Chapter3-ep2 六年後

 月日が流れるのは早いもので、フォラナーダが表舞台に立ってから六年が経過した。オレたちの年齢は十六、学園へ入学する年である。とうとうゲームシナリオ開始と思えば、自然と肩に力が入ってしまうが、自分にできる事前準備はすべて整えたはず。あとは、臨機応変に対応するしかない。


 ちなみに、王宮との対立関係は、今のところ膠着状態である。お互いに不可侵を貫いている感じだ。まぁ、第一王子の後見人に名乗り出た時は相当荒れたけど、さっくり解決したので良しとする。


 今の話に戻ろう。


 十六ともなれば、この世界のヒトの成長速度的に、身体はもう大人。白髪と薄紫眼は相変わらずだけど、身長は百八十三まで伸びた。自分で言うのも何だが、顔立ちも爽やか系のイケメンになったと思う。……うん、自画自賛は気持ち悪いな。一応、周囲よりの評判は良いとだけ補足しておく。


 ただ、不満点はある。この体は着やせする性質のようで、しっかり筋肉がついているにも関わらず、細身に見えてしまうという難点を抱えていた。


「うーん。白髪なのも相まって、コスプレ感がすごいな」


 私室の姿見の前。本日学園の制服が仕立て上がったと聞き、試着してみたんだ。


 結果は、何とも言えないデキだった。当の制服のデザインが、黒地に金のラインを施したカジュアル軍服みたいな代物のせいだ。漫画やアニメの登場人物という印象が拭えず、とても違和感を覚えてしまう。いやまぁ、ここ自体がゲームと酷似した世界だけどもさ。こう、中二病感があって、むずむずしてしまうんだよ。


 鏡の前でウンウンと唸ること幾許か。ノックの音が響いた。


 常時展開している探知で、部屋に近づいてくる存在は把握していた。今扉の前にいるのはカロン、オルカ、ニナ、ミネルヴァの四人だ。


 四人全員が揃っているのは、そう不自然なことではない。みんな仲が良いからな。


 ――嗚呼、ミネルヴァのツンデレは、全員把握できるようになっていた。六年も一緒に過ごせば、どういう性質かは理解できるようになるさ。


 閑話休題。


 タイミング的に、オレに制服姿を見せに来てくれたんだろう。提案はカロンとオルカ、ミネルヴァが渋々と見せかけた乗り気、ニナは流れに任せたといった感じか。四人のやり取りは想像に難くない。


 オレは入室を促しつつ、姿見の前から離れる。自分の制服姿を吟味していたと知られるのは、何となく恥ずかしいもの。


「お邪魔するよ、ゼクスにぃ!」


 一番槍を担ったのはオルカだった。残念ながら、この六年の彼の成長は、身長が伸びたくらい。確か、百五十五センチメートルと言っていたかな。男らしくなったなんてことは一切なく、相変わらずの童顔で、赤茶のショートヘアがサラサラ揺れている。


 女子の制服は、男性版のスラックスを黒基調のプリーツスカートに変更した代物なんだが、彼は見事に着こなしていた。オレとは違い、非常に愛くるしい感じでまとまっている。特に、スカートよりこぼれる尻尾がフリフリ揺れているのがヤバイ。胸を貫く可愛さだった。


 ――いや、待て。何でオルカが女子の制服を着用しているんだ? あまりにも似合いすぎていてスルーしてしまったけど、不自然すぎるだろう。


「どうして、女子の制服なんだ?」


「こっちの方が、ゼクスにぃが喜ぶって聞いたから」


「誰だ、そいつ!?」


 何て嘘――とも言い切れないのが悔しいけど、質の悪いアドバイスを与えているんだ。オレは、オルカを純粋に弟として可愛がっているというのにッ。


 オレが頭を抱えていると、オルカはキョトンとした様子で答える。


「新人世話係のガルナさん」


 あいつかァ!


 学園入学に備えて、カロンやオルカの世話を専任する者を、一年前に雇っていた。その一人が、今回の首謀者らしい。


「じっくり話し合った方がいいみたいだな」


 愉快な性格をしているのは知っていたが、オレに対する認識がおかしい。これよりも面倒な珍事を起こさせないためにも、しっかりお灸を据えるべきだろう。


 そう、心の中で固く決意をしていたところ、不意にオルカが顔をうつむかせた。


「ど、どうした?」


 急速にしぼんでいくオルカに、オレは慌てて声をかけた。


 すると、彼は少しだけ顔を上げて言う。


「……似合ってなかった?」


 問題。涙目上目遣いの美少女義弟に『今の恰好は似合っていないか』と尋ねられた際、どのように答えるべきでしょうか。


「めちゃくちゃ似合ってるとも!」


 解答。元気良く『似合っている』と即答する。


 迅速な行動の甲斐あって、オルカは明らかにホッとした態度を見せる。


 無理無理。悲しそうな顔されたら、男子用の制服に着替えようなんて提案できるはずがない。向こうは善意で着替えてくれたんだからな。校則では男女どちらの服を着ても良いとなっているし、これ以上は野暮なことは言わないでおこう。うん、オレは諦めた。


「そういえば、何でオルカだけ?」


 一段落したところで、他のメンバーが出入り口前で待機したままの理由を尋ねる。


 オルカは「あっ」と声を漏らした。


「忘れてた。一人ずつ順番に、ゼクスにぃに見てもらおうって決めたんだ。一つ前の人が次の人を呼ぶルールになってるんだよ」


「へぇ」


 彼らだけで取り決めがあったようだ。よく分からないけど、余計な口出しはしない方が良いと思われる。


 オルカが「次の人どうぞー」と声をかけると、すぐに扉は開かれた。


 入室してきたのはニナだった。


 オルカとは異なり、彼女は六年でかなり成長を遂げた。髪型こそ三つ編み一本と変わっていないけど、その他は大きく変貌している。


 まず、身長が百七十七まで伸びた。凛々しく育った顔立ちや物静かな性格、姿勢の良さなどが相まって、カッコイイという表現が適確な美女となった。


 身にまとっている制服もピシッと着こなしているため、どことなく騎士然とした雰囲気を覚える。


 ただ、雰囲気とは逆に、体つきは女性らしく成長した。凹凸の激しい体型かつ程良い筋肉を抱えた、機能美と芸術美を兼ね備えた肉体を有している。


 美女という評価は覆らないけど、学園では『戦女神』とか呼ばれそうである。あと、女性人気が高くなりそう。


 ちなみに、双子の妹ヒロインは、ロリと言うほどではないけど、発育の良い方ではなかった。まぁ、彼女の過ごしている環境を考えれば、致し方ないか。


「どう?」


 ニナは淡々と問うてきた。


 相変わらず、感情があまり表に出ない子だ。とはいえ、何年も共に過ごしてきたゆえに、僅かな変化でも見逃さない技量が磨かれた。今の彼女は、間違いなくオレの感想を待ち望んでいる。


 そんな期待に応えないオレではない。


「とても似合ってるよ。凛々しくてカッコいい。あと、三つ編みに使ってるリボンも可愛いと思う」


「……ありがとう」


 仄かに笑むニナ。


 正しい感想を言えたみたいだ。【先読み】の応用で、いつもとは違うリボンで髪を結んでいることは気づいていた。おそらく、この機会に新調したモノだったんだろう。ちゃんと褒められて良かった。


「次、どうぞ」


 満足げにコクコクと頷いたニナは、早々に次を呼ぶ。その後、部屋の隅に移動してしまった。何でも、余韻に浸りたいらしい。


 そ、そこまで嬉しかったのか。それなりに褒め言葉は口にしているつもりだったけど、もっと頻度を増やそうかな?


 とはいえ、いつまでもニナを気にしていられない。呼びかけに応じ、三番目の人物が入ってくる。


「フフン。私の美貌に酔いしれなさい!」


 傲岸不遜な態度で現れたのは、我が婚約者であるミネルヴァだった。トレードマークのツインテールを揺らし、得意げな顔で平坦な胸を逸らしている。


 ミネルヴァは昔から容姿に自信を持っていたので、予想通りの反応ではある。ただ、残酷なことだが、彼女はオルカと同様にあまり成長していない組だ。愛らしいかんばせも、クリクリしたオニキスの如き瞳も、ほぼストレートな体型も、ほとんど六年前と変化がない。身長は伸びているけど、それだってギリギリ百四十ある程度。


 ミネルヴァの名誉のために補足しておくと、これでも原作ゲームよりは成長しているんだ。前世でのプロフィールでは、彼女のサイズはAAAトリプルエーだった。それにも関わらず、現実の彼女はシングル。この差異は大きなものだとオレは思うよ。


 また、今までのメンバーで一番制服を着こなしていると思う。制服の黒と髪や瞳の黒が印象を強くし、白肌をよりいっそう・・・・・・美しくキレイに魅せている。


「妖精かと見紛うほどの愛らしさだよ。ミネルヴァの黒の魅力を、非常に良く引き出してると思う」


 この六年で、彼女との距離は多少縮まった。名前は呼び捨てだし、タメ口を許されている。


 とはいえ、


「と、当然よ!」


 彼女のツンデレは本日も絶好調だ。オレの言葉に、フンとソッポを向いてしまう。喜んでいるのは丸分かりだけどね。


 可愛らしい婚約者に頬笑んでいると、ミネルヴァも「次、どうぞ!」と声を上げる。


 ついにトリの登場らしい。


「失礼いたします、お兄さま」


 慇懃な挨拶と共に入室してきたのは、クセのある金髪をポニーテールに結わえた美女。稲穂にも似た黄金の髪と白磁のような肌は目映く輝き、かんばせに乗ったパーツはどれも一級品の美しさを備えていた。


 彼女の美しさはそれだけではない。百六十六ある身長の作り出すスタイルは抜群で、見るものすべてを魅了するだろう。いや、本当にメリハリがすごい。


 言うまでもないとは思うけど、この金髪美女こそ、我が愛しの妹カロンだった。以前より愛らしかったカロンは、今や絶世の美女にまで成長を遂げた。誇らしい限りである。


 ただ、疑問なのは、ゲームでの彼女よりも育ちすぎている点か。何せ、ゲームのジャンルを間違えているのでは? と疑問を呈したくなるほど体の凹凸が激しいんだ。いったい、何をすれば、ここまで成長するんだか。遠回しに尋ねた時は、『愛の力です』としか答えてくれなかったけども。


 まぁ、その疑問は一旦置いておこう。


 磨き上げられたルビーの如き瞳――些かつり目気味なのは、悪役令嬢としてのご愛敬か――が、先程よりオレを見つめている。


 彼女の心情を察していたオレは、早々に口を開く。


「カロンもキレイだよ。黒と金がそれぞれを引き立て合って、キミの美しさを増加させてる」


「ありがとうございます、お兄さま!」


 こちらの感想を聞いた瞬間、花開くような笑顔を咲かせるカロン。その表情だけで、ご飯が何杯も食べられそうだ。


 こんな感じで、四人とも美しく可愛らしく成長した。オレもマシな成長をしたとは思うが、努力し続けないと釣り合えないだろう子たちだ。怠慢はできないな。


 オレに感想を貰って満足した少女たちは、わちゃわちゃと雑談を始める。全員が笑顔を浮かべていて、心より今を楽しんでいるのだと納得できた。


 そんな様子を黙って眺めていると、不意に隣より声がかかる。


「ゼクスさまもお似合いですよ。カッコいいです」


「ありがとう。でも、シオンはどんな格好でも褒めるからなぁ」


「本心ですよ?」


「だから、お礼を返したんだろう?」


「「「「えっ、いつの間に!?」」」」


 オレがシオンと話しているのに気づいたカロンたちが、驚いた表情でコチラを見つめていた。どうやら、シオンの存在を把握していなかったらしい。


 シオンは澄まし顔で答える。


「カロラインさま方とご入室を共にいたしました。ゼクスさまには最初から捕捉されてしまいましたが」


「当然だ」


 少し口惜しげな彼女に、オレは肩を竦める。


 カロンたちの背後より、気配を消してシオンが入室していたのは知っていた。彼女のことは信用しているので放置していたけど、本当に何をしたかったんだか。


 ただ、彼女のお陰で、カロンたちの感知能力不足が判明したな。いくらシオンが女性陣の中で一番強いからといって、捨て置けるものではない。あとで追加メニューを考えておこう。


「お兄さまのあの表情は……」


「シオンねぇ、何てことをしてくれたのさ!」


「に、逃げられないかしら?」


「あきらめも肝心」


 四人が何やら騒いでいるけど、気にしない。ニナの言う通り、オレから逃げ切れるわけがないんだから。








 今日もにぎやかな日常が流れる。


 じきに波乱の学園生活が始まる。楽しいイベントを味わえる一方、ツライ展開も待ち受けているだろう。


 それらを無事に乗り越え、こうして全員が揃って笑い合っていたい。そう強く実感した。


 そのためにも、いっそう気合を入れたいと思う。すべては幸せの未来のために。



――――――――――――――


今話でChapter3は終了です。

幕間を挟み、4月10日よりChapter4開始予定となります。

 

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