Chapter4-1 オープニング(6)
事の発端は、ユーダイとトリア子爵令息との決闘。この二人は原作ゲーム通りに戦い、その結果もゲームと変わりなかった。難なくユーダイが勝利を収め、勇者の威信を周囲へ知らしめたのである。
しかし、一つだけ、ゲームとは異なる展開があった。それは勝利報酬。決闘で勝った方が得るモノが、今回の暗殺騒動を巻き起こした。
ユーダイが何を求めたのかと言えば、“謝罪”だった。彼はトリア子爵令息から
阿呆か。オレはユーダイを一発殴りたかった。
貴族にとって謝罪は重い。平民を従えるための威厳が必須である貴族は、安易に弱みを見せてはいけないんだ。いざという時に、『弱いお前なんかには従えない!』なんて統率を乱されたらシャレにならないから。
だのに、公での謝罪を求められた。しかも、相手は平民。これは『自分は
まぁ、結局は『謝罪相手を始末して、なかったことにしよう』という、極論染みた証拠隠滅に打って出てしまったわけだが。
トリア家の行動は褒められたものではない。しかし、一概には彼らを責められない。貴族の事情を考慮しなかったユーダイにも、明らかに非はあった。謝らせるにしても、他人の耳目の届かない場所を改めて用意するとか、そういった配慮を見せるべきだったんだよ。
どうせ、『悪いことをしたら謝るべき!』みたいな前世の価値観で動いたんだと思うけど、現世の価値観も勉強してほしい。切実に、そう願う。
そも、原作ゲームでは、ここまでの暴挙には出ていなかったはずなんだよな。確か、二度とマリナに近づかないよう誓わせたくらい。何が原因で捻じ曲がったんだ?
ユーダイを監視させていた諜報員に話を聞いても、特に変わった点は見られなかったという。ユーダイの心境の変化については、今後も注意した方が良さそうだった。
「さて、行くか」
「はい」
シオンに声をかけ、オレたちは女子寮へ忍び込む。
――そう、女子寮である。平民や王都に別邸を持たない貴族が利用する、学園敷地内にある寮施設の屋上に、オレとシオンはいた。
現時刻は深夜。暗闇に紛れ、気配までも消しているオレたちは、完全に不審者だった。
だが、こうしなければいけない理由が存在した。
というのも、マリナが命の危険に脅かされる状況は、今後も続くかもしれないからだ。おそらく、一生脅かされる。
無論、本日派遣された刺客は部下たちが排除したけど、それで終わらない可能性は大きいんだ。トリア家が名誉の回復を狙っている以上、彼らは止まらないだろう。
ゆえに、今後の対応について、オレたちはマリナと話し合う必要があった。人目を忍んでいるのは、その対応
本来なら、フォラナーダにマリナを助ける義理はない。彼女は領民ではあるけど、貴族との衝突が分かっていて救うほどの価値はない。
だが、以前に“ピンチになったら手を貸そう”と心の中で決めていた。それに、ゲームで好きだったヒロインを見捨てるのも寝覚めが悪い。だから、こうして手を貸すことにしたわけだ。
オレもシオンも隠密技術に長けているので、何の障害もなくマリナの部屋に到着した。襲撃を知らない彼女は、ぐっすり眠っている。
以前に出会った八年前より、マリナは美しく成長していた。顔の造詣は柔和な感じで整っており、色々と柔らかそうな体つきと合わさって、穏やかな雰囲気を覚えさせる。ゲームプロフィールは、確か88、58、90だったか。
……何を余計なことを考えているんだか。すべては上下する大きな果実がいけないんだ。普段から誘惑が多いせいか、最近は煩悩に流され気味かもしれない。気を引き締めないと。
「へふぁ……何? 朝?」
最初は寝ぼけた言葉を発するマリナ。だが、室内にいるオレたちの姿を捉えると、すぐに飛び起きた。
「えっ、誰!?」
危機管理意識はしっかりしている模様。彼女は水色の髪を振り乱し、素早くオレたち二人より距離を取ろうと努力した。オレとシオンで囲っているので、いくら頑張ってもベッドから降りられないが。
逃げ場がない現状を理解したのか、マリナは淡い青紫色の瞳を恐怖に染めながら動かなくなった。肩を微かに震わせながら口を開く。
「わ、わたしに、何のご用ですか?」
悲鳴を上げたりしない辺り、状況判断能力は優れているようだ。
そういえば、戦闘能力が皆無だったから活躍する場面は少なかったけど、原作ゲームでも的確な意見を口にしていた気がする。
「まず、最初に伝えておきましょう。私たちは、あなたへ危害を加える気はございません」
事前に決めていた通り、同性のシオンが交渉役を担う。男のオレが話すと恐怖を助長しそうだからな。
だったら不法侵入するな、なんてツッコミを受けそうだけど、それくらい緊急性が高い上に、秘密裏に話し合いを進めたい案件だった。
その後も、軽く言葉を交わし合うシオンとマリナ。次第に気が落ち着いたようで、マリナの声の震えは収まっていった。まぁ、こっそり使っていた精神魔法の影響もあるだろう。
もう大丈夫だと判断したシオンは、単刀直入に本題へ入った。
「実のところ、あなたはとある貴族より命を狙われています」
「えっ!?」
寝耳に水といった様子で、マリナは
それから、事の経緯をゆっくり説いた。昼間の騒動が原因で、ユーダイの対応が不味かったこと。このままでは一生狙われ続けること。平民の彼女でも分かりやすいよう説明した。
すると、先程まで落ち着いていたマリナは、再び体を震わせる。無理もない。
シオンは、彼女を気遣いながらも話を進めた。
「ですが、安心してください。あなたに、とある御仁が手を貸してくださると仰っています」
「助けてくれるんですかッ!?」
窮地まで追い詰められた状況、
対し、シオンは落ち着いた様子のまま返す。
「ええ。こちらのゼクスさまが、あなたを援助してくださいます」
「えっ、こっちの人が……あっ!?」
シオンとの会話に夢中だったせいか、オレの存在を忘れていたらしい。彼女は慌ててコチラを窺う。
――が、途中で瞳に含まれる熱量が変わった。最初は感謝の念だった……いや、今もそれは含まれているが、もっと熱い想いの混ざったモノに変貌を遂げた。
火傷してしまいそうな錯覚を覚える視線に、オレは思わずたじろぐ。彼女より放たれる感情は、紛れもない好意だった。無論、恋愛のそれであり、下手するとカロンやシオンに匹敵するレベル。
意味が分からなかった。マリナとは、事実上の初対面だ。以前に遭難から救助したことはあるが、彼女は気絶していた。しかも、当時はシスの姿に【偽装】していたので、オレだとバレるわけがない。
内心で混乱している間、マリナは期待に目を輝かせながら問うてくる。
「あ、あなたは“白髪の王子さま”ですよね?」
「白髪の」
「王子さま?」
オレとシオンは見事な連携で首を傾いだ。心の裡も統一されているだろう、『何言っているんだ、この娘』と。
こちらが疑問符を浮かべているのに気付いたらしい。マリナは手をワタワタさせながら言葉を続けた。
「ご、ごご、ごめんなさい。いつも頭の中でそう呼んでたので、つ、つい口に出ちゃいました」
「いつも? オレたちは初対面のはずだが?」
微妙に噛み合わない会話に、そこはかとなく嫌な予感を覚える。
「ち、違いますよ。わたしが地元の山で遭難した時、あなたさまに救われてます。あっ、その節はどうもありがとうございました! ま、まずはお礼を言おうって決めてたのに、段取りが頭から飛んでましたッ」
「待て。待て待て」
マリナの怒涛の告白に、オレは目を白黒させてしまう。
まさか、山より救助した時に意識があったのか? であれば、厄介な展開になる。
「オレに、キミを救助した記憶はないぞ」
無駄だと分かっていながらも否定の言葉を紡ぐ。
しかし、マリナは確信でもあるように、きっぱり返した。
「そ、そんなことはありません! あなたさまと精れ……じゃなかった。
「あー、くそ」
彼女のセリフを受け、口内で悪態を転がした。
もはや言い逃れはできなかった。マリナが精霊ノマの存在を知っているということは、遭難時に意識を失っていなかったのは間違いない。いや、意識の有無は確認していたはずだし、“おぼろげながら”と文頭に補足すべきか。
あの時、ノマの誤解を正すため、【偽装】を解除していたタイミングがあった。その際に、一時的に意識が浮上していたんだろう。手のひらサイズの精霊や白髪の人間は目立つ。微かな意識の中で認識できていても不思議ではない。
またしても、原作ゲームの知識が足を引っ張った形だ。『マリナは一週間昏睡したまま』なんて情報を持っていたがゆえに、気を抜きすぎた。
とはいえ、未だに納得し切れていない部分もある。何せ、当時のマリナは、完全に魔力を使い果たしていた。あそこまで消耗した彼女が、かろうじてでも意識を取り戻していたとは、どうにも信じられなかった。今後、似たような失態を犯さないためにも、仔細をキチンと把握しておく必要がある。
マリナの援助が目的で訪問したというのに、とんだ暴露話を聞く羽目になってしまった。
落ち着け、ポジティブに考えよう。彼女の態度から察するに、今晩の騒動がなかったとしたら、日中にクラスへ押しかけていた可能性が高い。人前で『白髪の王子さま!』だなんて呼ばれるよりはマシだろう。うん、そう思い込むことにした。
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