Chapter4-4 犯人の行方(1)
週が明け、学園生活が再開した。
ユーダイたちへの襲撃以降、誘拐犯の動きはない。調子に乗っていた彼でも、退却に追い込まれた事実は重かったんだろう。状況判断能力のある敵とは、とても面倒くさい。
一応、諜報員たちの警備レベルを上げさせた。先の問題点を洗い直したので、今度はもっと素早く連携が取れるはずだ。
さて、意識を切り替えよう。学園にいる間は、学園生として振舞いたい。
朝のホームルーム前の時間を、カロンたちと喋りながら過ごしている時だった。
「たのもおおおおおッ!」
バンッという扉が開け放たれる音とともに、男の大声が耳をつんざく。思わず両耳をふさぐ者が、大量発生するくらいだ。
それはオレたちも同様。オルカとニナに至っては、頭を抱えて少し縮こまっている。二人とも、人間よりも聴覚が優れているからなぁ。
誰かが教室に接近しているのは知っていたけど、こんな暴挙に出るとは驚いた。どこのバカだよ。
呆れを滲ませつつ、声のあった方を見る。
「げっ」
小さく声を漏らしてしまった。声の主は、オレの知る人物だったんだ。
焦げ茶の髪と瞳を持った男。身長は百七十前後とそこまで高くないが、かなりシッカリと筋肉をつけた肉体。
紛うことない。聖女の攻略対象の一人である、エリック・エンデリル・ユ・サン・クシポスだった。
クシポス家は伯爵ながら騎士の家系であり、代々聖王家の忠臣として有名。彼の父は現聖王の側近であり、元近衛騎士団の団長だ。
エリックは
そう考えたんだが、どうにも違ったらしい。グレイへ軽く挨拶を告げたものの、彼の足は別の方へと向いていた。
はたして、彼の目的とは――
「おおッ、間違いなく本物だ! 会いたかったぜ、ニナ殿!」
まさかのニナだった。
彼は彼女の前に立ち、興奮をあらわにしていた。
えっ、ニナとエリックって知り合いだったのか?
ゲーム知識にも、フォラナーダの諜報が集めた情報にも、二人の繋がりを示すものは存在しなかった。
かといって、エリックの喜び方は、生き別れの兄弟に再会できたかのような熱量を感じる。まったくの他人とは切り捨てられなかった。
「……誰?」
ただ、ニナは平常運転だった。無表情のまま、キョトンと首を傾いでいる。
ニナの方はエリックを知らない模様。二人の反応は対極だった。
念のために、【念話】で問う。
『彼は知り合いじゃないのか』
『全然知らない』
彼女の答えは実に簡潔。微塵も興味がないことが感じられる。
一人で盛り上がるエリックに、話を進める気配はない。一方のニナも口下手。これを放置しては埒が明かないと判断したオレは、面倒ごとの予感を覚えつつも口を挟むことにした。
「盛り上がってるところに悪いが、少し宜しいだろうか?」
「あ?」
オレが声をかけると、途端に不機嫌な様相に変貌するエリック。親の仇を見るかの如き眼光を、一瞬でコチラに向けてきた。
「フォラナーダなんかに割く時間はないな。邪魔だ、黙ってろ」
わーお、ものすごい
まぁ、無理もない。エリックはグレイの親友だ。彼からしてみれば、フォラナーダは親友を廃嫡まで
直情的な男だとは思うが、あっさり手のひら返す薄情者よりはマシか。
とはいえ、彼に従って黙っているわけにもいかなかった。
「それは無理だ。私にとって、ニナは身内も同然。彼女が困ってる状況を見過ごせはしない」
すると、エリックは『本気で意味が分からない』という表情を浮かべた。それから、特大の爆弾を放り投げる。
「はぁ? 何でニナ殿が困るんだよ。俺と彼女は婚約者同士だぞ」
「「「「「婚約者ぁ!?!?」」」」」
オレやカロンたちは、そろって
いやいやいや、その関係性は予想外がすぎる。ニナが子爵令嬢だった当時の情報は念を入れて洗い直していたけど、そんな情報は見当たらなかったぞ!?
そも、お前は聖女の攻略対象じゃないか。何で婚約者が…………そういえば、原作ゲームでのエリックは、婚約者が死んでしまった設定だったような? ニナも原作だと死んでいる。
つ、辻褄が合致してしまっている。ま、まさか、本当に婚約者だったのか?
待て待て待て。落ち着け、落ち着くんだ、オレ。もし婚約者なのだとしたら、ニナがエリックをまったく知らないのは不自然すぎる。それに、おかしい点は他にもある。
まず、ニナが貴族だった時期は九令式より前だ。いくら何でも、婚約者を決めるのが早すぎる。
また、ニナはハーネウス家で冷遇されていた。そんな彼女に婚約者を用意するはずがない。
考えれば考えるほど、エリックとニナが婚約者同士という説は否定されていく。あまりの衝撃発言だったせいで、あやうく冷静さを欠くところだった。
というか、エリックの婚約者発言に、当人であるニナも驚愕しているんだよな。
「初耳」
ほら、まったく身に覚えがないらしい。
さっきから、エリックとオレたちで認識に差異がある。いったい、どうなってるんだか。
「ニナ殿?」
ここに来て、ようやくエリックもニナの困惑に気づいた模様。訝しげに首を傾げ、彼女を見つめる。
そして、彼は面白いくらいに動揺し始める。
「も、もしかして、俺のこと、覚えてない……?」
「うん」
「む、昔、キミの私室に誤って入り込んでしまったことがあって、その時に言葉を交わしたんだが……」
「んー……覚えてない」
「ぐはっ」
ニナは無慈悲だった。情け容赦なくバッサリと切り捨てる。さすがは剣の名人、一刀両断だった。
エリックはその場に崩れ落ちた。両手両膝を地面に突き、ガックリと項垂れる。
「そ、そんな。あの時キミに惚れたから、両親に『ニナ殿を婚約者にしてくれ』って頼んだのに。まさか、ニナ殿が覚えてないなんてッ」
「それ、何歳の話だ?」
「……二歳だ」
「そりゃ覚えてないだろ」
オレは呆れ返った。
転生者ならまだしも、普通のヒトが二歳当時の出来事を覚えているわけがない。ニナの場合、貴族時代は灰色だったと溢していたので、なおさら記憶に残らなかったに違いなかった。
しかも、エリックの言が正しいのであれば、二人は正式に婚約していないだろう。親に頼んだだけだ。つまり、自称婚約者である。
「えっと……生きていれば、良いこともありますよ!」
「恋は一つじゃないよ、うん」
「あー……ウジウジしてないで、さっさと立ち直りなさい!」
あまりにも哀れに思ったのか、カロンたちが慰めの言葉をエリックへ掛けた。いや、慰めになっているのかは判然としないけども。
三人の励ましが効いた――わけではなく、エリックは自力で立ち上がった。何やら決意を固めた様子で、真っすぐニナを見る。
もしや……
「覚えてないのなら、もう一度、この場で婚約を申し込む。俺の妻になってくれッ!」
やっぱり、改めて告白しやがった。
さて、ニナはどう答えるのやら。表情が微塵も動いていないところから、想像に難くないけど。
「ごめんなさい」
再び撃沈するエリック。同情はするよ。
しばらくして、無言で彼は立ち上がる。
その後、ビシッとニナを指差し、
「絶対に惚れさせてみせる!」
と、大々的に宣言してから教室を去っていった。
オレたちは、呆然と彼の背中を見送る。
「騒がしくなりそう」
ポツリと呟かれるニナの言葉。まったくもって、その通りだった。
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