Chapter4-3 誘拐犯(5)

 夕暮れが街を赤く照らす逢魔が時。カッターコンドルを殲滅し終えたオレたちは、王都に戻ってきていた。オレら同様に仕事帰りの人が多く、市場は今日最後のにぎわいを見せている。


 そんな中、オレは道の端でニナのご機嫌伺いをしていた。


「お願いだから機嫌を直してくれよ」


「むぅぅぅぅぅぅ」


 彼女には珍しく、頬を膨らまして思いっきりスネている。


 先程より変わらぬ調子に、さすがのオレもお手上げだった。


 何故、ニナがこれほど不機嫌なのかというと、原因はカッターコンドル討伐の際にあった。事前の取り決めの通りにハンデ込みで討伐数を競い、結果としてオレが勝ったんだが、その勝ち方が納得いかないと怒っている模様。


「今思うと、アレは卑怯だったかもしれない。【身体強化】の範疇だから許される、なんて甘い考えだった。オレが悪かった」


「むぅぅぅ」


 ダメだ。曲げたヘソを戻してくれない。どうしたもんかなぁ。


 オレが競争で何をしたのかと言えば、奥の手の一つを使ったんだ。【身体強化・神化オーバーフロー】という【身体強化】の昇華版で、効果は『肉体を神の使徒へ近づける』だ。アカツキとの修行実戦中に、彼の肉体構造を解析して組み上げた魔法である。これがないと、まともに殴り合えないんだよ。


 ニナほどの実力者なら良いかな? と思って行使したんだけど、改めて考えると大人げなかった。これではアカツキと何ら変わらない。反省しないと。


 その後も懸命に謝罪を続けるものの、一向に機嫌を直す様子を見せないニナ。


 陽も沈みかけてきてホトホト困り果てていたところ、不意に彼女は呟いた。


「……おごって」


「え、何?」


「夕ご飯をおごってくれたら許す」


「お、おごる。おごるぞ!」


 思わぬ申し出に、オレはなりふり構わず食いついた。


 ニナの口振りからして、今夜は二人で外食にしたいという意味だろう。一食おごる程度、オレには何の痛痒つうようもないもの。


 『魔電マギクル』を使ってサクッと別邸の方に外食する旨を伝え、オレたちは王都の街を歩く。


 時間的に料理人には迷惑をかけると思ったんだが、どうにもダンとミリアが遊びに来ていて、彼らに振舞う運びとなったらしい。いくら友人とはいえ、地元の領主の屋敷に遊びに来るとか、二人の心臓は鋼鉄で出来ているのか?


 ちなみに、学園でのダンたちのクラスはA20だった。カロンに魔法を教わっておいてA1に入れないのかと疑問に思うかもしれないが、座学の方が壊滅的だったよう。何をやっているんだか。


 閑話休題。


 希望の店があるというので、ニナに先導を任せる。彼女はいつもの調子に戻っており、普通に口を聞いてくれるようになっていた。


「どんな店なんだ?」


 大通りから外れて小道に入った辺りで、オレは好奇心に促されて問うた。


 ニナは返す。


「王都ではイチオシの食堂だって姉御たちが言ってた」


「姉御……嗚呼、『紅蓮薔薇レッドローズ』の」


 フォラナーダを拠点に活動する冒険者チームだったか。ランクBの女性冒険者のみで構成されているため、界隈では名の知れたヒトたちだ。世話好きが多いようで、ニナも色々世話を焼かれたんだろう。


 遠征で各地に赴くことも多いと聞くし、そんな彼女たちのおススメなら期待大だな。


 しばらく歩くと、目的地が見えてきた。周囲には他の食堂はないので、あそこで間違いないと思う。


 外観は下町の食堂といった感じだ。夕食時のため、かなり客も入っている様子。


「少し待つかもな」


「美味しいのなら、多少は我慢もできる」


 ニナも『紅蓮薔薇』のおススメゆえに、かなり期待していたらしい。尻尾がフリフリと揺れている。可愛い。


 果然かぜん、店は満員だった。店員曰く、三十分ほどは空きが出ないとのこと。それくらいなら問題ないので、許可を貰って店先で待たせてもらうことにした。


 店の壁に背を預け、二人並んで正面の通りをボーっと眺める。表通りより離れた場所にあるので、そこまで人は見られない。


 だが、近くに住宅街もあるからか、より生活が身近に感じられる区画だった。主婦や幼い子どもたちが頻繁に通っていく。


 オレとニナの間に会話はなかったけど、悪い空気ではなかった。長閑のどかな日常の一幕に、静かに身を沈めている。


 ところが、その心地良い静寂は、無粋な大声によって破られた。


「本当にどんくさいわね。どうして、あんたなんかが私たちより成績が上なのよ!」


「どうせ、その体を使って教師陣を篭絡したんでしょ。容姿だけは無駄に良いものね」


「汚らしい畜生がッ。所詮は獣ってことよね」


「何とか言ったらどうなの! ほら、自慢の実力を、あたくしたちに見せてみなさいよ!」


「や、やめてください!」


 耳障りな罵詈雑言に続き、高めの女性の声が響く。


 眉を寄せて不快さの大元を見れば、そこには五人の女がいた。オレたちのいる道と隣接する路地。暗がりになっていて、些か目に留まりづらいところ。


 四人が一人を囲んでいる。先の内容と合わせると、囲まれている女性がイジメに遭っているんだろう。


「って、あいつら学園生か」


「本当?」


「間違いない」


 イジメられている方の顔に覚えがあると思って【鑑定】してみたら、案の定だった。一年A1クラス唯一の平民――特権持ちのニナ、勇者、聖女を除く――である、白兎の獣人の女の子だ。名前はユリィカと表記されていた。


 特待生とは、成績上位10人に入った平民に、国よりお金が配給されるという制度である。成績が落ちない限りは毎月振り込まれ、その総額は三年間で720万だったか。基本的に返金義務はないので、かなり破格の待遇となる。


 とはいえ、成績上位者は高等教育を受ける上位貴族で固められがちのため、ほとんどは適用されない。つまり、ユリィカは相当優秀なんだと思う。


 イジメている側は、伯爵令嬢が一人に子爵令嬢三人の構成だった。覚えがないので、たぶん別クラスの学生だ。


 十秒ほど状況を観察し、オレは得心する。


「一神派か」


 あの伯爵令嬢らは一神派の所属らしい。白兎の獣人ゆえに、イジメの標的に選ばれてしまったんだ。


 また、ユリィカの方が優秀という事実への強い嫉妬も原因か。一神派の貴族的には、獣人に負けたなんて許せないんだろう。


 実に下らない。そんな無駄な時間を浪費するくらいなら、自分を高めれば良いものを。それだから上位十人どころか五十人にも入れないんだ。


 すると、ニナがこちらを見つめてくる。


「ゼクス」


 放っておけないんだろう。オレも同じ気持ちなので、心配しないでほしい。


「助けるよ。でも、ニナは待機だ」


 相手が一神派である以上、彼女が関わるのは悪手になる。ここは爵位も上であるオレが収めた方が早い。


「……わかった」


 その辺りはニナも理解できているみたいだ。無念そうな表情を浮かべるものの、大人しく引き下がる。


 彼女の反応を認めたオレは、食堂の壁より背を離し、イジメの現場へと足を進めた。


 途中、近寄ってくるオレに気づいた連中は、舌打ちした上に睨んで威嚇してきた。オレの正体にまでは見当がついていない様子。


「なによ、あなた。見世物ではないわよ」


「あたくしたちは貴族よ。痛い目に遭いたくなかったら、さっさと失せなさい!」


「それとも、私たちの魔法の餌食にでもなりたいの?」


 十分接近し終えると、子爵令嬢三人がオレへ暴言を吐いてきた。口こそ開かないけど、残る伯爵令嬢も敵愾心てきがいしんマックスだった。


 あまり長引かせても面倒なだけだし、手早く終わらせよう。


 内心で溜息を吐きながら口を開きかけた時、意外なところより声が出た。


「あ、あの、ユリィは大丈夫ですから、に、逃げた方がいいですよ。こ、こちらのお方は、き、貴族さまですから……」


 震えるそれは、イジメられていたユリィカのもの。先程までの様子から、気が弱くて臆病な性格だと踏んでいたんだけど、勘違いだったらしい。他人の危機には勇気を振り絞れる、心根の優しい子のようだ。


 なおのこと、放っておけなくなった。


 オレは彼女を安心させるよう頬笑み、その後にイジメていた側を睨む。


「私の名はゼクス・レヴィト・サン・フォラナーダ。諸君らの所業は目に余る。疾く失せよ」


「「「「フォラナーダ!?」」」」


 オレの顔を思い出したのか、僅かに【威圧】を込めたのが良かったのか。彼女らが正体を疑うことはなかった。途端に怯えだし、蜘蛛の子を散らす風に逃げ去っていく。


 相手を選べる程度の知能はあったみたいだ。無駄な争いに発展しなくて良かったよ。


 その一連の流れを、ポッカ―ンと間抜けな顔で眺めるユリィカ。この感じだと、しばらくは呆然としていそうなので、その間にオレはニナを呼んだ。


「大丈夫?」


「えっ、あ、はい」


 男のオレが彼女に触れるのは宜しくないため、ニナに無事を確認してもらう。暴力を振るわれたわけではなかったらしく、ケガらしいケガは負っていなかった。


「お客さーん、席が空きましたよー!」


 一通り確認が済んだ時、食堂の空きができたと声がかかった。


 タイミングが良いのやら悪いのやら。


 オレとニナは顔を見合わせ、同時に苦笑を溢した。それから、ニナの方は小さく頷く。


 この辺りの以心伝心は六年の積み重ねのお陰だろう。ニナの了承も得られたので、オレはユリィカへ提案する。


「良ければ、オレたちと一緒に夕食を取らないか?」


「へ?」

 

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