Chapter4-3 誘拐犯(4)

 週末。入学してから初めての休日が訪れた。以前に約束した通り、本日はニナとのデートである。


 カロンたちはうらやましがったが、必要以上の追及はなかった。こういう時は邪魔しないルールらしい。ルールってなんだ?


 冒険者ギルドの依頼を受ける予定だったので、早速ニナを伴って王都のギルドへ向かう。


 ちなみに、シスの姿には【偽装】していない。今日はあくまで“ゼクス”とのデートだ。その辺の機微は大事にした方が良いだろう。


「……」


「……」


 お互いに無言のまま、王都の道を歩く。ニナはそう喋る方ではないため、彼女と二人の時に会話は少ない。とはいっても、重い空気ではない。これが普通だという妙な安心感があった。


 それに、今日のニナは機嫌が良い模様。いつもと変わらぬ無表情ではあるが、僅かばかりの高揚を感じられた。二人きりの今日を楽しんでくれているのだとしたら嬉しく思う。


 程なくして、冒険者ギルドの王都支部に辿り着いた。全体のデザインはフォラナーダ支部と変わらない。ウェスタンドアの出入り口や依頼の張られた掲示板、隣接する酒場など、オーソドックスな冒険者ギルドである。どこも運営元が同じなのだから当たり前だ。


 ただ、王都にあるだけあって、その規模は段違いに大きかった。建物は十階もあるし、敷地面積も目算で十倍くらいありそう。中にいる人の数だってかなり多い。


「うわぁ、依頼を取るのも一苦労だな」


「めんど……」


 混雑時を避けたつもりだったけど、まだまだ人混みは解消されていない。掲示板の前も、当然冒険者で溢れていた。


「少し待つか」


「賛成」


 良い依頼はなくなってしまうが、今日は二人で活動すること自体が目的だったので、そう悩まずに決断を下せた。混雑を避け、ちょうど良く空いていた酒場の二人席に座る。


 ノンアルコールの飲み物を注文し、それを口にしながら時間を潰すオレたち。


 だが、そんな平和的な時間潰しは、あえなく失敗に終わる。


 何故なら――


「なぁ、そこの姉ちゃんは冒険者だろう。俺らと一緒に依頼を受けねぇか?」


 ガラの悪そうな男三人がオレら――否、ニナに声を掛けてきたからだった。


 ニナは身内びいきを抜きにしても超絶美人である。おまけにグラビアアイドル顔負けのスタイルも有している。雰囲気的に“カッコイイ”が前面に出てくるけど、決して男性受けしないわけではなかった。こうやってナンパされるのは納得の展開だろう。


「何、この人たち」


 嫌らしい笑みを浮かべながら不躾な視線を向けてくる男たちに、彼女は不快そうな声を漏らす。


 イマイチ状況を理解していないらしく、オレへ視線を向けて説明を求めてきた。


「ナンパだ」


「ナンパ……アタシを?」


 オレが肩を竦めると、ニナはキョトンと呆けた。どうやら、自分がそういった対象になるなんて思ってもみなかったよう。


 考えてみれば、彼女がナンパされるのは初めてか。フォラナーダでは有名人すぎて、無謀な特攻を仕掛けてくる輩は存在しなかった。キャーキャー騒ぐ女性ファンには群がられていたが。


 加えて、日頃よりカロンやミネルヴァ、シオンといったキレイどころが身近にいたため、美的感覚が些か狂っているのかもしれない。自分のことを美人だと認識していない可能性はある。


「ニナは美人だから、男なら惹かれるのさ」


「美人? アタシが?」


「何回も褒めてるはずだけど」


「身内びいきの世辞かと思ってた」


「おいおい」


 やはり、予想通りだった。しかも、オレの賛辞をお世辞と勘違いしていたらしい。悲しいぜ。


 そんな風に呑気な会話を繰り広げていると、痺れを切らした男たちが怒鳴り上げてきた。


「無視してんじゃねぇぞ!」


「ちょっと美人だからって調子に乗りやがってッ」


「そっちの男もボコす!」


 そう言って、彼らは各々の武器を抜き放った。


 沸点の低い奴らだな。失礼を働いたのは事実だけど、これくらいで武器を取り出すなよ。


 突然の事態に周囲は騒然と――しなかった。いや、騒がしくはなったが、どちらかというとアクシデントを楽しんでいる。「やっちまえ」とか「どっちが勝つか賭けようぜ」みたいな会話が大半だ。


 さすがは冒険者。野蛮な展開に慣れ親しんでいらっしゃる。


 ギルド職員の方も見て見ぬ振りを貫くようなので、自分たちで解決する他になさそうだった。


「はぁ」


 一つ溜息を吐いて立ち上がろうとすると、ニナより待ったが掛かった。


「アタシがやる」


「分かった」


 大した相手でもないため、本人がやる気なら任せることにする。オレは浮かしかけた腰を下ろし、逆にニナはスクッと立ち上がる。


 先程までは無気力だった彼女は、その一瞬でスイッチを切り替えた。凛と張った雰囲気をまとい、百七十強の身長と相まって、重い威圧感を放っている。


 誰もがニナを歴戦のつわものだと認識した。騒がしかった周囲に沈黙が降り、ナンパ男たちも僅かに呑まれる。


 だが、すぐに男たちは我に返った。女相手に怯んだのが許せなかったらしく、先程まで以上に気炎を揚げる。


「少しはやるようだが、デカい顔するんじゃねぇぞ」


「そうだ、井の中の蛙だって教えてやるよ!」


「俺たちはランクA間近だって言われてるんだからなッ」


「さっさと掛かってきて。時間の無駄」


「「「このアマがァ!!!」」」


 ニナが面倒くさそうに返すと、三人はその場より駆け出す。


 意外と戦闘には妥協しないようで、見事なフォーメーションを組んで攻撃を仕掛けてきた。ランクA間近という発言に偽りはないみたいだ。


 迎撃しようと無手を構えるニナに、オレは囁く。


「オレたちの対応にも非はあった。軽く撫でる程度にしてやれ」


「……分かった」


 少し不服そうだけど、理解はできる内容だからか、素直に頷いてくれた。これで、ナンパ男たちが再起不能になる心配はいらないだろう。


 戦闘は即座に決着がついた。五秒にも満たなかったと思う。走ってくる男の懐に入って鳩尾に一発。これを三回繰り返して終わった。


 もありなん。手加減したとはいえ、特別な制限のない状況下なら、この程度は容易い。


 崩れ落ちるナンパ男たちと固まる周囲の冒険者たち。あれほど熱気の溢れていたギルド内は、今や痛い沈黙に包まれていた。


 彼らはそれなりの実力者だったらしいし、瞬く間に倒されれば呆気にも取られるか。


 まぁ、オレたちが気にすることでもない。


「今のうちに依頼を取ろう」


「賛成」


 オレとニナは素早く掲示板まで移動し、そこから適当な紙を引きはがす。ナンパされた時点でこの展開は読めていたので、事前に依頼の目星はつけていた。そして、ちょうど空いていた受付へと駆け込んだ。


「この依頼を受ける」


「は、はいッ!」


 呆然としていた受付嬢は、ニナの声に反応して我に返る。ゼクス名義では冒険者として登録していないため、ニナの方で手続きを行った。


 王都勤務だけあって、意表を突かれてもキチンと仕事をこなす受付嬢だったが、ニナの冒険者カードを見た際に素っ頓狂な声を上げてしまう。


「えっ、『竜滅剣士ドラゴン・バスター』!?」


「早く」


「は、はぃぃぃぃぃ」


 間一髪で防諜結界を張れたから良かったものの、あと少しタイミングが遅れていたら、さらなる騒ぎが発生しているところだった。


 ニナが冷たい声で先を促した甲斐あり、依頼の受注は手短に完了する。そのままの流れで、オレたちはギルドを後にした。


 ある程度ギルドより離れたところで、ふぅと息を吐く。


「騒動が大きくなる前に撤退できて良かった」


「あれがランクA間近なんて、王都の冒険者は質が悪い」


 ニナはガッカリだと肩を竦めた。


 それに対し、オレは苦笑いする。


「あれが普通だと思うぞ?」


「フォラナーダなら、ランクBがやっと」


「そりゃ、フォラナーダが異例なんだよ。常識的には、奴らの実力で十分なのさ」


 騎士団が強くなった結果、何だかんだあって冒険者の実力も向上したんだよな。確か、騎士の一人が冒険者を指南したのがキッカケだったか。今のフォラナーダは、オレから見ても色々とおかしい。


 すると、ニナはアングリと口を開いた。


「ぜ、ゼクスに常識を諭されるなんて……」


「失礼すぎないか?」


 何度も言っているが、オレは常識を持っていないわけではない。あえて無視しているだけなんだよ。


「そんなことよりも、何の依頼を受けたの?」


「そんなことって……まぁ、いいけどさ」


 釈然としないが、不毛な議論をする気もない。オレは気持ちを切り替えた。


「カッターコンドルの群れの討伐だな。街道沿いに巣を作ってしまったらしい」


「飛行型の魔獣……面倒」


 オーソドックスな剣士であるニナにとって、攻撃手段が限られる相手だ。そういう感想にもなるか。


 げんなりする彼女に、オレは小さく笑う。


「でも、いい訓練になるぞ」


「……今回はデートという名目だったはず。訓練は勘弁して」


 おっと、言葉のチョイスを間違えたらしい。ジロリと睨まれてしまった。


 ニナのご機嫌を戻すために、一つの提案をする。


「もし、オレよりも多くのカッターコンドルを倒せたら、オレのできる範囲で何でも要望に応えてやろう。もちろん、ハンデありだ。そうだな……【身体強化】以外の魔法は行使しない、でどうだ?」


「乗った」


 思った以上に効果的だった模様。前のめりに即答するニナ。


 ここまで食いつきが良いと、少し不安になってくるな。


「念のために言っておくけど、『オレにできる範囲』だからな。無茶振りはナシだぞ」


「わかってる」


 またもや即答。


 うーん、本当に分かっているのか?


 まぁ、勝てば何の問題もないか。ハンデありでもオレの壁は高いことを知らしめてあげよう。フッフッフッ。

 

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