Interlude-Minerva 守りたいモノ(前)

時系列は「婚約者(5)」と「婚約者(6)」の間です。


※ヘルメスの年齢を変更いたしました。

二歳年上→三歳年上


――――――――――――



 私の名前はミネルヴァ・オールレーニ・ユ・カリ・ロラムベル。ロラムベル公爵家長女にして、黒髪という魔法の才能を授かった者よ。


 尊敬するお父さまの娘として、黒髪という才を持つ者として、私は魔法に心血を注いでいるわ。同年代の子は魔法以外にも興味を抱くらしいけど、私はそんなことはない。だって、こんなにも魔法は可能性に溢れていて、毎日新しい発見があるんだもの。よそ見する暇なんて存在しないわ。


 とはいえ、魔法に掛かりっきりにはなれない。公爵令嬢の肩書を持つ以上、勉学や芸事などでも結果を残さなくてはならないの。幸い、私は才能豊かな人間だったようで、それほど苦労はなかったけれどね。


 恵まれた環境と地位、才能、容姿だって優れている。私の人生に一片の曇りはないでしょう。強いて不満を述べるとすれば、私の輝きに引き寄せられる連中が、揃いも揃って下らないくらいかしら。全員おべっかしか口にしないから嫌になるわ。


 まぁ、そんな不満なんて、私の歩む道にとっては些細なモノ。私は、お父さまも誇れる偉大な魔法師になるのよ!


 ――そう考えていたんだけど、


「婚約、ですか?」


 ある日、お父さまに呼び出された私は、開口一番に『婚約しろ』と告げられた。あまりに突拍子のない話題だったため、呆けた声を漏らしてしまう。


 対するお父さまは、そんな私の様子を気にも留めずに話を進められる。


「お前には、フォラナーダの長男の元へ嫁いでもらう。かの家は光魔法師を輩出している。その血は喉から手が出るほど欲しい。今のうちに縁を結んでおけば、将来的に光魔法師――カロライン嬢の子女を、公爵家の者の婚約者として迎え入れられるかもしれない。先方の承諾は貰っている。顔合わせは五月上旬だ。それまでに準備をするように」


「し、少々お待ちいただけませんか!?」


 矢継ぎ早に語られる内容を聞き終え、ようやく私は再起動を果たせた。


「いくら何でも唐突すぎないでしょうか。つい先日まで、お父さまは『婚約はギリギリまでさせない』と仰っていたではありませんか」


 私の美貌と才能は、政治において強力なカードになる。使いどころは慎重に見極めなければいけない。その意見には同意できたし、だからこそ、私は能力の研鑽に励んでいたわ。


 だのに、この急な方針転換。一体全体、どういうことなのかしら。


「光魔法師の血を欲するのは理解できます。ですが、本人ではなく血縁者と契りを結ぶのは、迂遠すぎないでしょうか。お兄さまたちとくだんの光魔法師殿を婚約させた方が宜しいのでは?」


 長男のアレス兄さまは既に婚約者がいるので正妻は困難。相手方を立てることを考えると難しい。でも、ヘルメス兄さまは三歳しか離れていないし、婚約者はいない。最適の人選ではないか。


 しかし、私が考えつく程度の内容を、お父さまが考慮していらっしゃられないはずがなかった。お父さまは淡々と返す。


「ヘルメスを使わない理由は二点ある。一つは、王族がカロライン嬢を取り込もうと動いているため。もう一つは、彼女を直接取り込む方向で動けば、失敗する確率が高いためだ」


「失敗、ですか?」


 前者は理解できるわ。いくらロラムベル家が貴族派とはいえ、ある程度は聖王家に義理立てしなくてはならないから。


「カロライン嬢は、自身の兄に対して重度の愛情を抱いている。そのような者が、兄以外の異性に心を許すとは思えない。念のために直接確認したが、あれは相当だな」


「それほどですか」


「嗚呼」


 珍しいことに、どこか疲れた様子で頷くお父さま。


 私も二人の兄を慕っているけれど、重度の愛情と言われてもピンとこない。いったい、どこまで深い愛なのかしら?


 私が首を傾いでいると、「また」とお父さまは続ける。


「お前の婚約者である伯爵子息――ゼクス殿は見どころがある。魔法適性は残念極まりないが、政治の手腕が神懸っているのだ」


「……」


 お父さまの言葉に、私は瞠目どうもくしてしまった。何せ、お父さまの口から飛び出したとは思えない発言だったから。


 魔法を何よりも重視するお父さまが、『魔法適性は残念極まりない』と評価した者を褒めるなんて、未だに信じられない。普段なら、考慮にも値しないと切り捨てるのに。この城にだって、適性三つ以下の配下は存在しないわ。


 お父さまも認めざるを得ないほど優秀ということなのでしょうけど……私は不信感を払拭できなかった。


 外野からは色々と揶揄やゆされるけれど、私は魔法を至上とする考え方が間違っているとは思えない。この世界において、魔法の力は何よりも重要よ。生活の隅々まで浸透している。つまり、その力に優れている者が、世間の生活を豊かにする。見返りとして優遇されるのは至当だと考えるわ。


 とはいえ、その他の能力が不必要なわけでもない。くだんの婚約者が優れている政治手腕もその一つ。


 ハァ、私の婚約は避けられないようね。そも、公爵家当主お父さまが決断した以上は逆らえない。


 私は将来図の崩壊に内心で溜息を吐きつつ、首を縦に振る。


「承知いたしました。婚約の話、お引き受けします」


「頼んだぞ。これがゼクス殿の資料だ。目を通しておくように」


「……? はい。では、失礼いたします」


 予想より薄い紙束を怪訝に思いながらも、私はお父さまの前から辞する。


 その足で私室まで戻り、私は渡された資料に目を通した。顔合わせまで一ヶ月を切っている。移動時間を考慮すると、数日後には出発するでしょう。それまでに、資料の内容は頭に入れておかないと。


 しかし、私はすぐに固まってしまったわ。何故なら――


「無、属性……?」


 私の婚約者は、よりにもよって色なしだったんだもの。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る