Interlude-Nina 昇格と解放

「「「「「「「「「「おめでとうございます!!!!」」」」」」」」」」


 祝福の言葉とともに、簡素な鳴物なりものの音が響く。


 フォラナーダ城にあるパーティーホールにて、立食形式のパーティーが開かれていた。参加者は一部の使用人や騎士を除いたフォラナーダの者たち。ガヤガヤと、騒がしくも和やかに催しを楽しんでいる。


「ニナ、おめでとうございます!」


「ニナちゃん、おめでとうッ」


「フン、この程度で調子に乗ってはダメよ……おめでとう」


「おめでとうございます、ニナさん」


 カロン、オルカ、ミネルヴァ、シオンなど。いつもの面子がアタシ――ニナへ祝辞を述べていく。


 そして最後に、


「ランクAへの昇格、おめでとう。よく頑張ったな」


 シス――ではなく、ゼクスが笑顔で賛辞を贈ってくる。


 お分かりの通り、アタシのためのパーティーだった。ゼクスの指導を受けてから苦節四年と七ヶ月、アタシはついに冒険者ランクAへと上り詰めたんだ。


 本当に……本当に長かった。いや、普通の冒険者からしたら圧倒的に早い昇格だけど、その間に受けていたゼクスの訓練がつらかった。アタシを死なせないためなのは理解している。でも、エスカレートするアレは、どうにかならなかったんだろうか。


 まぁ、それも一段落する。何せ、二つ名持ち・・・・・のランクAになったんだから! ここまで強くなれば、きっと少しは落ち着くはず。


 そうウキウキしていたアタシだったけど、そこに水を差す言葉が一つ。


「ニナには、まだまだ強くなってもらうぞ」


「え゛!?」


 乙女らしからぬ声が口から出てしまう。それほど、ゼクスのセリフは衝撃的だった。


「な、なんで?」


 震えそうになるのも必死に抑え、理由を問う。


 すると、彼はキョトンと首を傾いだ。


「前に約束しただろう。世界五指に入ろうって」


「えっ、いつ?」


「えーっと、確か……初めて野営した時だったか」


「あ゛あ゛あ゛あああああ」


 ハッキリ思い出したアタシは慟哭する。


 確かに言った。『世界五指も入れるけど、どうする?』と言った彼に対し、『言うまでもない』って返した。うわぁぁぁぁあ、過去のアタシのバカやろう! 何で地獄への片道切符を自ら発行してるの!?


「ファイトですよ、ニナ!」


「えっと……ドンマイ?」


「うん、同情するわ」


「月並みの言葉ですが、頑張ってください、ニナさま」


 次々に慰めてくるカロンたち。


 ええ、そうでしょうよ。あなたたちも地獄の訓練を受けているからね。巻き込まれない程度にしか、言葉を掛けないのも当然。若干、愉快げなのがムカつく。


 ……よし、ここはあの手を使おう。他人事なのも今のうちだよ。


「ゼクス、カロンたちも強くなりたいって言ってた」


「そうなのか? じゃあ、特別メニューを考えないとな」


「「「「え゛!?」」」」


 意気揚々と熟考を始めるゼクスに対し、カロンたち四人は絶望の表情を浮かべた。


 ぎゃーすぎゃーすと文句を言われるけど、アタシはどこ吹く風と流す。ふふふふふ、死なば諸ともだ!


 阿鼻叫喚の中、パーティーは進んでいった。










 出だしこそ壮絶な騒ぎになったが、おおよそは普通のパーティーだった。みんな、笑顔で楽しんでいる。


 いつもの面々の他にも、フォラナーダに仕える全員がアタシを祝福してくれた。この城は本当に温かい空気に包まれている。こんなにも優しい人が多い貴族家は珍しいのではないか。実家でも軟禁状態だったアタシには結論は下せないけど、この雰囲気はゼクスの人徳があってこそ作り出せているのは理解できた。


 思い返せば、彼には世話になりっぱなしである。奴隷に落ちてボロボロだったところを救われ、生きる術を叩きこまれ、迫る”死の運命”への対抗手段も教わっている。そして、ついには奴隷の身分からも脱却できた。


 そう、アタシはもう奴隷ではない。冒険者ランクAに昇格したことで、晴れて真の聖王国民になったんだ。


 理由は単純。ランクAには男爵相当の権威が与えられる。それなのに奴隷のままでは、矛盾が生じてしまうためだ。強者を国内に留めておきたいという、聖王国側の思惑もあるか。


 おそらく、ゼクスがアタシを冒険者に仕立て上げたのは、ここまで見据えてのことだろう。奴隷なんて弱い立場では、いつか訪れる”死の運命”に対抗できないと考えたんだと思う。


 再三になるが、彼には世話になってばかりだ。もはや、足を向けて寝られない。いつか恩を返したいけど、無計画では返し切れない。今のうちに、何か考えておかないといけないかな。






 宴も中盤に差し掛かった頃、不意にカロンが尋ねてきた。


「そういえば、ランクAへの昇格を決めた依頼とは何だったのですか?」


「ゼクスから聞いてないの?」


「ええ。本人より聞けとお兄さまが仰られましたので。二つ名から、何を討伐したかは察しがつきますが」


「ふーん」


「あ、ボクも知りたい!」


「どうしてもって言うなら、聞いてあげなくもないわ」


 オルカとミネルヴァも声を上げる。他の人たちも興味はあるようで、耳を傾けていた。


 ゼクスが何を考えてアタシに振ったのかは分からないけど、別に困る内容ではないし、乞われたのなら話してあげよう。


「分かった」


 アタシは首を縦に振り、語り始める。


 といっても、そんなに長い話ではない。


「ある日のこと。冒険者ギルドに向かったら、突然ゼクスに拉致されて、ドラゴンの巣に放り込まれた」


 当時は、あまりに突拍子もない行動に驚いたものだ。気がつけば見覚えのない山奥にいて、次の瞬間には目前にドラゴンがいたんだから。


 巣への侵入者を見逃す相手ではなく、アタシは襲われた。当然ながら、アタシは抵抗したとも。手に持った片手剣と魔法をフル活用して、必死にドラゴンと戦った。


 どれくらい戦い続けたか。長い長い死闘の果て、アタシはドラゴンにトドメを刺し、勝利をもぎ取ったのである。


 滔々とうとうと語り終えたところ、周囲のみんながシーンと静まり返っていた。どうしたんだろうか。


 アタシが首を傾げていると、カロンが恐る恐るといった風に問うてくる。


「事前準備など一切なしで、ドラゴンと戦ったのですか?」


「うん。いきなりだった」


 補足すると、一体のドラゴンを倒した直後に、二体ほど追加でドラゴンが現れていたりする。どうやら、三体のドラゴンの巣だったようで、あの時は死を覚悟したほどだ。


 まぁ、全部倒したけども。お陰で、『竜滅剣士ドラゴン・バスター』の二つ名を手に入れた。


 ちなみに、あとで聞いた話によれば、お代わり分のドラゴンは想定外の事態だったらしい。元々の依頼は、人里を襲うドラゴンの討伐。複数存在するとは考えられていなかったとか。


 それらを答えると、カロンは天を仰いでしまった。


 見れば、周りの人たちも騒がしくなっている。「ゼクスさまの消息は!」、「どこにもいません!」なんて声が聞こえてくる。


 未だに事態が呑み込めないでいる中、カロンがアタシを抱き締めてきた。


「無事で良かったです」


「本当だよ。大事がなくて良かったぁ」


「準備なしでのドラゴン連戦は、さすがにツライですからね」


「生還できて良かっ……いえ、ちょっと待って。準備アリでも、ドラゴンはツライと思うわよ?」


 彼女のみならず、オルカ、シオン、ミネルヴァも安堵の息を漏らしていた。


 嗚呼、なるほど。ドラゴン相手に事前準備せず戦ったと言えば、確かに心配もかけてしまうか。言われるまで気付かなかった辺り、アタシは相当ゼクスに毒されていたみたいだ。


 元々部外者だったアタシに対し、ここまで気にかけてくれる彼らの優しさが、ジンワリと心に染みる。あの頃からは想像できないだろう温かい環境だった。


 ただ、一点だけ気になることがあった。


「ミネルヴァも指摘してたけど、シオンってドラゴン倒せるの?」


 先のセリフからして、準備アリなら余裕で倒せるように聞こえてしまった。


 ゼクスの腹心とはいえ、一介の使用人には不可能だろう。そう思いつつも、何となく嫌な予感を覚えてしまうアタシ。


 そして、その予感は的中していた。


 シオンは実にアッサリと返すんだ。


「はい、倒せますよ。何なら、フォラナーダ城に勤める者は、程度の差はあれど、全員ドラゴンを相手できますね」


「「はい?」」


 アタシとミネルヴァの素っ頓狂な声が重なる。


 他の者に動揺はなかった。どうやら、アタシたち二人だけが知らぬ事実だったらしい。


 呆けるアタシを置いて、ミネルヴァが目を回しながらも問う。


「ど、どどどどどういうこと? ゼクスやカロライン、オルカはともかく、他の配下たちもドラゴンを倒せるの!?」


「ええ。単独撃破は私やカロラインさま、オルカさましか出来ませんが、集団で挑むなら使用人たちでも倒せます」


 対し、シオンは淡々と答えた。微塵も揺らぎない様子から、彼女の言葉が真実であると、否が応でも感じ取ってしまう。


 すると、周囲の人たちの愚痴が聞こえてくる。


「ゼクスさまにドラゴンの集落へ連れていかれた時は、死ぬかと思いましたよ」


「『地獄の特訓の成果を見せる時だ!』って発破をかけられましたけど、まさか最終試験がドラゴンだとは予想外でしたね」


「使用人勢は、人数制限がないだけマシだったと思いますよ。我ら騎士団は、五人一組で一体倒せと命令されましたからね」


「いやいやいや。私たちは元々非戦闘員なんですから、数の暴力を仕掛けないと勝てませんって」


 頭が痛くなってきた。一介の使用人や平の騎士が「ドラゴン討伐大変でしたねー」と笑い合っているんだ。ここは地獄の一丁目?


 ミネルヴァも同様の感想を抱いているようで、頭を抱えてうずくまって・・・・・・しまった。アタシも現実逃避したい。


 結論。フォラナーダはゼクスだけではなく、みんな頭おかしい。

 

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