Chapter4-1 オープニング(7)
「ゼクスさま……」
「少し面倒なことになったな」
オレとシオンは顔を見合わせ、苦笑いし合う。
それから、オレはマリナへ質問を投じる。
「オレがノマ――精霊と会話してた時、意識があったのか?」
「は、はいッ! ぼんやりでしたけど、白い髪をしたカッコイイ男の子と小さい女の子がいたのを覚えてますッ。やっぱり、あの小さな子は精霊さんだったんですね!」
助けたのは自分だと認める発言だったためか、彼女はかなり嬉しそうな顔をする。そして、精霊ノマに関する言及も溢した。
やはり、ノマのことも見えていたらしい。【魔力視】を持たない人間が精霊を目視することは叶わないはずなんだが、その道理が捻じ曲がっている。
それなりの時間を消費して、一通り話を聞いてみた。
何と、山で僅かに意識を取り戻しただけではなく、昏睡状態も三日で解消したという。その後はオレと精霊との再会を願い、いろんな努力を続けてきたんだとか。
完全に、原作ゲームとは道筋が異なっていた。これまでの経緯もそうだけど、致命的なのは、本来は
許されるなら、この場で頭を抱えたかった。どういうわけか、勇者の
とりあえず、マリナの意識関連の謎を究明しよう。現時点では知識不足が否めないので、知見のありそうな者を呼ぶことにした。今回の場合、事の中心人物であるノマだ。
【
「あっ、精霊さん!」
「おお、あの時の少女か」
お互いの姿を認め、二人は笑顔を見せる。
感動の再会も程々に、オレはノマに尋ねた。
「原因は何だと思う?」
「【念話】で言っていた件か? うーん……なるほど。おそらく、主殿の影響だな」
十秒ほどマリナを注視したノマは、そんな風に結論を下した。
オレは目を見開いた。
「オレ?」
「嗚呼。
「そんなことがあり得るのか?」
ただ顔を合わせただけで魔力密度が同調してしまうのなら、フォラナーダの面々は今頃高密度の魔力を有している。もちろん、そんなことにはなっていない。
「当時、少女の魔力は枯渇してたからね。ほら、主殿の余剰魔力を吸収してたじゃないか。あれが原因だと思うよ」
「そういえば……」
確かに、あれは不思議な現象だった。うん? オレの魔力を吸収って……嗚呼、そういうことか!
「オレの余剰魔力を取り込んだから、目覚めるのが早まったのかッ」
「そういうことだね」
考えてみれば、簡単なことだった。オレにとっては欠片ほどでもない魔力でも、上限の低いマリナにとっては大量の魔力となる。高密度なら尚更。
「ノマを目視できている理由は?」
「彼女には元々精霊魔法師の才能があった。推測の域を出ないけど、主殿の魔力が才能を目覚めさせる起爆剤になったんじゃないかな」
つまり、マリナにまつわる変化の原因は、すべてオレにあったわけだ。クソッ、自身の魔力による影響を軽視しすぎていた。
オレは自らの頭を掻きながら思考を回す。
といっても、考えることは少ない。原作ゲームとここまで乖離してしまった彼女を、今さら元通りの道筋に戻すのは不可能。であるなら、あるがままを受け止めるしかなかった。
ニコニコとこちらの様子を窺っていたマリナへ問う。
「キミに二つの選択肢を提示する」
「は、はは、はい!」
いきなり水を向けられた彼女は、緊張した面持ちで声を上げた。
まず、オレは一本の指を立てる。
「一つ。ここにいるノマの助力を得て、精霊魔法師として自立した力を得る道。キミは適性の異なるノマでさえ認める才覚の持ち主だ。鍛えれば、国内で右に出るものがいなくなるレベルの使い手になれるだろう。そうすれば、トリア家の暗殺者も怖がらなくて済む」
注目度の低い平民だから、始末すれば良いという結論になったんだ。聖王国では特に珍しい精霊魔法師、しかも強者ともなれば、周りが放っておかなくなる。トリア家程度の家格では手を出しにくくなるはずだ。
「わ、わたしが精霊魔法師……」
マリナは食いつきの良い反応を見せた。素の彼女の魔法の才能は、平均よりも劣る。それは魔力密度が上昇した今でも大した差はない。むしろ、高密度の分だけ魔力操作の難度が上がってしまい、魔法が下手くそになっているかもしれないな。
だからだろう、この提案には乗り気な姿勢だった。
ただ、おそらく、マリナは次の提案の方に乗っかってくる。今の彼女なら、絶対にそうだと確信できた。
億劫ではあるが、自分の不手際が生んだ状況だ。あえて口にしないというアンフェアは許せなかった。
「もう一つは……オレの庇護下だと周囲に知らしめる道」
「え?」
「……」
マリナがキョトンと呆け、シオンが渋々といった表情を浮かべる。たぶん、オレも渋面だろう。
正直、後者の道が一番合理的だった。精霊魔法師として大成したとしても、命の危機がゼロになるわけではない。他より恨みを買う可能性だって当然出てくる。それよりも、圧倒的強者――すなわちフォラナーダの庇護下に置かれた方が、安全性はダントツに高かった。特に、トリア家は絶対に手を退くはずだ。何せ、フォラナーダ産の品々を多く輸入しているからな。
とはいえ、問題はゼロではない。彼女にとって最大の障害は、オレとの関係を疑られることにあるだろう。
マリナは、対外的には魔法の才能が皆無の少女だ。才能がないのに手元に置く。それが美少女ともなれば、当然ながら周囲は男女の関係を邪推する。貴族関連の風聞は尾を引くことが多いんだ。平民なら、余計に将来へ余波を残す。
彼女はユーダイへ恋心を抱いていると踏んでいたため、こちらの提案は受け入れられないと考えていた。ゆえに、鍛え上げる方を前提に行動していた。夜中にひっそり忍び込んだのも、その辺りを配慮したものだった。
ところが、オレへの憧れを全開にしている彼女を見ると、それは崩れ去ったように思う。
予想通り、
「後者でお願いしますッ!」
現実のマリナは、喜び勇んで庇護下に入る選択肢を取った。
うん、知ってた。これほど強烈な恋愛感情を抱いておいて、そちらを選ばないわけがないよね。
覚悟の上だろうけど、一応念を押しておこう。
「意味は分かってるか? 庇護下に入れば、オレとの関係が疑われるのは必至。間違いなく、キミは普通の恋愛を楽しめなくなる」
マリナの表情は一切陰らない。
「か、構いません! わたし、ずっとあなたに憧れてたんですッ」
「お互いをよく知らないのに? 確かに、オレはキミを助けたが、性格までは分からないはずだ」
「い、いえ、分かりますよ。だって、王子さまの周りの“キラキラさん”たち、すっごく楽しそうですから」
「キラキラさん?」
突然、不可解な単語が登場した。何だ、それ。
そこへ、オレの肩に乗っていたノマが口を挟む。
「おそらく、精霊モドキのことじゃないかな。精霊に至るほどではないけど、僅かな感情を抱えた魔素が大気には存在するんだ。精霊や精霊と相性の良い者だと知覚できるんだよ」
「そのモドキがオレの周囲にいて、楽しそうにしてると」
「精霊モドキは素直だからね。主殿の優しい魔力に感化されてるんだろうさ」
「なるほど」
要するに、精霊モドキの反応から、オレが悪い人間ではないと判断したのか。かねてより培ってきた憧れも合わさり、強い恋心を抱いたと。
納得できるような、できないような。
告白される度に、同じ感想を抱いている気がするな。ただ、マリナの真っすぐな瞳を見れば、心の底より発した言葉だと分かる。
幾度となく実感しているけど、人の心は複雑怪奇だ。
彼女には悪いが、もう一つ釘を刺しておく。
「今のうちに言っておこう。たとえ庇護下に置いたとしても、現状ではキミと恋仲にはならない」
「えっ」
案の定、マリナは表情を凍りつかせてしまうけど、気を遣える立場ではない。
「いろいろと事情があって、学園卒業までは恋愛に構っている暇がないんだ。だから、キミを受け入れることはできない。第一、オレには婚約者もいるからな」
「こ、婚約者がいるのに、恋愛に構ってられないんですか?」
「婚約は政治的な事情によるものだ。彼女にはキチンと愛情を抱いてるけど、婚約を結んだ動機は恋愛感情じゃないな」
ミネルヴァとの時間はしっかり作っているけど、恋人らしいことをしている自信はない。そういう意味では、彼女には申しわけないと思っている。
オレの返答を、マリナはお気に召さなかったらしい。むぅと頬を膨らませ、如実に不満を顔に出している。
十秒ほど唸っていた彼女は、ふと何かを思いついたようで、「分かりました!」と声を上げた。
「お、王子さまがわたしを受け入れられないって言うなら、う、受け入れたくなるほど
「「はぁ?」」
思わぬセリフに、オレとシオンが揃って声を漏らす。
オレたちの反応なんて気にも留めず、マリナは続けた。
「ひ。庇護下に入れば、王子さまの近くにいられるんですよね? だったら、覚悟しててください。ぜ、絶対に振り向かせて見せますから!」
フンスと鼻息を荒くする彼女。こちらの答えを聞くことなく、自己完結したようだった。
この恋愛に関する強引さ、どこか既視感を覚えるな。
「シオン」
「
既視感の元凶に声をかけると、彼女にも自覚があったみたいで、真っ赤にした顔を両手で覆っていた。
経験則上、こういう時は余計な口を挟まない方が賢明。諦めよう。
オレは溜息を吐いた。
「分かった。キミには、オレの庇護下に入ってもらおう」
「はい!」
嬉しそうに頷くマリナ。
もう一度溜息を吐いたオレは、空気を入れ替えるようにパンと柏手を打つ。
「よし、方針は決まった。引っ越しの準備を始めよう」
「え、今から!?」
「当然だ。いつ二回目の刺客が放たれるか分からないんだから、さっさとフォラナーダの別邸に荷物を運ぶぞ。シオン、デリケートな部分は任せた」
「承知いたしました」
言うや否や、オレとシオンでテキパキとマリナの荷物をまとめていく。オレには【
さて、帰ったら何と説明しようか。
帰宅後の騒動は目に見えている。それを想像したオレは、小さく溜息を吐くのだった。
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