Chapter4-3 誘拐犯(1)
リナの襲来以降は特に問題も起こらず、無事に放課後を迎えられた。しかし、マリナたちと合流して別宅へ帰ろうとしたところ、思わぬ事態が発生する。
『一学年A1クラスのゼクス・レヴィト・サン・フォラナーダ殿。至急、教務棟の学園長室までお越しください。繰り返します、ゼクス・レヴィト――』
学園中に張り巡らされている伝声魔道具より、オレへの呼び出しが響いたんだ。馬車に乗り込む直前だったオレやカロンたちは、何ごとかと顔を見合わせる。
ミネルヴァが半眼を向けながら問うてくる。
「今度は何をしたのよ?」
「オレが何かした前提はやめようか」
シオンと言い、彼女と言い、オレに対する認識がおかしくはないだろうか。そう不服に思っていたんだけど、
「お兄さま……」
「ゼクス
「素直に吐いた方が楽になる」
カロン、オルカ、ニナの三人も、オレへ疑いの眼差しを向けているではないか。いや、シオンを含めた使用人たちも同様だった。付き合いの浅いマリナのみが、今の状況に困惑している。
どうやら、この場に味方はいないらしい。
日頃の行いを見直すべきかと真剣に悩みつつ、オレは馬車へ向けていた
「じゃあ、オレは教務棟に行ってくるよ。みんなは先に帰っててくれ」
「お待ちしますよ、お兄さま」
「どれくらい時間がかかるか分からない。すぐ終わればいいけど、何時間も待たせるのは気が咎める」
まったく心当たりがない現状、要する時間の予想は難しい。彼女らにも予定があるはずだし、ここは先に帰らせた方が賢明だろう。現に、この後に用事があるカロンは、むぅぅと無念そうに唸っている。
そこへ、シオンが尋ねてくる。
「お迎えは
帰りの馬車はどうするかという質問だった。
普通なら絶対に必要になるものだけど、オレの場合は当てはまらないからな。
僅かに熟思の時間を割いてから口を開く。
「帰りに寄り道するから必要ない。持ち場の決まってる者以外は、撤退して構わないよ」
「承知いたしました」
「うん。じゃあ、行ってくる」
一礼するシオンを認めた後、オレは教務棟近くに【
教務棟は、職員室や学園長室、事務室などの集う建物だ。学園運営の中枢と言って良い。その性質上、人の気配は多く感じられる。魔力量からして大半が教員だな。
オレは手早く用件を済ませるため、教務棟の受付に呼び出された旨を伝える。そこで、呼び出した相手が学園長であることを知った。
あのロリババアが何の用だろうか。
学園長は今、職員室の一つ――学年や大クラスごとに職員室も分かれている――にいると言うので、そっちに足を運んだ。
「失礼します」
ノックの後に扉を開く。
すると、そこで目に飛び込んできたのは――
「こんな可憐な少女でも書類仕事終わってるのに、あなたたちは終わってないの? それでも国に認められた魔法師? ざぁこ、ざぁこ。小さな女の子に負けちゃう弱々魔法師ぃ」
「「「「はぁはぁはぁ」」」」
心底楽しそうに罵倒を吐く幼女と、それを受けて息を荒げる男性教師の群れだった。
端的に言おう、地獄がそこにあった。
というか、何やってんの、学園長。
そう。あの場で罵倒を繰り広げている幼女こそ学園長だった。見た目と実年齢のかけ離れたリアルロリババアである。
あんまりな状況にドン引きしていると、オレの存在に気付いた女性の教師が声を掛けてくる。
「どうかしましたか?」
「えっ、いや、学園長に呼び出されたので……」
「嗚呼、フォラナーダ伯ですね。学園長はあちらにいますので、どうぞお入りください」
「えっ?」
オレにあの地獄へ行けと仰っている? この教師、状況を理解していて発言しているぞ。目を逸らしているし。
不敬罪で処してやろうか、なんて下らない冗談が脳裏を過るくらいには、学園長の元へ赴きたくなかった。
「はぁ」
カロンたちと過ごす時間が削られている今、さっさと用件を済ませたい。オレは溜息を吐き、意を決して歩を進めた。
職員室の一部より「おお」という感嘆の声が聞こえてくる。見て見ぬ振りができている辺り、あのヘンタイ行為は日常的に行われているんだろう。そして、首を突っ込んだ勇者はオレが初めてと。
この学園の行末は大丈夫なのか、本気で心配になった。
「ぷぷっ、そこの計算間違ってる。弱々なお兄ちゃんたちは単純な足し算もできないんでちゅねぇ」
「「「「「「はぁはぁはぁ」」」」」」
近づくにつれて、よりハッキリと地獄の内容が聞こえてくる。「嫌だなぁ、帰りたいなぁ」と思いつつも、何とか傍まで辿り着いた。
ヘンタイ行為に熱中しているようで、ヘンタイどもがコチラに気づいた様子はない。
何かイライラしてきた。何で、呼び出された側がここまで心労を湛えなくてはいけないんだ。呼び出すなら、ちゃんと体裁を整えておけと物申したい。
「お楽しみのようですね、学園長」
そんな状況に至れば、さすがのヘンタイどももオレの存在に気付いた模様。ギョッとした形相でコチラを見た。
学園長だけはカチコチに固まっており、一向に振り向こうとしない。肩が震えているみたいなので、怖がっているんだろう。逃がさないぞ。
「学園長?」
言葉の圧で追撃する。
ようやく観念したよう。彼女はおもむろにコチラへ振り返る。
学園長は絶世の美幼女だ。濡れ羽色の黒髪に黒曜の如き黒目、肌は雪のように白く透き通り、目鼻立ちも恐ろしく整っている。癪ではあるが、容姿だけはカロンたちに匹敵するほどだった。
まぁ、あくまで顔だけの話。中身はどうしようもないヘンタイだ。
オレの方を見る学園長の顔色は蒼白だった。表情こそ笑みを浮かべていたけど、取り繕ったものであることは明白。頬が微妙に
「……」
「……」
笑顔で見つめ合うオレたち。その緊迫した空気につられてか、職員室にいる他の面々も沈黙した。
しばしの間、静寂が張りつめる。だが、それは唐突に破られた。
「も、申しわけございませんでしたァァァァァァァアア!!!!!!」
学園長の土下座とともに。
突然の状況に全職員が目を点にする中、オレは地に伏す彼女へ優しく言う。
「学園長室、行こうか」
「はいぃぃぃぃ」
情けない声を上げながら、キビキビと行動を始める学園長。彼女が職員室を出ていくのに合わせ、オレもその後ろに付いていった。
部屋を後にする直前、ふとヘンタイ一人の言葉が耳に入る。
「学園長が分からせられてしまったッ」
その言い方は止めろと、オレは心の裡で嘆いた。
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