Chapter4-2 姉として(6)
アリアノート第一王女は国を代表する光魔法師である。王族であることを加味すれば
そも、アリアノートが光魔法を発現させた時期は、カロンよりも早い一歳の時。約五十年振りとなる光魔法師の誕生だったがゆえに、彼女の存在は大々的に喧伝された。だからこそ、聖王国の光魔法師といえばアリアノートと答える者は多い。
アリアノートは肩書だけではなく、いろんな活動も行っている。
有名なところだと、“王家直轄領すべてに治癒の巡業を行った話”や“方々へ広まる前に新たな伝染病を根絶した話”か。光魔法師としての腕は卓越したレベルのようだ。少なくとも、病への理解は医者並みに深いと思われる。
また、彼女は知恵――特に
もう一つの論拠として、他貴族の誰から目立った妨害を受けていない点も挙げられる。かなりの政治力を持っていなければ、これだけの影響力を保持しておいて無傷はあり得ない。オレのような
そうして、アリアノートは『
――そんな、ある意味でオレたち以上の有名人が、目前に立っていた。
引きつりそうになる頬を必死に抑え、オレはその場より立ち上がって貴族の礼を取る。当然、その場にいたカロンとミネルヴァも続く。
「これは殿下。申しわけございません、本来なら私どもの方からご挨拶すべきところを――」
実は、アリアノートはA1所属の生徒だったんだ。前述したように、通常ならクラスメイトとなった王族への挨拶は必須なんだが、ある事情により控えていた。
それを彼女も理解しているようで、こちらの謝罪を途中で遮る。
「いえ、構いませんわ。あなたは兄上の派閥の人間。
そう。オレたちフォラナーダは、
ただの王女ならば、そこまで気を遣わなくても良かっただろう。
しかし、彼女は良くも悪くも影響力が強い。一方のオレも、王宮派内では規格外扱いを受けている。その二人の接触を周囲が容認できるはずなく、少し言葉を交わしただけでもパワーバランスを壊すと予想できた。
そのため、今の今まで彼女とは一切関わってこなかった。まぁ、他にも理由はあるが、メインは余計な争いを避けてのことだった。
「ご理解いただき、ありがとうございます。ですが、理解していただけているのに、何故、声をおかけになられたのでしょう?」
昨日はユーダイや他のクラスメイトと話していたのに、どういった気まぐれなのか。
「その辺りの調整を終えたからです。各所への根回しは済みましたわ」
マジかよ。あれほど融通の利かない王宮派の連中を説き伏せたのか。さすがは『氷慧の聖女』。その政治力は他の追随を許さないな。
「何故に、そこまでのことを? 相当労力を割いたことかと存じますが」
「せっかくクラスメイトになれましたのに、まったく交流を持てないのは寂しいではありませんか。それに、前々からフォラナーダ伯方には興味を抱いていたのですよ」
そう言って、アリアノートは朗らかな笑みを見せた。
普段は氷の如く冷ややかな雰囲気の彼女がコロコロと笑えば、それの与える心証は強くなる。アリアノートの浮かべる笑顔はキラキラと輝き、心の底からオレたちの友人になりたいと願っている風に感じられた。
現に、カロンとミネルヴァは完全に信用した模様。感激した様子でアリアノートに礼を言う。
「初めまして、殿下。
「初めまして、カロラインさん。『聖女』を含んだ二つ名を持つ者同士、仲良くいたしましょう」
「お久しぶりです、アリアノート殿下」
「ミネルヴァさん、お久しぶりですわ。かれこれ十年振りでしょうか。派閥の関係で致し方ありませんでしたが、学園生活の間は仲良くしてくださると嬉しいわ」
「喜んでお受けいたします」
それぞれ挨拶と笑顔を交わし合う。妹たちに新たな友人が生まれた瞬間だった。
本当なら心より喜びたい光景なんだけど、オレは素直に喜べずにいた。
それは、アリアノートの人物像が
「これが人気投票一位の魅力か」
オレは口内で言葉を転がす。
今の感想から察しがつくと思うが、アリアノートは原作ゲームにも登場する、
何度も言った通り、アリアノートはロジカル思考をする人間だ。国を守るために平然と他を切り捨てる冷淡さは、原作ゲームでも描かれていた。
しかし、ユーダイとの交流を重ねていくうちに、彼女の内心が明かされていく。“国のため”と他を切り捨てているのは事実だが、それらを平然と行っていたわけではなかった。本心では犠牲を強いる状況を嘆いていたと判明するんだ。
その苦悩を支え、共に強くなっていくのがアリアノートの専用ルートの概要である。
徐々に態度が柔らかくなっていくアリアノートは、声優さんの迫真の演技も相まって非常に愛らしかった。トゥルーエンドの【雪解け】は感動の終幕で、かなり完成度の高い物語だった。人気投票一位も納得の結果と言える。
ただ……原作ゲームをプレイしていた時から、オレはアリアノートが不気味で仕方なかった。何せ、彼女の物語は、あまりにも
真っ先に挙げられるのは、敵のレベル上昇が緩やかな点だな。レベリングにかかる労力が少ないんだ。あと、他のルートだと強敵出現による負けイベントがあるんだけど、アリアノートのルートにはそれも存在しない。攻略サイトでも一週目に選択することをお勧めされるくらい温いんだよ。
これだけなら言いがかりレベルだろう。ゲームデザインとして、たまたま彼女のルートが簡単に設定されただけとも捉えられる。実際、この違和感を気にしていたプレイヤーを、オレ以外に見た記憶はなかった。
だが、他にも違和感は存在する。物語の要所で出てくるアリアノートのセリフが、まるで先を知っているかのような助言で気味が悪いんだ。彼女の指示に従うと、話も最短で進んでいく。彼女のルートは本当に無駄がない。
一度疑念を持ってしまうと、すべてに疑いが向く。多くのプレイヤーを射止めた雪解けしていくキャラも、『計算し尽くした演技なのでは?』と考えてしまう。アリアノート視点の
別に嫌っているわけではない。嫌いではなかったんだけど、彼女という存在に、言い知れぬ恐怖を覚えているのは否定できなかった。
ゆえに、カロンたちがアリアノートと仲良くする現状に、オレは喜べない。
「お兄さま?」
「嗚呼、ごめん。考えごとをしてた」
ボーっとしすぎてしまったせいで、三人の視線がコチラを向いていた。カロンの心配そうな声に、「何でもないよ」と返した。
今のオレは世界最強といっても過言ではない力を有しているし、優秀な部下もいる。アリアノートへの警戒は必要だけど、必要以上に怖がるのは愚の骨頂だ。そのせいで、変な失態を仕出かしたら本末転倒にも程がある。
前世のニガテ意識を引きずったままではダメだ。気をつけないと。
その後、オレも彼女らの会話に加わることにする。その際のアリアノートの言動には、特に不自然なところは窺えなかった。この胸騒ぎが、ただの杞憂であることを願う。
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