Interlude-Akatsuki 執念の根源(前)

時系列は「六年後」の直後辺り。


――――――――――――



 空より幾千の『星』が落ちる。


 大地より幾千の『剣』が生える。


 どちらも燦然さんぜんと耀き、周囲の空気を燃やしながら、互いを滅さんと襲いかかる。


 数秒と置かず、『星』と『剣』は衝突した。天に轟く鳴動と地を揺るがす激震が果てなく広がり、空間をきしませる。ギシギシと音を立てて空は歪んだ。


 神話の決戦のような光景。まさか、こんな戦いを繰り広げることになるなんて、俺――アカツキは想像もしていなかった。


 この戦いは模擬戦である。俺と唯一の弟子であるゼクスとの模擬戦闘。この天地創造の如き状況は、俺とゼクスの手によって作られているんだ。


 俺はともかく、ゼクスの力量はもはや人間の領域を逸脱しているな。あと数日もすれば十六。たったそれだけの期間で、神の使徒に並ぶ力を身につけた。俺の指導ありきとはいえ、末恐ろしい成長速度だ。


 ……っと、感心している場合じゃない。


 後頭部付近の空間がたわむ気配を感じ取る。とっさに首を傾けると、先程まで頭のあった場所に、短剣をを握った右腕が通過する。


「ッ!?」


 俺は息を呑んだ。


 今の攻撃は【位相連結ゲート】によるものだろうが、直前まで予兆を察知できなかったんだ。あの術は膨大な魔力が動くから、普段ならもっと早く気付けるのに。


 それに、今の状況で俺の位置を的確に狙えるのも不自然すぎる。眼前で巻き起こっている『星』と『剣』の衝突は、俺とゼクスの魔法。それらが巻き起こす魔力の嵐はすさまじく、彼の探知術を阻害しているはずなんだ。つまり、俺をピンポイントで狙えるわけがない。


 だが、俺の考えを嘲笑うかのように、連続して向こうから攻撃が放たれる。


 今度は、魔力の感知に成功した。俺の周囲八千百十二ヵ所より、推定【銃撃ショット】の発動が認められる。って、ほぼ三百六十度を埋め尽くしてやがるッ。


 これを通したら、間違いなく俺はハチの巣だった。えげつない攻撃をホイホイとやらないでほしい。


 とはいえ、この程度でやられる神の使徒ではない。俺だって予知系の魔法は使えるんだ。


 次の瞬間、一斉掃射される八千百十二発の【銃撃ショット】。俺は弾道を見極め、華麗に全弾を回避してみせた。


 よし、このまま反撃に打って出て――


「なっ、動けなッ!?」


 いつの間にか、俺は魔力で構成された糸に絡めとられていた。それらは地面深くより生えているらしく、さすがの俺でも一瞬の停滞を許してしまう。


 その隙をゼクスは見逃さない。複数の急所を狙った【銃撃ショット】が俺へと殺到する。


「甘いぜッ!」


 密度を高めた魔力を周囲へ放射し、襲いかかる銃弾を弾き飛ばした。ゼクスが弾丸に込めていた魔力が想像以上に多く、こっちも相当消費してしてしまったけど、ギリギリで窮地は脱した。


 このまま防戦一方ではマズイと踏んだ俺は、僅かに生まれた間隙かんげきを利用し、攻勢を仕掛けることにする。何も、転移はあちらの専売特許じゃない。まぁ、ゼクスの【位相連結ゲート】とは原理が違うけどさ。


 俺は【転移】を発動し、一瞬でゼクスの目前へと移動する。先までの攻撃から逆探知して、彼の居場所は特定していたんだ。


 こっちの攻勢は予想できていたようで、ゼクスは二本の短剣を構え終えていた。


「ハハッ、そうでないとな!」


 魔力で両手剣を作り出し、ゼクスへ向かって振り払う。彼は短剣を使い、それを上手く受け流す。


 そうそう。短剣が得物なんだから、まともに受け止めるなよ。俺の教えはキチンと活きているな。


 その後も、指導の結果を確認するように斬り合いを続ける。魔法の衝突による轟音が周囲に響く中、数多の剣戟が繰り広げられる。


 程なくして、俺たちはどちらともなく・・・・・・・距離を取った。おおよそ十メートル。一瞬で詰められるものの、仕込みをする余裕はあるだろう。


 言葉はないが、俺もゼクスも理解していた。次の一撃で、この模擬戦は終わりだと。


 ゼクスはギラギラとした瞳で、こっちを睨みつけていた。良いな、絶対に勝ってやるという気概を感じる。


 でも、まだ負けてやるつもりはない。かなり力は拮抗してきたけど、それでも神の使徒には敵わないと知らしめてやろう。


 俺たちは同時に駆け出した。一秒も掛からずお互いの得物が衝突する。刃物同士がぶつかり合う金属音が響いた後、それを中心に周囲の景色が吹き飛んだ。元々悲鳴を上げていた世界は、今の一撃によって崩壊を始める。俺たちレベルの戦いになると、もはや【異相世界バウレ・デ・テゾロ】も力不足らしい。


 外の世界へ影響が出る前に、決着をつけないとな!


 俺はゼクスにトドメを刺す魔法を構築する。


 ――しかし、


「んなっ!?」


 それを発動する前に、俺の意識は”白”に包まれた。









 どこまでも平地が続く草原。長閑な空気の漂う場所に、俺は大の字で寝転んでいた。


「くっそぉおおおおお、負けたぁぁぁあああああああ」


 空に向かって大声で叫ぶ。


 そう、俺は負けたんだ、弟子たるゼクスに。痛恨の極みである。悔しくて悔しくて仕方がないッ。あと百年は勝ちを譲るつもりはなかったのに!


 まぁ、百年は冗談だが、こんなに早く負けるつもりはなかった、やはり、ゼクスの成長率は尋常ではないな。嗚呼、星がキレイだなぁ。もう夜かー。


 益体やくたいもないことを考えながら空を見上げること数分、俺の傍に誰かが近寄ってきた。


 言うまでもなく、ゼクスだった。彼は俺と同様にボロボロで、魔力もスッカラカン。今回の勝利は、紙一重だったらしい。……うん? いや、待て。


「その目、どうしたんだ?」


 俺は思わず問うた。ゼクスの両まぶたは完全に降りており、その隙間より血の涙が流れていた。しかも、ただの流血ではない。魔法的な副作用の気配を感じる。


 対し、ゼクスは何でもない風に肩を竦める。


「最後の技の反動だよ。見た目ほど酷くはない」


「明らかに、代償を払った感じなんだが?」


「ははは、一目でそこまで判別できるのか」


「笑いごとじゃないぞ?」


 真面目に心配しているんだ。代償を支払うタイプの魔法は、場合によっては取り返しのつかない事態を招く。


 俺の真剣な眼差しを受けても、ゼクスの態度は変わらない。軽い調子のまま、隣に腰を下ろす。


「本当に大丈夫なんだよ。ちょっと適性不足のせいで反動が大きいんだ。慣れれば、ある程度は抑えられる」


「……嘘はないな」


 今や実力の拮抗している彼の内心は、どうやっても見通すことはできない。だが、真実であると断言できた。それくらいの真贋は見極められる。


 俺は胸を撫で下ろしつつ、二度目の質問を投じた。


「結局、最後のは何だったんだ?」


 魔法だとは思うが、見覚えのない代物だった。覚えがあれば、一瞬とはいえ、意識を刈り取られるヘマは犯さない。


 すると、ゼクスはニヤリと意味深に笑う。


「人間の特権かな」


「具体的には?」


「内緒だ」


「なっ!?」


 こいつ、本気で教えないつもりだ。こっちは出し惜しみなしで鍛えてやったっていうのに、何て恩知らずな奴だろうか。


 俺が眉尻を上げたのを見て、ゼクスはクスクスと笑う。


「冗談だって。ちゃんと教えるさ。でも、まだ待ってくれ。もう少しだけ、勝利の余韻に浸りたい」


「むっ。お前、性格悪くない?」


 勝利の余韻だなんて、負かせた俺を前にして、よく言えたもんだ。


「それ、あんたが言うか? 毎回、勝つ度にあおってきたくせに」


「俺はいいんだよ、師匠だから」


「酷い師匠もいたもんだ」


 ゼクスが笑い始めたので、俺も釣られて笑う。


 模擬戦は負けたけど、こういう空気は悪くない。



――――――――――――――


物語の区切りが良いので、キャラ紹介などの投稿を一考しております。

欲しいという意見が多いのであれば、明日投稿予定の幕間の後に上げます。

感想欄で意見していただければ幸いです。

 

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