Chapter4-2 姉として(3)
学園の授業体系は、いわゆる単位制に近い。学年の枠組みは存在するものの、三年間で必要単位数を習得すれば卒業できる仕組みだ。従って、所属クラスは割り振られるけど、クラスメイト同士で受ける授業が異なることも多々ある。
とはいえ、入学したばかりのオレたちに、そこまでの差異は生まれない。最初の一学期は、クラス単位で受ける授業が組まれている。
本日の授業日程は、すべて座学となる。様々な理由により、実技授業は来週まで組まれていないんだ。
座学は、そう変わったモノではなかった。大学の講義のように授業が進められ、それを生徒らが静聴する形式である。内容も特筆するほどではない。
まぁ、こう言っていられるのは、入学前よりスパルタで勉強してきたオレたちくらいか。他のクラスメイトたちは頭から煙を上げていた。
一応、補足しておくけど、オレだって日々勉強はしているぞ。前世の知識を持っていても、この世界の学力は高いんだ。
その甲斐あって、オレの入学時の座学順位は一位だったりする。オルカが二位で、ニナが四位、カロンとミネルヴァが五位タイだ。兄としての面目躍如である。
というか、前世知識という
「地獄の特訓、受けて良かったと実感しました……」
放課後。新歓の開催まで猶予があったため、空き教室を貸し切って、軽いお茶会を開く運びとなった。いつもの面子に加え、マリナの合流も済んでいる。
そして、今のシミジミとしたセリフは、カロンの呟いたものだった。
それに対し、オルカ、ニナ、ミネルヴァの三人が激しく頷く。
「あの拷も……猛特訓のお陰で、授業にも余裕をもって付いていけたよ」
「授業の方が楽だった」
「公爵家でもあれほどの拷も……特訓は受けなかったもの。当然といえば当然の結果よね」
「キミら、ただの勉強会を拷問って言いかけるの、やめてくれない? 何も知らないマリナが怖がってるじゃないか」
何やら共感し合っている四人へ抗議する。
変な言い回しをしたせいで、マリナがオレを見ながらブルブル震えてしまっている。
しかし、オレの文句なんて聞こえていないというように、カロンたちはソッポを向いてしまった。特訓関連の話に限って、彼女たちは息を揃えて反抗するんだよなぁ。どうしてだろうか。
「当たり前だと思いますよ」
「右に同じです」
「同じく」
「以下同文~」
不服だと溢していたら、シオンを含めた使用人四人が口を挟んできた。どうやら、この場にオレの味方は存在しないらしい。解せぬ。
「みんな、すごいなぁ。わたしなんて、付いてくので精いっぱいだったよ」
戦々恐々としていたマリナが、他のメンバーに尊敬の視線を向ける。
それに対して、不遜にも見える態度で答えるのはミネルヴァだ。
「公爵家令嬢として、これくらいは当然よ! とはいえ、ここまで学力が向上したのは、フォラナーダでのアレのお陰ね。認めるのは癪だけど」
「あら、素直。珍しいですね」
「あん? 文句あるのかしら?」
「いいえ、別に?」
「「……」」
突然バチバチと火花を散らし合うカロンとミネルヴァ。
オレたちは見慣れているから良いけど、マリナには刺激が強すぎるのでは?
彼女の方をチラリと窺ったところ、どうやら心配のし過ぎだったらしい。
二人のやり取りを見ていたマリナは笑顔を浮かべており、不意の一言を漏らす。
「カロンさんもミネルヴァさんも仲良しさんなんだねぇ」
おお、誰もが思っていても口にしなかったセリフ!
「「仲良くない!」」
当然、カロンたちは揃って否定するけど、マリナの牙城は崩れなかった。
「うわぁ、息ピッタリ~」
「「……」」
にこやかに笑うマリナを前に、カロンとミネルヴァは撃沈した。
つ、強い。今まで誰一人としてマトモに止められなかった二人の口論を、こうもアッサリ静めてしまった。コミュ力が高いとは思っていたけど、これほどかッ!?
オレが戦慄していると、オルカがコチラに向かって囁いた。
「今後、二人の近くにはマリナちゃんを置いたらいいと思うんだ」
「そうしよう」
オレは即応した。だって、それ以外に選択肢がないもの。
こうして、オレたちは新歓までの時間を潰していく。
ちなみに、ニナはマイペースに茶菓子をパクパク食べていた。
生徒会主催の新入生歓迎会は、魔法実技の訓練場を複数開放して行われる。一学年だけで十万を超えるため、場所をいくつにも分けるんだ。国中の子どもを集める想定をした施設でなければ、複数に分けても収容できなかっただろう。国営さまさまである。
オレたちA1組は、一番豪華な会場らしい。ここでも実力による格差を作る辺り、かなり徹底している。
ただ、今回はマリナも同行させた。新歓は立食形式のパーティーなんだけど、どう考えても暗殺の的である。オレたちで囲って、安全を確保するべきだった。許可は得ているので問題ない。
というわけで、オレやカロンたちでマリナの周りを固め、会場入りを果たす。
ちなみに、使用人の参加はできないとのこと。残念ながら、シオンたちは別室で待機だ。
すでに多くの人が入場しており、ごった返すというほどではないが、人の波が出来上がっていた。
「うわぁ、人がいっぱい~。それにインテリアがギラギラしてるぅ」
平民のマリナには刺激が強かったようで、彼女は目を回していた。
フォラナーダの別邸は、オレの趣味に合わせて大人しいからなぁ。こればっかりは慣れてもらうしかない。
彼女の世話はカロンたちが焼いてくれるみたいなので、そちらは任せて周囲警戒に務めた。といっても、探知術と鑑定で済んでしまうため、ほぼ手持ち無沙汰になる。
まぁ、この新歓に参加した動機は、カロンたちに楽しんでもらいたかったから。むしろ、オレが暇な方が平和で良いだろう。
それにしても、オレたちは視線を集めやすい。畏怖と侮蔑が向けられるオレは除くとしても、他の四人へ送られる視線の熱量ときたら凄まじい。
特に、カロンとニナの人気が高いか。美人でスタイルも良く有名人のため、男どもの視線のほとんどを独占していた。
ミネルヴァは、オレの婚約者なのが周知の事実ゆえに、二人に比べると控えめ。それでも注目を集める辺りは、彼女のカリスマの高さがなせるワザだろう。
マリナは勇者の件で悪目立ちしてしまったせいか、逆に目を逸らす輩が多い。
小動物っぽい雰囲気が良いのか、オルカも人気を勝ち得ているようだった――主に男子生徒に。
今まで目を背けていたけど、彼はスカートの方の制服を着ているから、おそらく勘違いを生んでいる。いったい、何人の生徒を沼に引きずり込むんだろうか。オレは、オルカの魔性が心配になった。
とはいえ、外野を彼女たちに近づけさせるつもりはない。本人らが望むならまだしも、それ以外は徹底して排除だ。弟妹と弟子の貞操はオレが守るッ。
冗談はさておき。今のところ、欲望か悪意に塗れた感情しか感知できない。そんな連中の接近なんて許せるはずがなかった。友好的な感情もチラホラあるんだけど、前者が積極的すぎるんだよ。迷惑千万である。
オレたちが会場入りして三十分ほど経ったか。ようやく新歓が始まるらしい。中央辺りに設置されている簡易ステージに動きがあった。
壇上に数人の生徒が上る。そのうちの一人が、伝声の魔道具を使用して声を上げた。
「私は生徒会長のマッケラス・ローストラス・ユ・サン・セマカだ。新入生の諸君、本日は我々主催のパーティーに参加してくれて感謝する」
茶髪に緑色の目をした細身の男が、今期の生徒会長らしい。
あれ、確かゲームでの生徒会長は……嗚呼、そういうことか。何というか、ご愁傷さまだね、彼は。
同情の視線を送っている間にも、彼は演説を進める。大半は『学園生としての自覚を』云々のどうでも良い内容だったが、最後に気になる発言を吐いた。
「どうやら、今期の
不適格な人材のところで、生徒会長はコチラを見た気がした。まさか、オレのこと指しているのか?
そう訝しんだオレだったが、その予想は外れた。――良くない方向に。
「新入生を歓迎する余興として、我々生徒会メンバーと新入生との模擬戦を行おうと思う! 生徒会からは私と副会長のマウテアくんが出よう。新入生からは……」
そこでセマカ会長は意地悪げに笑んだ。
「A1クラスのオルカ・ファルガタ・ガ・サン・フォラナーダくんとニナ・ゴシラネ・ハーネウスくんに出場してもらおう。獣人の力、存分に発揮してくれたまえ」
「あいつ、一神派の貴族か」
オレは小さく舌を打った。
あの生徒会長は、どうやら一神派に傾倒した貴族令息らしい。『不適格な人材』とやらは獣人の生徒たちを指した言葉だった模様。先の視線も、オレではなくオルカやニナを見ていたんだろう。
普通に呼んだだけでは出てこないと考えたのか、セマカ会長は続ける。
「まさか断りはしないよね。片や今を輝くフォラナーダ伯のご兄弟、片や【
安い挑発だ。でも、体裁を気に掛ける貴族らしい文言ではあるか。その程度で傷がつくほど、フォラナーダと二つ名持ちの看板は柔ではないけど。
矛先を向けられた二人は、それを理解している。そのため、感情的な行動を起こす様子はなく、ただ困惑した表情を浮かべていた。特に、自分を卑下しがちなオルカは、まさか自分が標的にされるとは考えていなかったらしい。目をパチクリとさせている。
ニナが、続けてオルカが、オレへと視線を向けた。どう対応するべきか問うているんだろう。
オレは肩を竦め、好きにして良いと言外に伝えた。前述したように、受けなくても
逆に、引き受けて実力を示しても構わない。裏で動いていた昔ならいざ知らず、今はそういった制約は存在しないんだから。
二人は少しだけ逡巡し、その後に顔を見合わせると、しかと頷いた。
「受けるよ。メリットは少ないけど、受けない方のデメリットが大きいもん」
真っ先に損益を考えるところは、政務に長く携わっていた彼らしい判断だった。
「ナメられたら生き残れない」
ニナの方も、実に“らしい”回答だ。『生きるため』という一貫した主張を持っているのは、彼女の強みの一つだと思う。
二人の判断をオレは尊重する。
「なら、ぶちかましてこい。でも、やりすぎないように。キミらが本気を出したら、対戦相手が粉微塵になっちゃうからな」
「お兄さま、粉微塵どころではありませんよ」
「チリ一つ残さず、消滅するでしょうね」
オレの軽いジョークに、カロンやミネルヴァも乗っかってくれた。お陰で、オルカもニナも良い感じに肩の力が抜けた様子。
「「いってきます」」
「「「「いってらっしゃい!」」」」
ステージの方へ歩き出す二人を、オレたちは送り出した。
結果は分かり切っている。ゆえに、オレが警戒すべきなのは余計な茶々入れ。義弟と弟子の晴れ舞台の邪魔はさせない。
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