Chapter4-2 姉として(4)

 模擬戦は、元より新歓の余興として予定された企画だったよう。中央ステージは二対二で戦える程度の広さが用意されていたし、オルカたちが壇上に上がってすぐ、結構固めの結界まで展開された。


 ただ、対戦相手の選出自体はセマカ会長の独断だったらしく、副会長以外の生徒会メンバーは若干の困惑を滲ませていた。僅かな動揺で済んでいる辺り、日頃より生徒会長のワンマンプレーに振り回されているのかもしれない。同情する。


 オルカとニナの勇姿を間近で観戦するため、オレたちはステージの付近まで接近した。軽い【威圧】を放てば人避けになるので、人波を掻き分ける手間は省ける。


 模擬戦を行う四人は、すでに準備を整えていた。刃を潰した武器や簡易な鎧を身につけ、各々体を解している。


 右方はオルカたち。その戦闘スタイルより、ニナが前衛でオルカが後衛を務める模様。


 左方はセマカ会長たち。副会長が前衛、会長が後衛を務めるようだ。


 審判役だろう生徒会役員が壇上の端に上り、声を上げる。


「これより特別模擬戦の内容を説明いたします。ルールは六点。一つ、殺生の禁止。一つ、殺傷性の高い攻撃の禁止。一つ、運営の用意した武器以外の持ち込みおよび使用の禁止。一つ、審判の指示を遵守すること。一つ、降参宣言後の攻撃の禁止。一つ、勝敗は審判の判断または降参宣言によって決する。以上となります。ルールに抵触した場合は即時失格となり、違反の度合いによっては学園側へ報告もされますので、くれぐれも注意してください」


 魔法も許容しているにしては、安全面を重視したルールだな。『学園側へ報告』とは、すなわち、重傷以上を出したら厳重な処分を下されるという忠告だろう。


 学生間の戦闘であれば当然の配慮だけど、それなら、もっと厳重な警備や治療体制を整えておこなうべきなんだよなぁ。学生の主催だからか、その辺の危機管理が中途半端だ。


 念のため、オレはオルカたちへ【念話】で「やりすぎるなよ」と送っておく。ついでにカロンにも、いざという時に備えてもらった。


 そうしているうちに、とうとう模擬戦が開始されるらしい。審判が両腕を頭上へ掲げる。


「それでは、生徒会対新入生による特別模擬戦を開始いたします。はじめッ!」


 審判の彼は、両腕を勢い良く降ろすと即座にステージより飛び降りた。巻き添えを嫌ったんだろう。あの位置では結界内に入ってしまうからな。


 開始の合図とともに、会長側は素早く動き出した。セマカが大きな一撃を放つために魔力を練り始め、時間を稼ぐつもりであろうマウテアが槍を構えて突進してきた。


 対するオルカたちは棒立ちだった。お得意の罠を張っているわけでもなく、正真正銘の棒立ち。


 たぶん、小細工を弄するとイチャモンをつけられると考えたんだ。だから、相手の実力を測りながら、適切な手加減で決着をつける手はずなんだと思う。ニナがそういった気の利いた作戦を提案するわけがないので、オルカの考案だな。


 生徒会を務めるだけあって、マウテア副会長の動きは、“学生にしては”良いものだった。重心移動の仕方も、踏み出しの力加減も、槍の扱い方も。どれを取っても優秀のハンコを押せる。


 しかし、相手が悪い。マウテアが『学園有数』であるのなら、ニナは『世界有数』なんだ。彼の槍さばきなんて、彼女にしてみれば児戯に等しい。


 動かないニナに、マウテアは容赦なく突きを放つ。


 槍の穂先が触れるギリギリのタイミング。ニナは、棒立ちのまま模擬剣を振り払った。いや、振り払っていたと表現するべきか。この場にいる大半の者にとって、早すぎる彼女の動きは認識できなかったに違いない。


 音速に迫る勢いで振られた剣は、マウテアの槍を弾き飛ばした。刃を潰しているはずなのに、その穂先を切断する離れ技を披露して見せた。オレ直伝の【身体強化】と高度な技量が合わさった結果である。


 すごいな。たぶん、オレが同じことやったとしても、槍の柄ごと叩き折ってしまうと思う。それだけ、ニナの剣術は卓越していた。


「へ?」


 穂先の消えた槍を見て、呆けた声を漏らすマウテア。


 すでにニナは元の棒立ちに戻っていたため、彼視点からすれば、いつの間にか槍先が消えたように見えているんだろう。客観的に見られるはずのステージ外にいても、彼女の動きは捉えづらいもの。


「終わり?」


 今の一撃で相手の実力を測り終えたニナは、コクリと小首を傾ぐ。


 彼女にとっては純粋な問いかけだったとは思うが、マウテアはそう捉えなかったよう。見る見るうちに顔を真っ赤に染め、穂先の消えた槍で突きのラッシュを見舞う。


 そんな感情に任せた攻撃を食らうニナではない。突き一発ごとに槍の柄を輪切りにしていき、最終的には持ち手だった部分を残して消し飛ばしてしまった。


 気づけば得物を失っていたマウテアは、驚愕に口をパクパクと開閉させる。それから、残った柄を落として後退りをした。


 もう何もないと判断したんだろう。ニナは受け身であることを止め、一歩踏み出した。一瞬で彼の懐に潜り込み、その鳩尾に強烈な拳を叩き込む。


 ニナの一撃を耐えきれるはずもなく、マウテアはその場に沈んだ。手加減はしっかりされているようで、気絶しているだけの模様。一安心だ。


 あっという間の決着に、ギャラリーは静まり返ってしまった。ニナの動作が高度過ぎて、誰も付いていけなかったらしい。


 前衛の決着はついた。あとはセマカ会長のみだが――


「これでも食らいたまえ!」


 構築が終わったらしく、タイミング良く魔法が放たれた。一、二センチメートル程度の刃が。何十の群れを成してオルカとニナに向かっていく。


 一見すると、初級風魔法の【ブリーズエッジ】の多重詠唱。その威力は肌を傷つける程度でしかない。


 審判や観客はそう判断したようで、難度の高めの多重詠唱を見て盛り上がる。


 しかし、オレたちは違った。


 会長の攻撃を見て、隣のミネルヴァが眉をしかめる。


「あれ、【サイクロンレイザー】じゃない。中級ではあるけど、使いようによっては上級よりも質が悪い。ルール違反もいいところだわ」


 そう。セマカの繰り出したのは、危険度の高い術だった。細かいカミソリ状の刃を幾重に生み出して切り刻むという魔法で、上手く扱えば敵の急所を狙える。つまりは、殺傷力の高い魔法に該当する。


 学生連中に気づかれないよう、威力や規模を絞ったんだろう。明らかに故意犯だった。


 当の術者は、勝ち誇った様子で哄笑こうしょうを漏らしている。


「あははははははは。ランクA冒険者だか、国内一の伯爵領だか知らないが、人モドキが人に適うはずがないんだッ。お前らみたいな人のなり損ないなど、この学園には相応しくない! 嗚呼、安心したまえ。私は優しいから、最新の治療環境を用意しているよ。重度のケガは負うだろうが、死にはしない!」


 距離が遠いこともあり、彼の独白は雑音に紛れて他の面々には届いていなかった。だが、ここには聴力を強化できるオレたちがいる。セマカの思惑はバッチリ聞こえていた。


「お兄さま。あのような者が生徒会長で、この学園は大丈夫なのでしょうか?」


 カロンが頭痛を堪えるような表情で尋ねてきた。


「よほど猫かぶりが上手いんじゃないか。生徒会長まで上り詰めてるんだし」


「ああやって声に出しちゃってる時点で、お察しでしょう。たぶん、周りの付き人とかがフォローしてるのよ」


 オレの返しに、ミネルヴァが反論した。


 確かに、そっちの方がしっくりくる。セマカという男、どう見てもやり手には見えないもの。


 とはいえ、【サイクロンレイザー】の狙いを絞れる程度の技量はあるみたいだし、実力だけは生徒会長に相応しいといったところか。


「えっ、あれって危ない魔法なの!? ふ、二人が危険なんじゃ!?」


 会話を断片的に聞いていたマリナが、ワタワタと慌て始める。


 それを受けても、オレたちは揺らがなかった。


「大丈夫。あんなのにやられるほど、柔な修行はしてないよ」


「そうですね。……柔な、修行では、ありませんでしたね……」


「ええ。本当に、ええ……」


「ほ、本当に大丈夫なの?」


 おいおい。せっかくオレが自信満々に返したのに、二人が挙動不審になるから、マリナの不安をあおったじゃないか。


「修行の話をする度にテンションを下落させるの、どうにかならないのか?」


「「無理」」


 息ピッタリ。


 まぁ、いいや。それよりも、今は観戦に集中しよう。


「見てれば分かるよ」


 オレはそれだけマリナへ告げて、オルカたちの方を見る。ちょうど、オルカがセマカの魔法を対処するところだった。


 【サイクロンレイザー】はステージを満遍なく覆っており、もはや二人に退路はない。だが、突破手段がないわけではなかった。


「【ロードスパイク】」


 オルカが地面に両手を当て、中級魔法の名を口にする。途端、二人の目前に、幾重もの土の杭が出現した。地面より生え出たそれらは、的確に風のカミソリを叩き潰していく。


 本来の【ロードスパイク】は、細かい狙いを定められる魔法ではない。大雑把に道筋を指定し、その範囲内に多数の土杭を発生させる術だった。


 ところが、オルカの発動したものは、まるで生き物のように、ピンポイントで【サイクロンレイザー】を潰す。


 オルカの頭脳と精緻な魔力操作があって為せる技だった。彼は、風刃の軌道をある程度予測し、それに沿って【ロードスパイク】を配置したんだ。


 これは、ものすごく神経を使う作業である。例えるなら、『逆立ちしながら口に卵を乗せたスプーンをくわえ、足の指を使って裁縫針の穴に糸を通す』くらいの難度かな。


「相変わらず、えぐい魔法の使い方をするわよね」


わたくしには、とうていマネできません」


「でしょうね」


「むぅ。あなたに肯定されるのは癪に障りますね」


「何よ、本当のことでしょう」


「あなたに指摘されるのが嫌なのです」


「ハァ?」


「フン!」


「「……」」


 カロンとミネルヴァが口ゲンカいつものをやっている間に、風刃の群れは全滅した。


 オルカの神業に誰もが驚愕し、会場全体が静まり返る。


 セマカも、ようやく何を相手にしたのか理解が及んだらしい。ガクガクと身を震わせはじめ、その場に膝を突いた。それから諸手を挙げて、


「降さ――ぐへっ!?」


 降参宣言を終える前に、オルカが【ストーンスパイク】――杭の先端は丸くしてある――でセマカを吹っ飛ばした。


 見事にクリーンヒットしたため、セマカは大きく弧を描いて墜落する。落下後はピクリとも動かず、完全に伸びていることが確認できた。


 再び静寂が場を包む。


 ――が、今度のそれは長くは続かない。


「し、勝者は新入生代表のお二人です!」


「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」」」」」」」


 審判の宣言と共に、会場中が熱気に沸いた。


 新入生が在校生の中でも優秀だろう生徒会役員に勝った。しかも、圧倒的力の差を見せつけて。この事実は、この場にいた全新入生を盛り上がらせた。


「すごいぞ、二人とも!」


「さっきの魔法、気持ち悪いくらいすごかったよ!!」


「ハーネウスさんの剣術もヤバかったッ!」


「二人とも強すぎだよ!」


 観客たちが、こぞってオルカとニナを褒めちぎる。


 大観衆の声援を受けて、オルカはとても狼狽うろたえていた。大多数の人より絶賛された経験がなかったため、どのように反応して良いのか分からないんだろう。


 でも、嫌がっている風には見えなかった。困りながらも、嬉しそうに表情を綻ばせていた。


 一時は面倒な騒動に巻き込まれたものだと思ったけど、喜ぶオルカが見られたのは良かった。これで、いくらかは自信も持てるはず。


 終わり良ければすべて良しとは、今日のことを指すのかもしれないな。


 こうして、新歓は大歓声に包まれたまま進み、幕を閉じる。生徒会長と副会長を下した二人の名は、その日のうちに学園中に広まった。

 

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