Chapter4-2 姉として(2)

 近場にあった空き教室にオレとユーダイは入る。他の面々は連れてきていない。事態を、余計にややこしくしそうだったためだ。彼女らは、オレが関わると暴走気味になるからね。


 オレと二人きりの状況が心底嫌なのか、ユーダイはしかめっ面だった。その顔、オレがしたいよ。荒波を立てたくないから、笑顔を装うけども。


「それで何の用かな、勇者殿」


「マリナの件だッ。分かってるだろう!」


 常套句じょうとうくとして尋ねただけなのに、それさえも不愉快らしい。ユーダイは気炎を揚げた。


 よっぽど、オレとマリナの関係性が許せないと見える。原作ゲームでも『妹のように思っている』と語る描写があったし、気持ちは理解できた。だが、この状況を生んだのは彼自身なんだよ。


「分かってるも何も、私はマリナを庇護下に置いた。それだけだ」


 湧き出る溜息を堪え、オレは静かに返した。


 しかし、ユーダイの怒りは収まらない。それどころか、よりいっそう燃え上がる。


「マリナがあんたの愛人になったなんて噂が広まってるッ。彼女に対する名誉棄損だ! どうしてくれるッ!?」


「どうするも何も、放っておくしかないさ。事実無根だが、この展開は予期できていたし、マリナ当人も納得した上だ」


「何が納得だ。どうせ、貴族お得意の脅しでも掛けたんだろう? でなければ、マリナがあんたの愛人になるわけがないッ」


「人の話を聞いてるか? 私は事実無根だと申し上げたはずだ。彼女を愛人にはしてない、庇護しただけだ」


「どうだか。今はそうでも、そのうち手を出す気に違いないさ。貴族ってのは、そうやって平民を食い物にする連中ばっかりだッ」


 ダメだ、説得以前の話だ。まったく聞く耳を持ってくれない。


 今のユーダイは、頭に血が上りすぎて冷静ではなかった。先より【平静カーム】の精神魔法も付与しているのに効果が皆無なんだから、相当怒り心頭の様子。


 どうしたもんかねぇ。次の授業開始タイムリミットまで残りわずかだし。


 そも、ユーダイの尻拭いをしたんだから、感謝されることはあっても、責められるいわれはないんだ。この能天気野郎には、もう少し現実を見てもらいたい。


 面倒くさい。向こうが一方的に発言するなら、こちらも同様に対処しよう。


「黙り込んでないで、なんか言ったら――」


「少し黙れ」


 ギャーギャー喚くユーダイを遮り、オレは静かに告げた。それほど声は張っていないけど、やや【威圧】を込めたため、見事に彼は沈黙する。


「本件の原因は勇者殿にある。まず、それを認識してほしい」


「……」


 言葉はないが、不満げな表情を浮かべるユーダイ。


 彼を無視してオレは続ける。


「昨日、あなたはトリア家の子息と決闘をしたそうだが、その際に求めた対価が不味かった。公での謝罪は、貴族にとって非常に重い足枷となる。そのせいで、元凶であるマリナの命が狙われる事態になった」


 大前提として、昨日の一件はユーダイが大袈裟にしたも同然なんだ。


 もしも彼が介入していなかった場合、トリア家の子息は簡単なお遣いをマリナに命じ、最後は駄賃を渡して終わっていただろう。それも一回限りだ。それ以降は二度と声を掛けないと断言できた。何故なら、貴族子女の平民へ掛けるちょっかいとは、自分の権力を誇示する子どもの戯れにすぎないから。何度も繰り返して品位を落とすわけがない。


 ただの戯れがユーダイの勘違いで決闘という大事に発展し、最終的には暗殺騒動にまで陥ったのである。


「ち、ちょっと待て。ただ謝らせただけで命を狙われる? 頭おかしいんじゃないのか!?」


 寝耳に水と言った様子で、ユーダイは素っ頓狂な声を上げた。


 こいつ、本当に貴族が何たるかを理解していないらしい。転生者ならば、このくらいの発想力は持っていてほしいが……いや、逆か。転生者だからこそ、この世界の不平等さを理解できていないのか。頭が痛いぞ。


「トリア家が、安直な手段を選んだのは事実だ」


 決闘を受諾しておいて『負けたから証拠隠滅を図る』というのは、さすがに擁護できない。この件が周囲に漏れれば、トリア家の信用は失墜すると思う。というか、すでに部下たちが広めているので、現在進行形で制裁中だ。


 だが、


「暗殺は想定できる範囲の選択だ」


 貴族が名誉を傷つけられた場合、その原因を排除しようと考えるのは当然の帰結である。たとえ、今回は褒められない動機だったとしても、そういった貴族の思考ロジックが変わるはずもない。


「そ、そんなバカな普通があっていいはずがないだろう!? 人権侵害じゃないかッ」


「はぁ」


 もはや堪えるのは止めた。溜息混じりにオレは答える。


「人権なんて幻想ファンタジーは存在しない。この世界においての常識は……って、そんな話はどうでもいいんだよ」


「どうでも良くないだろうッ」


「どうでもいい。重要なのは、マリナの命が狙われているのが事実であること。この一点だ」


「ッ!? 殺そうとしてる相手が分かってるなら、こっちから攻め込めば――」


「ダメだ」


「何で!?」


 いや、『何で』はオレのセリフだよ。常識や人権を訴えていた人間が、強襲を良しとするなよ。法に訴えるとか、そういった安全策を先に提示するべきだと思うぞ。すべてを暴力で解決するとか、どこの野蛮人だ。


「暴力に訴えれば、あなたが犯罪者になる」


「向こうが命を狙ってるんだぞ」


「それでも、だ」


 封建国家をナメすぎである。貴族と平民では、命の価値が異なる。貴族が一介の平民を殺したって、大した問題にはならないんだよ。そりゃ、公衆の面前でバッサバッサ殺しまくったら大問題だけど、今回は人目を忍んだ暗殺だもの。


 勇者ゆえに、大幅に免罪はされると思う。でも、罰則を受けるのは、間違いなくユーダイになる。


 その辺りを説明すると、ユーダイは再び怒りに震えた。


「命は平等だッ」


 まだ言うか、こいつは。


 確かに、ユーダイの主張は正しい。それは否定のしようがないし、オレも共感できる部分はある。でも、その正しさが、この世界で認められるとは限らない。


「勇者殿の主張は分かった。しかし、この国の方針は違う。貴族と平民には、明確な命の格差がある。だからこそ、あなたの行動は軽率極まりなかったし、そのせいでマリナは命を狙われた」


「ぐっ」


 自分のせいで幼馴染みの命が危うい。その事実を突きつけられたからか、ユーダイは言葉に詰まる。


 罪の意識はあるのか。であれば、この方向で責めるのが楽そうだな。


「仕向けられる刺客を排除したところで、次の刺客が送られるだけ。マリナを救うには、強い後ろ盾が必要だ」


「それがあんただって言いたいのか?」


「オレはフォラナーダの現当主だぞ。オレ以上の庇護者はいない」


「だからって愛人扱いは――」


「単なる噂だ。オレはそう扱うつもりはないし、噂されること自体はマリナも受け入れてる」


「でもッ」


「くどい。オレは勇者殿の尻拭いをしたんだ。あなたが文句を言う資格はないんだよ。現状をどうにかしたいのなら、もっと偉くなるんだな」


「……」


 返す言葉もないようで、ユーダイは黙り込んだ。うつむいてしまったため、もはや顔色も窺えない。


 漏れ出る魔力からして、相当落ち込んでいるのは分かる。とはいっても、若干の反骨心も見えるし、心が折れたわけではなさそうか。


 何とも説教くさいことをしてしまった。ガラでもない。


 オレはかぶりを軽く振り、ユーダイを残して空き教室を後にした。


 これを教訓に、立派な勇者に成長してくれれば良し。できるだけ、オレとは関わらないよう頑張ってほしいと思う。

 

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