Interlude-Akatsuki 執念の根源(後)

「訊きたいことがあるんだが、いいか? 答えたくなければ答えなくてもいい」


 しばらくして――ゼクスの瞳が元通りになったのを見届けた後、俺は一つの質問をゼクスへ投げかけた。彼と出会って以来、ずっと気になっていたこと。一方で、踏み込むのに躊躇ためらいを覚えた内容。


 どうして、このタイミングで尋ねるのかと言えば、対等な立場になったからだ。今までの力量差だと、俺の問いはどうしても強制力を有してしまう。それだけは避けたかった。本心より、『答えたくなければ答えなくていい』と思っているんだ。


 こっちの真摯しんしな態度を受け、ゼクスは少々思考する時間を置く。それから「どうぞ」と短く返した。


 俺は意を決して尋ねた。


「お前は、何で妹のために命を張るんだ?」


 それは彼の根幹に関わる問いだった。ゆえに、長く踏み込めなかった部分だった。


 ゼクスは困惑した表情を浮かべる。


「何でって……好きだからって理由じゃダメなのか?」


「それも真実だろう。でも、最初からそうだったわけじゃないよな? お前が妹を助けようと決意したのは、彼女が生まれた直後からだったはず。それじゃあ、辻褄つじつまが合わない」


 ゼクスが妹を愛しているのは事実だ。それは日頃の言動より理解している。


 しかし、それが”妹の死の運命を覆そうと決意した理由”には繋がらないんだ。生まれたばかりの妹へ、命を懸けるほどの愛情を抱けるわけがないのだから。彼が、”妹への愛”以外の動機を保持しているのは間違いなかった。


「ッ!?」


 俺は息を呑んだ。何故なら、ゼクスの顔より感情が抜け落ちたために。まるで死人かと見紛うくらい、彼の瞳は空虚に抜けていた。絶望なんて生温い。今のゼクスは、底なし沼のような何かだった。


 予想を超えた事態に絶句していると、ポツリと彼は呟く。


「つまらない話だ」


 表情と同様、まったく感情の乗っていない声だった。


「オレは前世にも妹がいたんだ。病弱な子でな。ほとんどがベッドの上の住人だった」


 ゼクスより語られる前世の話は、かなり新鮮なものだった。彼は現世と前世を切り離して考えているようで、この手の話――思い出関連の話題を口に出すことはなかった。こんな内容でなければ、もっと食いついていたに違いない。


「そんなもんだから、室内でも楽しめるオタク趣味に傾倒するのは必然だった。特にゲームが大の好物で、散々付き合わされたよ。実は勇聖記……この世界をモデルにしたゲームを先にやり始めたのは、妹の方だった」


「前に、勇者側のストーリーやりたさに始めたって言ってなかったか?」


 何とか持ち直した俺は、合いの手も踏まえて質問を投じた。


 すると、苦笑いを浮かべるゼクス。


「別に矛盾はしてないさ。妹がやってるのを見て、興味持ったんだからな」


「なるほど」


「まぁ、この話がどう落ち着くかって言うと……」


 ゼクスは歯を食いしばり、血反吐でも吐きかねない様子で言葉を紡ぐ。


「カロンと前世の妹を重ねてたんだよ。かつては守れなかったけど、今度は守ってやれるって」


「つまり……」


「前世の妹は死んだ。オレが大学に上がってすぐ。オレの目の前で事故に遭って、その後遺症が原因で死んだんだ」


「……」


 返す言葉がなかった。


 ゼクスと前世の妹やらの関係性は、一切分からない。わざと触れないように話したんだろう。それでも、態度や乱れる魔力から、相当仲が良かったことは窺えた。大切な人を目の前で失った衝撃は、筆舌に尽くしがたい苦痛だったはず。


 俺は頭を下げる。


「すまない。安易に訊くべき話じゃなかった」


 対し、ゼクスは乾いた笑みを浮かべる。


「おいおい、頭を上げろって。拒絶もできたのに話したのはオレだ。謝る必要はないよ。前世のことは割り切れてる。気にするな」


「そう、か」


 かろうじて頷く。


 割り切れているなんて、よく口にできたもんだ。本来なら見通せない感情が伝わっている時点で、かなり心を乱している証拠じゃないか。


 こっちが内心を見透かしているのを悟ったのか、ゼクスは魔力を引き締め直した。もう感情の乱れは見られない。


 それから、彼は苦笑いを浮かべる。


「割り切ってるってのは本当だぞ? 前世の妹のことを思い出すのは久々だった。それに、最初こそカロンに面影を重ねてたけど、今は違う。心の底からカロンを大事に思い、守りたいと願ってる」


 そう語る声に、ためらいも戸惑いもなかった。おそらく、本心から出た言葉だと思われる。


 俺は一つ息を吐き、頷いた。


「そっか。それならいいさ。野暮な質問をして悪かったな」


「構わないよ。さっきも言ったけど、喋ったのはオレの意志だ」


「分かったよ。これ以上は何も言わない」


 ゼクスの気配は元に戻り、緊迫した空気も霧散する。


 しかし、内心で焦りを抱えていた。俺は選択を間違えたかもしれないと。


 ゼクスの大切なものへ掛ける感情は、想定以上の代物だと判明した。もしも、それが害されたとしたら、彼は正気を保っていられるのだろうか。


 狂ってしまったのだとしたら、世界最強の存在が暴れ回ることになる。そんな最悪の未来、考えたくもなかった。


「はぁ」


 自然と溜息が漏れる。


 もはやさいは投げられてしまった。弱体化させるなんて不可能である以上、彼が目的を果たすのを祈るしかない。


 どうか、ゼクスと”彼の大切”の平穏が保たれますように。


 俺は、どこか他人事のように天へ願った。



――――――――――――――


本日の18:00頃にキャラ紹介を投稿予定です。

 

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