Chapter4-1 オープニング(5)

「少し騒がしいわね」


 正門までの道中、不意にミネルヴァが溢した。


 彼女の言う通り、校舎内より騒めきが感じられた。クラス発表に一喜一憂している風な熱気ではない。どちらかと言うと、緊張感を孕んだ空気だ。


 それには、先程まで事務まで赴いていたシオンが答える。


「勇者殿が子爵令息に決闘を挑んだようですよ。何でも、子爵令息がちょっかいを掛けた平民の女生徒を助けるためだとか」


「なら、この妙な空気も納得だわ」


 ミネルヴァは呆れた様子で頷いた。


 見れば、他の面々も苦笑していたり、肩を竦めたりしている。


 たぶん、入学式直後に揉めごとを起こすなんてはしゃぎすぎ・・・・・・だ、とでも考えているんだと思う。今の話でユーダイ勇者を支援しない辺り、ここにいるのは貴族社会に浸っている面子だなぁと実感する。


 前世の――現代日本の思考回路を持つのであれば、シオンの話によって『貴族が平民の女の子を手籠めにしようとしている』なんて連想する者もいるだろう。


 だが、貴族の常識からいって、それは絶対にあり得ない。


 貴族に連なる者は、常に他勢力より狙われる可能性を抱えている。当然、ハニートラップの類も存在するので、異性関係にはかなり気を遣うんだ。交際相手の身辺調査は必ず行われるし、娼館等を利用する場合も精査が必須。行きずりの相手を選ぶのは論外と言って良い。


 だから、今回の“ちょっかい”とは、文字通りの意味だと思われる。もしくは、パシリにでも使おうとしたか。その辺の平民に戯れで雑事を任せる貴族の姿は、たまに見られる。


「おそらく、くだんの子爵令息は、ご友人方とともに女生徒を囲んだのではないでしょうか。そうであれば、勇者さんも勘違いなされるかもしれません」


「そうかなぁ」


「うーん。……そういえば、あの方は女性のご友人がいましたね。入学式の際も隣にいましたし、その方が“ちょっかいを掛けられた女生徒”だったのでは?」


「嗚呼、それなら納得できるよ。友だちが複数人の貴族に囲まれてたら、ボクも何ごとかと驚くと思う」


 カロンとオルカが憶測を交えて話を進める。そして、最後には納得のいく回答が考え付いたようだった。


 二人の推論は多分に“もしかしたら”といった仮定を重ねたモノだったけど、おおむね当たりだった。


 何で断言できるのかと言えば、これが勇者のチュートリアルだから。『貴族令息に脅されている幼馴染みマリナを助ける』という最初のイベントなんだ。この決闘によって、原作ゲームでの戦闘操作を学ぶわけである。


 チュートリアルゆえに敗北はあり得ない。入学式前にユーダイの実力は確認できていたので、万が一の可能性もない。関わり合いたくない気持ちもあるため、今回は無視して構わないだろう。


 ちなみに、手籠めにする云々の勘違いを訂正しても、ユーダイは止まらないぞ。前世の価値観を引きずっている彼は、『平民は道具じゃない!』ってパシリ扱いも怒るからな。


 しかし、掲示板の方に行かなくて正解だった。現場に居合わせていたら、巻き込まれていたかもしれない。確率自体は低いはずだけど、そんな直感が働いた。


 ゴタゴタを無視した甲斐あり、オレたちは無事に馬車まで辿り着く。それから、揃って車内へ乗り込もうとした。


 その際、とある人物たちが目に入る。


「あれは……」


 少し離れているところで、聖女と第二王子グレイが何やら話し合っていた。監視より報告は受けていたけど、色々と前提が変わってしまった上でも初イベントは発生したらしい。


 世界の強制力の可能性が脳裏を過って複雑な心境を抱いてしまうが、西の魔王のことを考えると、聖女の協力者が増えるのは良い傾向だ。カロンが絡まない限りは静観しよう。


「どうかいたしましたか?」


 全員が乗るのを待っていたシオンが、怪訝そうに問うてきた。


 オレは「何でもない」と首を横に振り、聖女たちから視線を切る。


 オレが乗り込むと、程なくして馬車は発進した。


 こうして、学園初日はイベントに巻き込まれることなく終了した。すでに原作ゲーム通りとは異なる道を進み始めた現実。この差異が最善の結果を導き出せることを願いたい。








○●○●○●○●








「教会所属の人間が、フォラナーダ領から退去しただって?」


 その情報がもたらされたのは学園より帰還した直後。フォラナーダの別邸の一室にて、みんなで小休止を挟んでいたタイミングだった。


 伯爵領に残っている部下より報告を受けたんだろう。シオンは滔々とうとうと事実を述べていく。


「はい。つい先刻、突如として行動を起こされたそうです。教会支部や治療院はモヌケの殻になっていると」


「追跡は?」


「諜報の者が連携して行っております。今のところ、フォラナーダ領からの脱出を優先しているようで、怪しい動きは見られないと報告が上がっています」


「分かった。引き続き調査を続行しろ。密に連絡を交わすことは忘れないように。対応は予定通り・・・・で大丈夫だ」


「承知いたしました」


 シオンはオレの言葉に首肯し、そのまま部屋より退室していった。この後も現地の者たちと連携を取るんだろう。気にはなるが、残りは部下たちの仕事。彼らを信頼して任せるのも上司の役目だ。


「大丈夫なの? 治療院がモヌケの殻って、一大事じゃない」


 一緒に報告を聞いていたミネルヴァが、心配そうに尋ねてくる。


 彼女の懸念はもっともだった。聖王国の医療は、その大半を教会に依存している。通常は持ちつ持たれつの関係ではあるけど、今回のような行動を起こされた際は非常に困るんだ。病気やケガに対処できる人材が消えてしまうからな。


 とはいえ、それは杞憂に終わる。


「問題ないよ。対策はしてある」


「そうなの?」


「この展開は予想できてたからね」


 そう。今回の騒動は、事前に予期できていたものだった。


 そもそも、どうして教会の人間が伯爵領より去ってしまったのか。原因は、本日行われた聖女選定の結果にあった。


 教会のフォラナーダ支部に務めるのは、どういうわけか魔力加護派――それもタカ派が多かった。だから、昔から色なしのオレには否定的だったし、領主の座に就いた時なんかは抗議文が送られてきた。


 それにも関わらず、今の今まで大人しくしていたのは、ひとえにカロンの存在が大きかったんだ。『陽光の聖女』と名高い彼女は、言わば次期聖女候補の筆頭。将来の聖女に媚びを売っておこうと教会フォラナーダ支部の連中は考えていたのである。


 要するに、カロンが聖女ではないと判明したから、彼らは此度こたびの暴挙に出たんだ。『当てが外れた。色なしの領地には住めない!』なんて見当外れな怒りをあらわにして。


「阿呆なんじゃないの?」


 退去した彼らの動機を説明すると、ミネルヴァはそう吐き捨てた。


 うん、オレも同感だよ。たとえ聖女でなかったとしても、教会としては光魔法師カロンと懇意にするべきだ。また、領主が気に入らないから撤退したなんて民衆に知られたら、教会の威信が落ちてしまう。今回の騒動は、教会には何の利益にもならないモノだった。


 一応、王都の教会本部へ抗議声明は送ったが、謝罪はあれど、大した情報は返ってこないだろう。この一件はタカ派連中の単独暴走だもの。


 無論、断言する根拠はある。


 覚えているだろうか。六、七年前くらいにニナの命を狙った教会関係者、ヴァランの存在を。実はあいつを拷も――尋問した際に、“カロンが聖女ではなかった場合の計画”が立てられていることを聞き出せていたんだ。だから、突発的な出来事なのに悠然と構えていられるし、対策もバッチリ講じてある。


「対策の詳細は、私が聞いてもいいことかしら?」


 再度、ミネルヴァが問うてきた。


 自身が正式にはフォラナーダ所属ではないため、配慮した問い方だった。こういう気遣いをできるのは彼女の美点だね。


 オレは小さく笑みつつ、「問題ないよ」と返す。


「といっても、そんな複雑なことはしてないぞ。前もって治療院で働ける人材を育成した、それだけさ」


 治療院で手伝いをしていたカロンやオルカは応急処置くらいの知識を教えられていたし、シオンもスパイ教育の一環でその辺の知識を保有していた。オレも前世の知識に多少の覚えがあった。それらのお陰で、短期間の代理なら問題ない程度には育成できた。


「事態を知った教会本部が、すぐに補充要員を送ってくれるはず。それまでは持ち堪えられるよ。手に負えない患者が現れた場合は、カロンが治せばいいし」


「お任せくださいッ!」


 オレの言葉に反応して、カロンはガッツポーズを見せる。いろいろ大きくなっても、そういった仕草は大変可愛らしかった。


 一通りの説明を聞き終えたミネルヴァは、「ふーん」と得心の声を漏らした。それから、三度目の質問を投げかけてくる。


「準備は万全だったわけね。でも、どうして、退去計画自体を潰さなかったのよ」


「逃げ込む場所にいるだろう連中を、一網打尽にしたかったから」


「……犯罪者集団とでも関わってたの?」


 彼女は怪訝そうに眉を寄せた。今の発言に、不穏なものを感じたんだろう。


 その直感は正しい。溜息を堪え、オレは答える。


「魔王教団とツルんでた」


「はぁ!?」


 ガタッと、腰かけていた椅子を倒しそうな勢いで立ち上がるミネルヴァ。かなり驚愕した模様。


 気持ちは分かる。よりにもよって、教会所属の人間が手を組むのかと言いたいんだと思う。オレも、この情報を手に入れた時は同じ感想を抱いた。


 魔王教団とは、文字通り魔王を信仰する犯罪者集団だ。魔王の封印を解いて世界を滅ぼそうとか考えている、はた迷惑なテロリストである。聖王国内では懸賞金が懸けられているほどで、原作ゲームでも幾度となく敵対する。


 タカ派の連中の一部が魔王教団と通じており、いざという時は利用する算段だったらしい。どちらが真に利用されているのかは置いておくとして。


 ちなみに、これらもヴァランより搾り取った。情報源として、彼は大いに役に立ってくれました。


 普段の魔王教団は一般人に紛れて生活をしており、めったに集会を開かない。ゲーム知識を用いても排除が難しいんだ。従って、タカ派連中が奴らの集会所を目指すのは都合が良い。またとないチャンスだった。


 ミネルヴァは立ったまま眉間を指で解す。驚きすぎて頭痛を起こしたらしい。


 しばらくして溜息を吐くと、彼女はおもむろに椅子へ座り直した。


「この六年で、あなたの常識外れ度合いは実感してきたつもりだったけど、まだまだ認識が甘かったようね。さすがだわ」


「ありがとう」


「褒めてないわよ!」


 今の会話で気疲れしてしまった様子のミネルヴァは、そのまま脱力してしまった。回復するまでは放っておいた方が良さそうだ。


 すると、タイミングを見計らったように、一つの【念話】が入る。ユーダイ勇者の監視を担っていた諜報員からだった。


 彼の語る内容を聞き終えたオレは、思わず眉をひそめてしまう。


「どうかしたの?」


「それは……」


 それを見たオルカが、不思議そうに尋ねてきた。


 一瞬、どう答えようか迷ったが、ここは素直に教えるべきだと即断する。


 オレは溜息交じりに口を開いた。


「勇者の幼馴染みが、貴族より暗殺者を仕向けられたらしい」


「「「「えっ?」」」」


 その場に居合わせた全員が虚を突かれた表情を浮かべる。


 どうやら、今日は波乱に満ちた一夜になりそうだった。

 

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