-3 誘拐犯(6)

投稿が遅くなり申しわけございませんでした。


――――――――――――――



 ユリィカ・ホワィラヴ・ダシュプースというのが、彼女のフルネームだった。露草色の瞳とストレートロングの髪から、水の適性を持つと予想できる。目鼻立ちは整っており、スタイルもメリハリがあって魅力的だ。特に、脚は見ただけで強靭さを窺い知れる。貴族はびこるA1でなければ、クラスの人気者になっていたに違いない美貌を備えていた。


 彼女は、白兎の獣人のみで構成された辺境の集落出身らしく、一族の期待を一身に背負って上京してきたという。上位十人に入れるくらいの才能があるんだ、故郷の大人たちの気持ちは理解できる。




 お互いの自己紹介を済ませた後。オレとニナは、食堂で食事を取りながらユリィカの話に耳を傾けていた。人見知りのせいで頻繁にどもってしまう彼女だったが、こちらのフォローもあって、次第に普通に話せるようになった。


「改めまして、先程は助けていただき、本当にありがとうございました!」


「気にするな。偶然居合わせただけだし」


「困った時はお互いさま」


「うぅ。その親切さが心に染みますぅ。王都に来てから、初めて優しくされたかもしれません」


 ユリィカはよっぽど人運に恵まれなかったらしい。まぁ、雰囲気からして、幸薄い感じが出ているからなぁ。


 オレは肩を竦める。


「また何か困った時は頼ってくれていい」


「えっ、そんな悪いですよ。お貴族さまを頼るなんて……」


 身を縮ませて恐縮するユリィカ。


 確かに常識からすれば、平民が貴族を便利に使うなんて、あってはならないことだ。でも、平民の生活を守るのも貴族の役目である。


「気を遣う必要はない。優秀な人材を、阿呆たちのせいで潰したくないだけさ。そう身構えなくてもいい」


 あわよくば、フォラナーダに欲しくはあるけど、ここで余計な欲はかかない。ヒトとの巡り合わせが悪かったと言っていたし、今の状況で打算を面に出したら警戒されてしまうだろう。


 そう内心で考えていると、何故かニナが溜息を吐いた。


「偽悪的に語ってるけど、ゼクスはただのお人好し。常識外れの感性を持ってるだけ。安心していい」


「おい、常識外れって失礼な」


「一応、褒めてる」


「褒めてないだろ……」


「ふふふっ」


 オレたちが口論している最中さなか、唐突にユリィカが笑い始めた。コロコロと心の底より楽しんでいる風であった。


 顔を見合わせて首を傾ぐオレとニナを見て、彼女は慌てて口を開いた。


「あ、あわわわ。す、すみません。決して、バカにした笑いではないんですよ!? ただ、えっと、その」


「落ち着け。そういう意図の笑いじゃないのは分かってるから」


「深呼吸」


 ゆっくり呼吸を繰り返し、ユリィカは冷静に戻る。それから、改めて説明を始めた。


「えっと……お二人は本当に仲がいいんだなと感じられて、何だか嬉しくなっちゃったんです。ニナさんほどの実力者ともなれば、住む世界が違うと思ってたお貴族さまとも親密になれるんだなって」


 自分でも多くのヒトと仲良くなれる可能性がある。それを純粋に喜んでいるようだった。王都に来てからというもの、他人と良い交流をできていない彼女だから抱く感想だった。


 それはある意味で正しい意見だ。でも、オレたちの場合は状況が異なる。


「アタシとゼクスは違う」


 ニナも同様の考えだったようで、きっぱりと否定の言葉を口にした。


 反論されるとは想定していなかったユリィカは目を丸くする。


「違うんですか?」


「うん。ゼクスたちは、アタシが強くなる前から仲良くしてくれた。だから、ユリィカの語るモノとは違う」


「そ、そうなんですか?」


「嗚呼。オレがニナと出会ったのは、凡庸な冒険者の域を出なかった時期だな」


 ユリィカがこちらに目を向けてきたので、オレもニナのセリフを肯定する。


 正確には、ボロボロの奴隷だった頃から知っているけど、対外的にはシスとオレは別人となっているため、その辺りは誤魔化しておく。


 オレたちの返答を受け、ユリィカは少しの間だけ思考にふけった。そして、やや取り繕った風な笑顔を浮かべる。


「うらやましいです。ユリィも、いつか信頼できる相手を見つけたいですね」


 悩みを抱えているんだろうことは、何となく察しがついた。


 だが、ここで無暗に突っ込むのは違うな。オレらと彼女は、つい先程出会ったばかり。踏み込むのは不躾になる。


 その後、オレたちは無難な雑談を交わし、ユリィカを女子寮前まで送った。「お貴族さまに送迎していただくなんて!」と恐縮し切りの彼女だったけど、最後の方は言葉に滲んでいた緊張も薄くなっていた。それなりに仲良くなれたと思いたい。








 ユリィカと別れて、オレとニナは星空の下を並んで歩いていた。夕食は済ませたので、あとは別宅へ帰るだけだった。


 ふと、ニナは溢す。


「ユリィカはいい子」


「そうだな」


「友だちになりたい」


「いいと思うぞ」


 彼女が自らこういった発言をするのは珍しい。カロンと友人になって以来か。それだけ、ユリィカを気に入ったんだろう。臆病だけど、芯はしっかりしている子だとオレも思う。


 ポツリポツリと間を置きながら、独特のペースで言葉を交わしていくオレたち。


 本来なら【位相連結ゲート】で即座に帰還できるところだが、あえて徒歩を選択した。オレもニナも、一日の最後の余韻を楽しみたかったんだ。


 しかし、そんな余韻も程なくして終わりを告げる。


『ゼクスさま、緊急事態です』


 諜報員の一人より念話が入った。王都に展開中の部隊のリーダーだった。


 タイミングが悪いと思いながらも、ニナに断りを入れてから対応する。


『何があった?』


『勇者殿およびリナ嬢の監視班の反応が途絶しました』


『どういうことだ?』


 オレは目をすがめる。


 想像以上に穏やかではない案件だった。


『正確には、我々の探知に引っかかりません。また、【念話】への応答もありません。依然、安否は不明です』


『最後に確認できた場所は?』


『座標は――』


 部下が答えた場所は、王都外に広がる草原だった。


 常時探知術を展開しているオレでも、さすがに王都外までは網羅していない。魔力がもったいなさすぎる。


 探知術の範囲を広げ、部下たちの所在の特定を急ぐ。


「チッ」


 探知結果に、オレは舌を打った。


 すぐさま、連絡の取れる部下たちに指示を出す。


『緊急連絡。勇者たちの監視班の安否確認へ向かっている者は、至急行動を停止しろ。彼らへの接近を禁じる。繰り返す――』


 オレは増援の派遣を中止した。


 無論、理由はある。探知したところ、草原の一部に魔力の空白地帯が存在していた。要するに、魔法の類がそこだけ作用しなかったんだ。


 たぶん、ユーダイたちや監視班はその中にいる。魔力が作用しない場所にいるから反応が途絶したし、連絡を返せないんだろう。魔法が使えないのであれば、増援を送っても無意味。被害者を増やすだけだ。


 そして、オレはこの現象に覚えがあった。かつて、プテプ伯爵の所持していた未知の魔道具。魔力操作を著しく阻害するそれに、現状は酷似していた。


 ニナを狙う黒幕をあばけるかもしれない。そのチャンスを、みすみす逃すオレではない。部下たちは差し向けられないが、オレなら対策が可能だった。


 空白地帯の手前に【位相連結ゲート】を開く。それから、ニナに声を掛けようと振り返った。


 すると、ニナは決意に満ちた瞳をこちらへ向けていた。


「アタシも行く」


「危険――」


「リナがいるんでしょう? だったら行く」


「……」


 先の【念話】はニナに届いていないはずなんだが、妙なところで勘が良いな。


 この様子だと簡単に翻意は促せそうにない。事態は一刻を争うし、仕方ないか。彼女の実力なら足手まといにはなるまい。


「分かった。一緒に行くぞ」


「うん!」


 オレたちは【位相連結ゲート】へ駆け込んだ。

 

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