Chapter4-3 誘拐犯(2)
学園長室。今まで見た学園内で、もっとも格式の高い部屋だろう。調度品や家具は一流品で揃えられており、重厚な雰囲気が放たれている。ただ、ギラギラした貴族好みのものではなく、木目調のアンティークが多めか。おそらく、学園長の趣味だ。
オレと学園長は、革張りのソファに腰かけて対面していた。ふむ、良いソファだな。あとで購買元を聞いておこう。
「さて、わしがお主を呼び出した理由じゃが――」
「今さら、威厳を出そうとしても無駄だぞ」
神妙な面持ちで話し始めた学園長を、オレはぶった切る。先のヘンタイ行為を含め、彼女の情けないところは散々目にしてきているので、そうやって威張っても遅いのである。
すると、学園長はクシャっと眉を寄せた。若干、目も潤んでいる。
「す、少しくらい、年上を立てても良いのではないか?」
「オレより強くなったら考えよう」
「不可能ではないか……」
ガックリ肩を落とす学園長。
今のやり取りから分かる通り、目前の幼女はオレの実力を知っている。人伝に噂を聞いたとかではなく、実体験している。
要するに、オレと学園長は戦っていた。ガチの殺し合いを演じたんだ。といっても、オレの方は本気ではなかったが。本気だったら、彼女は戦う前に死んでいるし。
何故、そのような展開になったかといえば、
「『生命の魔女』とあろう人が情けないな」
「いやいやいや、お主に勝てる人類などおらんから」
学園長が魔女だったためだ。
魔女とは、禁忌を犯した魔法師を指す。禁忌に指定されるものは幅広いけれど、人道にもとる場合が多い。そのため、魔女イコール人類の敵という図式が成り立っていた。
ニナを狙う勢力にも魔女が加担していたこともあり、学園長が魔女だと知って、すぐに行動へ移したんだ。
具体的にいうと圧迫面接である。【威圧】して、正体を知っていると告げ、目的を問うた。そうしたら攻撃を仕掛けてきたので返り討ちにした、という流れだ。最初のナメた態度を一変して平身低頭になったのは、某即落ち二コマを連想させ、少し哀れだった。
始末しなかったのは、彼女の目的が純粋に『次代を教育したい』というものだから。戦いを挑んできたのも、正体がバレて焦ってしまったと言うし、情状酌量したわけだ。無論、裏は取ってあるぞ。
「で、ヘンタイ行為をしていた学園長殿は、オレに何の用なの?」
「あ、あれは、あやつらが『罵倒してくれたら気合が入る!』などと言うから、仕方なくやってただけじゃぞ? わしは、どっちかという責められる方が――」
「そういうのいいから、早く話を進めてくれない?」
「わ、分かった」
学園長がとんでもない暴露をし始めたので、それを遮って本題を促す。ついでに、少し【威圧】も込めておく。
お陰で、彼女も話題を改めてくれた。
「お主を呼び出したのは、頼みごとをしたかったからじゃよ」
「頼みごと?」
「うむ。生徒会長を任せたいのじゃが」
「断る」
即答した。
というか、やっぱり、セマカは解任させられていたか。原作ゲームでは第一王女が務めていたので、すぐに辞めさせられるとは想定していた。あの女なら、それくらいの根回しは可能のはずだ。
しかし、どうしてオレにお鉢が回ってくるのかが分からない。意味不明である。ゲーム通りの人物に任せてやれよ。
「何でオレに頼むんだよ。適任が他にいるだろう。たとえば、第一王女とか」
「本来なら彼女に任せるはずだったんじゃが、当の王女がお主を推挙したんじゃよ」
「はぁ!? 理由は?」
「『生徒会への入会条件は成績上位者。その代表ともなれば、主席が適任でしょう』じゃと言っておったな」
「一理あるが、絶対じゃないだろうに」
オレは頭を抱えた。
合理主義の彼女のことだから、オレが生徒会長になることにメリットがあるんだとは思うけど、まったく想像がつかない。むしろ、デメリットの方が大きい気がする。
「やはり、無理かのぅ?」
「無理無理。色なしのオレが会長になったら、必ず不満を訴える輩が出てくる。そんな奴らの相手をしたくない」
たとえ実力を示したとしても、色なしというだけで反発する者は現れる。伯爵ゆえに表立った行動は起こらないだろうけど、隠れて何かされる可能性は否めない。それくらい差別意識は根深いんだ。これは理性ではなく感情の問題なので、解決は難しい。
それに、
「そもそも、オレは忙しいから、生徒会の仕事なんてやってられない」
カロンたちを守るために色々切り捨てているのに、学園の仕事なんて構っていられなかった。引き受けたら、シオンやマリナに申しわけが立たなすぎる。
「あい分かった。第一王女には断られたと伝えておこう」
こちらが拒否するのは想定の範囲内だった模様。学園長はあっさりと引き下がった。
オレは眉をひそめる。
「もしかして、他に本命の用事があるのか?」
拒絶されるのを想定していたのなら、わざわざ呼び出すのは不自然すぎる。内容を伝えるだけなら、他の手段でも良かったはずだ。
その考えは正しかったらしく、学園長は首肯した。
「うむ。実は、直接伝えておきたいことがあってのぅ」
真剣な面持ちを浮かべていることから、かなり込み入った内容のようだ。
オレは真面目に耳を傾ける。
「実は、この何年かの間に、学園生が誘拐されていたと判明した」
「何だって?」
学園長の話す内容は、想定以上に厄介なものだった。
ここ十年間、幾名もの獣人の学園生が消息不明になっているらしい。だのに、つい最近までその事実が明るみにならなかった。
理由は把握できている。何でも、行方知れずになった生徒は、ことごとく孤児かつ友人の少ない人物だった。だから、突然姿を消しても、誰も心配しなかったとか。年に一人か二人程度の被害だったのも、発覚が遅れる要因になった模様。
前世の世界ならあり得ない失態だが、この世界だと強く叱責はできない。魔法の実戦授業での死傷者は毎年出るし、政争に敗れて消えていく貴族子女や貴族間の争いに巻き込まれたせいで消される平民などなど。割と失踪者は多いからだ。
おまけに、総生徒数が三十万強もいるんだ。年に一、二人くらいは誤差だろう。さらわれた本人にとっては堪ったものではないが、それくらいこの世界の命は軽い。
これは原作ゲームになかった事件だな。いや、違うか。主人公たちに伝えられてなかっただけかもしれない。この件は、入学したばかりの二人の手には重い。
「どうして発覚したんだ?」
話を聞く限り、学園側が気づくのは難しそうな事件だ。
学園長は目を伏せ、溜息を吐いた。
「……奴隷として売られている元生徒を、わしが見つけた」
「嗚呼」
かける言葉もない。
ヘンタイではあるが、教育熱心な彼女のこと。奴隷に落ちた生徒を発見した時の衝撃は、かなりのものだっただろう。
重苦しくなった空気を払うように、学園長は無理に言葉を続ける。
「加えて、ここ数年は被害件数が増えていたんじゃ。遅かれ早かれ露見していたじゃろう。たぶん、一向にバレないゆえ、誘拐犯が味を占めたんじゃと思う」
「なるほどな。それで、オレに何を求めるんだ?」
わざわざ説明したのだから、何かしら協力してほしいのは分かる。問題は、どこまで力を貸せば良いか、だ。
こちらの学園生活も脅かされる危険性がある以上、協力自体は積極的に行いたい。だが、学園側との連携を考慮すると、彼女の求める部分をキチンと理解する必要があった。
「お主の情報網を頼りたい」
まぁ、妥当なところだな。十年も影を掴めなかった相手。諜報の優れたフォラナーダの力でもないと、犯人の特定は難しいと思われる。
「少し待て」
【
襲撃に居合わせたという内容は見られないな。当然か。そんなものがあったら、前に読んだ際、目に留まっている。細かいヒントでもあったら
結局、手掛かりになりそうな情報は見つからなかった。
「こっちの情報網にも、何ら不審点はなかった。そっちさえ良ければ、こっちでも独自に調査しよう」
「良いのか?」
「嗚呼。さすがに誘拐は捨て置けない」
「ぜひもない、よろしく頼む。こちらも調査は進めるから、何か分かった時は情報を交換しよう」
「分かった」
それから、いくつか詳細を詰め、オレは学園室を後にした。
獣人の生徒が誘拐されて奴隷に堕とされる、か。
脳裏に過ったのは、かつてのニナのこと。
原作ゲームにおける彼女が死んだ時期も近いし、どうしても他人事とは思えない。この事件は優先して片づけよう。
オレは、脳内にある優先順位項目の先頭辺りに、誘拐犯の捜索を位置づけた。
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