Interlude-Nina 姦しい冒険者

時系列は、王宮派との決着の一、二年後くらい。


――――――――――――



 アタシ――ニナは依頼を終え、冒険者ギルドへ顔を出していた。すでに夕暮れのため、アタシと同じように仕事終わりの冒険者たちが多くいる。隣接する酒場で飲んだくれている者もいるので、建物内はとても騒がしかった。


 冒険者特有の粗雑な喧騒は嫌いではないけど、この人混みを割って入るのは億劫だ。でも、突き進まないと受付に辿り着けない。


「はぁ」


 短く溜息を漏らしつつ、アタシは足を踏み出す。


 シス――ではなく、ゼクスに教わった気配の消し方や歩法があれば、たいていの混雑をスルリと抜き去れるのは幸いか。それらの技術を持ち出さなくてはいけないところが面倒くさいんだけど、冒険者ギルドの人口密度を考えると諦めるしかない。時間を考慮せずに訪れたアタシが悪いんだ。


 そう時間を置かず、受付まで到達する。運の良いことに、受付の一つがちょうど空いた。


「あっ、ニナさん。お疲れさまです」


「サラもお疲れ」


「ふふ、ありがとうございます」


 彼女は、昨年度に学園を卒業したばかりの新人。受付嬢の中では一番年齢が近いこともあって、そこそこ仲は良い。最近は、彼女に受付を任せる機会が多かった。


 サラは人懐っこい笑みを浮かべる。


「依頼の達成報告ですか?」


「うん。これ、討伐証明」


「確認しますので、少しお待ちください」


 アタシから討伐証明――今回はフォレストスネークの牙――を受け取り、受付の奥へ引っ込むサラ。


 一分とかからずに、彼女は再び姿を現した。


「フォレストスネークの討伐、しっかり受理されました。こちらが報酬となります。ご確認ください」


 お金の入った袋を手に取り、ザっと中身を確認する。問題ないので首肯した。


 普段なら軽い雑談を交わすところだけど、今はそんな暇もなさそう。大人しくきびすを返そう。


 ところが、そそくさと背中を向けたアタシに、サラが声をかけてきた。


「ニナさん。私、あと少しで上がりなので、一緒にお食事しませんか?」


「……わかった。そこの酒場で待ってる」


 少し考えてから了承する。元々、今日は一人で外食する予定だったので、彼女とテーブルを共にしても問題はない。


 アタシの返事を聞いて、サラは顔をほころばせる。


「ありがとうございます」


「構わない。残りの仕事も頑張って」


「はい!」


 受付を離れ、隣接する酒場の一席に座る。酔っ払った冒険者たちの喧騒は若干わずらわしいけど、絡んで来ない限りは良しとする。


 アタシが二つ名持ちシスの弟子なのは周知の事実で、自身もランクBの冒険者のため、下手にちょっかいを掛けてくる輩はいなかった。果実水をチビチビ飲みながら、サラの到着を待つ。


 十分後。私服姿のサラが対面の席に着いた。


「お待たせして、すみません」


「大丈夫。想定より早い」


 繁盛具合からして、三十分くらいは待つと覚悟していたんだ。三分の一なら上出来だと思う。


 アタシが本当に気にしていないと察してか、彼女はホッと胸を撫で下ろす。それから、笑顔で続けた。


「では、お料理を頼みましょうか! ニナさんは何を注文します?」


「焼き鳥セットで」


「し、渋いですね」


 あらかじめ決めておいた商品を答えると、サラは頬を引きつらせた。


 その反応は些か不服である。ここは酒場だから、こういったツマミ系が美味しいんだ。食べるのなら、美味しい方が良いに決まっている。それに、焼き鳥はそれほど渋くないと思う。


 とはいえ、反論は口にしない。疲れるし。


 その後、アタシたちは注文を終え、談笑しながら料理の到着を待つのだった。










「一つ訊きたいことがあるんですよ」


 食事の最中。話題が一段落した辺りで、サラがそう問うてきた。


 アタシは首を傾ぐ。


「なに?」


「ニナさんって『陽光の聖女』さまと懇意にされていると耳にしたんですが、本当なんですか?」


「そのことね」


 改まって何を訊いてくるのかと思いきや、カロンに関しての情報が知りたいらしい。


 まぁ、予想通りではある。アタシに来る質問といえば、だいたいはシスかカロン関連だ。


 アタシはやや肩を竦める。


「前もって言っておくけど、カロラインさまに関して多くは語れない」


 カロンのプライベートを尋ねてくるヘンタイやフォラナーダの内情を知ろうとする諜報員など、今まで様々な人物が接触してきた。サラがそういった類とは思わないけど、念を入れて釘を刺しておく。


 すると、彼女はアハハと笑った。


「分かってますって。貴族さまの諸事情に首を突っ込むほど、私は命知らずではありません。学園では痛い目を見た子を何人も見ました」


「そういえば、学園は貴族も平民も一緒くただった」


 まだ数年先のことだから失念していた。よくよく考えてみると、とても問題の起きそうな制度だと思う。何で分けないんだろう?


 ふとした疑問が湧くけど、今はそれに思考を回す状況ではない。あとでゼクスに訊いてみよう。


 アタシの発言を聞いて、サラは少し意表を突かれた表情をした。


「嗚呼! ニナさんって、まだ就学前でしたね。ランクBだお強いし、話し方もしっかりしているので、ついつい忘れてました」


「……アタシって老けて見える?」


 そうだとしたら、とてもショック。


 アタシがやや顔を俯かせると、サラは両手を忙しなく振った。


「いえ、いえいえいえいえ! 決して、そんなことはありませんからッ。雰囲気が大人っぽいというだけで、老けてはいません。安心してください!」


「そう。なら良かった」


「えっと、話を戻していいですか?」


「何の話だっけ?」


「『陽光の聖女』さまと懇意かという話です」


「嗚呼」


 アタシは納得し、彼女の求めているだろう返答をした。


「仲が良いのは確か。友人をさせていただいてる」


 純粋無垢とは違うけど、カロンは裏を感じさせない強引さがある。素直……とも些か異なるか。とにかく、接しているとアタシまで彼女の明るさに引っ張られる、不思議な魅力がある少女だ。だから、カロンとの時間はアタシも結構気に入っている。


 こちらのセリフを受け、サラは「わぁ」と感動した風な声を漏らした。


「ということは、お城にもお伺いになったことが?」


「うん。何度か」


 本当は住んでいるんだけど、そこは秘密。バレたら大騒ぎ必至である。


「じ、じゃあ、お城へ遊びに行かれた際、他の方とお会いになる場合も?」


「あるね」


「たとえば、ゼクスさまとか!」


「まぁ……うん」


 ゼクスとは”お会いになる場合”どころか、毎日顔を合わせている。最近は依頼に同行しなくなったけど、地獄の訓練は相変わらず継続中なんだ。そちらをナシにしてほしかった。


 というか、サラは何を尋ねたいんだろうか。先程から徐々に熱が入っていっている様子。目が爛々と輝いている。


 彼女の思惑が判然としないので、探りを入れることにした。


「結局、サラは何が訊きたいの?」


 直球である。そも、探りを入れられるほど、アタシは口が達者ではないんだ。下手に遠回りするよりは、ずっと良い手段だと考える。


 アタシの質問に、サラは妙な態度を見せた。周囲をキョロキョロ確認して、コチラに顔を寄せてくる。


「ニナさんにとって、ゼクスさまはどういった・・・・・方でしょうか?」


「どう、とは?」


 イマイチ質問の要領が掴めず、さらに首を傾ぐ。


 そんなアタシに焦れたようで、サラは「もう!」と少し声を張った。


「ニナさんはゼクスさまをお慕いしているか、と尋ねているんですよッ!」


「はぁ?」


 思ってもみなかった問いに、アタシは呆けた声を上げてしまう。


 困惑するコチラを気にも留めず、サラは続けた。


「だって、ステキじゃないですか。貴族令嬢と偶然お友だちになった平民出身の冒険者が、ある日令嬢のお兄さまと運命の出会いをし、そのうちお互いは恋に落ちるッ。夢があると思いません?」


 そう語る彼女の瞳は爛々と輝いていた。まさに、水を得た魚の如く、今までにないくらい楽しそうである。


 サラって、こんな感じの子だったのか……。


 アタシは呆れながらに返す。


「現実は甘くない」


 奴隷まで落ちる経験をした身ゆえに、サラの語る夢は所詮物語としか考えられなかった。そういったラブロマンスがあるのは知っているし、別に夢を見るのは良いけど、アタシを巻き込まないでほしい。


 しかし、サラはめげない。


「そんなことはありませんよ。学園でも、貴族の方に見初められた子は何人もいましたから」


「むっ」


 前例を挙げられてしまうと、頭より否定するのは難しくなる。


 とはいえ、アタシとゼクスに関しては当てはまらないだろう。


「アタシと彼は、そういう関係にはならないと思う」


「ええええ。少しくらい考慮してくれても良いのでは? ニナさんのお気持ちだけでも聞かせてくださいよー」


 よっぽど興味があるのか、彼女はしつこかった。この調子だと、話題も変えられなさそうである。


 サラの趣味に付き合うしかないか。溜息混じりに、アタシは思考を回す。


 ゼクスはアタシの命の恩人で、師匠で、変人で……信頼に足る人物だ。身分を偽られていたことはあったけど、それについてはもう・・許している。おそらく、世界でもっとも信を置けるのは彼だろう。だから、好きか嫌いかで言えば、好きであることは間違いない。


 でも、サラの訊きたい”好き”は恋愛絡みのそれ。そうなると、途端に答えが分からなくなる。何せ、今まで――いや、今もなお、アタシに恋に現を抜かす余裕はない。未だ奴隷の身分であるし、ゼクス曰く”死の運命”も迫っている。よそ見なんてしていられない。


 それでも、彼の存在を定義するとしたら……。


 関係性を表現するなんて、口下手なアタシには難問だった。


 思考を回しに回して、こねくり回して――不意にカロンの顔が脳裏を過る。


 嗚呼、そっか。


「彼は”兄”だと思う。うん、それが一番しっくりくる」


 アタシには妹しかいなかったけど、きっと兄とは彼のような人なのだと思う。


 満足するアタシとは異なり、サラは不満そうな反応を示したが、こればっかりは仕方がない。


 ようやくゼクスにまつわる話は終わり、元の雑談へと戻った。


 姦しい冒険者生活は億劫に感じることもあるけど、それ以上に楽しい日々だ。


 こんな毎日が続いてくれれば、アタシは嬉しい。

 

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