Chapter4-2 姉として(5)

 新歓の翌日。いつも通りに学園へ登校したオレたちだったが、周囲の視線が昨日までとは異なっていた。オレへ向く奇異やカロンたち女性陣へ向く好色のそれが減り、オルカやニナに好奇と期待の注目が集まっていた。


「あれが昨日の……」


「新歓で大立ち回りしたって」


「二つ名持ちは伊達じゃないってことか」


「フォラナーダの方もすごかったってさ」


 ヒソヒソと聞こえてくる内容からして、生徒会長らとの模擬戦の内容が一晩で広まったらしい。学生の噂話の伝播速度は恐ろしいな。


 教室に到着した後も周りの態度は変わらず、それどころか、


「昨日はすごかったよ、感動した!」


「ニナさんの剣、全然見えなかったよ!」


「俺はオルカ殿の魔法に興味があるな」


「私も! あれ、【ロードスパイク】だよね? あんな芸当ができるなんて、未だに信じられないよー」


 二人は、あっという間にクラスメイトたちに囲まれてしまった。A1の級友たちは同じ会場にいたため、感動もヒトシオといった様子だ。


 これといって悪意は感じないので、遠ざける必要もない。気を抜くつもりはないけど、今は好きにさせよう。それに、オルカとニナも少し嬉しそうだ。


「二人とも、楽しそうですね」


 カロンも同様の印象を抱いたようで、そう呟く。


 オレは頬を緩めて頷いた。


「これをキッカケに友だちができるといいな」


「オルカなら容易いでしょうね」


「そうだな」


 明るく人懐っこいオルカは、元々友だちを多く作れるだろう性格をしている。心配せずとも大丈夫だ。


 ニナは……うん。出会った頃よりは社交的になったし、コミュ力が欠如しているわけでもない。友だちくらい作れると思う。一応、様子見はしておく。


「二人も遠慮せず友人は作れよ」


 オレがにこやかに言ったところ、ミネルヴァが半眼を向けてくる。


「何よ、その上から目線……いえ、年寄り臭いセリフは」


「と、年寄り臭い。オレは、二人の友好関係を心配しただけなんだけどなぁ」


 カロンは超ブラコンでミネルヴァはツンデレだから、友だち作りに苦労しそうだもの。口には出したら魔法が飛んできそうなので、胸の内に留めておくけど。


 ジトォォと視線を向け続ける彼女だったが、そのうち溜息を吐いた。


「私たちの心配をするのはいいけど、あなたはどうなのよ。あっ、べ、別にあなたの心配をしてるわけじゃないわよ? これはその……そう! 婚約者の友人がゼロなんて、情けなくて仕方ないじゃないッ」


 誰に言いわけしているのか、ミネルヴァは頬を染めてソッポを向いた。相変わらず、オレの婚約者は素直ではない。


 意地らしい彼女を微笑ましく眺めつつ、オレは返す。


「たぶん、オレには友人があまりできないと思う」


「何でよ」


「お兄さまなら、たくさんご学友をお作りになれると思いますが……」


 ミネルヴァが不機嫌そうに、カロンが不思議そうに尋ねてきた。


 まぁ、この二人は全然気にしていないので、この反応も当然かもしれないが、世間の目はそう単純ではないんだよ。


 オレは自身の髪を摘まむ。


「まず、色なしだから。差別対象に率先して関わろうとする輩は滅多にいないよ。特に、自らの魔法に誇りを持つ貴族は、ね」


「むぅ」


 心当たりがあるんだろう。ミネルヴァは難しい表情を浮かべ、唸り声を上げた。


 対し、貴族の価値観に些か疎いカロンは、堪えた様子もなく反論する。


「数は少なくとも、お兄さまをお認めになる方はいらっしゃいますよ。それに、平民の方もいらっしゃいます!」


「うん、その意見は正しいよ」


 カロンの言葉を否定せず、素直に首肯するオレ。


 ウィームレイ殿下の例があるので、全員が全員、色なしに厳しいわけではないのは知っている。


「でも、オレは現当主。他の生徒たちと違って爵位を有してるんだ。それに気後れする人は多いと思うよ」


 学園の規則には『生徒は皆平等。身分差は考慮しないこと』とあるが、学外では無意味ゆえに効果は見込めない。


 というより、この校則は、どちらかというと貴族側を守るものだ。『学内は非公式の場だから、平民より成績が劣っても家格は傷つきませんよ』という免罪符を、貴族息女たちに与えるものなんだよ。決して、貴族の横暴より平民を守るルールではない。


 ちなみに、決闘を行ってしまうと公の場に変わってしまうため、注意が必要だ。


 だから、身分が上となる伯爵オレへ声をかけるのは躊躇ためらわれるわけだ。下手に反感を買えば、どんな目に遭うか判然としないもの。


「お兄さまは、そのような暴挙には出ません!」


 その辺りの事情を説くと、カロンは声を張り上げた。


 オレのために怒ってくれるのは嬉しいけど、オレがどう思うかの問題ではないんだよね。


「彼がどう考えるかは関係ないのよ。そういった力を持ってる、それだけで周りは怖がってしまうの」


 すると、オレが答えるより前に、ミネルヴァが口を開いた。


 寂寥せきりょう感を湛えた表情を浮かべていることより、彼女にも似たような経験があったのだと推測できた。公爵令嬢で多くの才能を有するんだ、当然かもしれない。


 カロンもミネルヴァの過去を察したんだろう。それ以上は言葉を重ねなかった。


 その代わりに、


「それならわたくしが周囲へ喧伝しましょう。お兄さまも、ついでにミネルヴァも、そのような暴威を振るう人ではないと。不本意ながら『陽光の聖女』と呼ばれていますので、多少の影響力はあるはずです!」


 と、ソッポを向いて答えた。


 やや気難しそうな顔をしているけど、その頬は赤く染まっているので、照れているのは一目瞭然だった。


「カロライン……」


 ミネルヴァも、カロンの気遣いに感激した様子。普段はケンカばかりな二人だけど、何だかんだ言ってお互いに認め合っているんだよな。


 青春してるなぁ。……嗚呼、こういう感想を抱くところが、年寄り臭いのか。


 自嘲の笑みを溢しつつ、気遣ってくれたカロンに礼を告げる。


「ありがとう。だったら『全員友だち百人作る!』を目標に頑張ってみようか」


「何よ、それ」


「ふふふ。学園生は多いですから、不可能ではなさそうですね」


 オレの冗談混じりのセリフに、二人とも笑ってくれた。


 僅かなシリアスは霧散して穏やかな空気が流れる――はずだったんだが、


「興味深い話題ですわね。では、わたくしが友人第一号に立候補しましても宜しいでしょうか?」


 女性の声が一つ、オレたちの雑談に入り込んできた。


 近くで様子を窺っているのは把握していた。だが、ここで声を掛けてくるのか。


 オレは内心で苦々しく思いながらも、声のした方へ振り向く。


 そこには一人の女性が立っていた。息を呑むほどの美貌と立っているだけでも感じる高貴な雰囲気、叡智を湛えた白縹しらはなだ色のまなこ――そして、緩く一本に結わえられた金髪・・。これらの特徴を有する人物なんて、この世界に一人しかいない。アリアノート・イーステリア・ユ・アリ・カタシット第一王女その人だった。

 

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