Interlude-Louise 氷慧の聖女

本日は二話投稿します。二話目は18時頃になる予定です。ご覧になる際は注意してください。


※当話の時系列は、決闘(6)の直後辺りです。


――――――――――――――



 王城の一画。聖王家と許可された者のみが通れる深部に、小官――ルイーズはいた。もう少し詳細な説明をすると、一面を透過した壁に覆われた屋内庭園の中央にあるテーブル席に、小官は着席していた。


 同伴者は二人いらっしゃる。


 一人は小官のお仕えするお方、アリアノート・ユーステリア・ユ・アリ・カタシット第一王女殿下だ。緩く一本に結わえておられる金髪・・は神々しく、白縹しろはなだ色の瞳は深い叡智を感じさせる。『氷慧ひょうえの聖女』の異名に相応しい、美貌と怜悧れいりさを兼ね備えた御仁である。


 もう一人はファム・グノールフ・マデラ枢機卿殿。御年七十を超える大ベテランで、教会におけるナンバー2。聖王国の最長寿に迫る勢いの方だ。顔に刻まれたシワは伊達ではなく、非戦闘職ながら瞳に宿した刃は鋭い。


 珍妙なメンバーが集い、花々の狭間でお茶を啜っている。とてもではないが、外野は小官ら――アリアさまとマデラ枢機卿殿の間で交わされている話題を推測できないだろう。


 アリアさまがマデラ殿を招待したのは他でもない。つい先刻に開かれた爵位継承の儀と決闘の一部始終をお聞きになるためである。


 結論のみ、小官たちの耳にも入ってきている。色なしが伯爵を継ぎ、第二王子殿下へ決闘を申し込んだ。それから、代理として出た剣聖を完膚なきまでに下したと。


 正直、小官は未だに信じ切れていない。歴代最強の剣技を持つとも噂されていた現剣聖を、色なし風情が倒すなど。しかも、圧勝だったなど。


 アリアさまも、これに関しては真偽を見抜けなかった模様。智謀に優れた彼女は、流れてくる些細な噂話からでも真相を見抜かれる。しかし、今回ばかりは難しかったようだ。


 ゆえに、現場に居合わせていたというマデラ枢機卿を招待した。事の詳細について緘口令かんこうれいが敷かれているけれど、王族に限っては適用されないと陛下より告げられているので問題ない。


 当のマデラ殿は、語りたくて仕方がなかったという勢いで意気揚々と語られた。


 曰く、剣聖を遥かに超える剣技を見せた。曰く、天使の如き神々しい魔法を扱った。夢幻の話では? と疑いたくなる内容だった。


「信じられないのも無理はございません」


 アリアさまと小官の表情より内心を悟ったのだろう。マデラ殿は苦笑を溢された。


 「しかし」と彼は続けられる。


「世の中には、常識を覆すような出来事が満載なのですよ。十年、十一年の人生で遭遇した経験はないでしょうが、今後は嫌でも実感されるでしょう」


 七十余年と生きてきた者だからこそ、重みを感じられる言葉だった。


 マデラ殿は、意味深に笑う。


「この老骨にとっても、彼の魔法は衝撃的でした。まさに天使のようで、神の遣いがご降臨されたのではと考えたほどです。殿下もルイーズ殿も彼とは同年代。学園生活のどこかで、彼の実力を目の当たりにする機会は巡ってくるでしょう」


 その後、軽く談笑を交わし、マデラ殿はお帰りになる。


 庭園にはアリアさまと小官のみが残った。


 静寂に包まれること幾分。アリアさまが口を開かれた。


「事実のようですね」


「お信じになられるのですか?」


 些かの驚愕が胸中に湧く。


 小官は未だ信じ切れていなかった。まだ『薬を散布されて幻覚を見せられた』や『聡明なアリアさまをおとしめる謀略である』という意見の方が、現実味はある。剣聖を上回る剣技を齢十の子どもが披露し、はては色なしが魔法を使ったなど、荒唐無稽にもほどがあるのだ。


 アリアさまは首を横に振られた。


「いくら信じ難くても、信じるしかありませんわ。剣聖が亡くなられたのは事実ですし、マデラ枢機卿がわたくしたばかる理由はありませんもの。かのお方は教会のナンバー2。女ゆえに王座より遠いわたくしなど、謀略を尽くすほどの脅威ではないでしょう」


「アリアさま……」


 小官は何も返せない。


 アリアさまは海千山千の貴族らを圧倒するほどに賢い。光魔法師という才能を持つ。他の誰よりも聖王国のために行動できる。そのような理想とも言うべき三点が揃っているのに、聖王の座にはつけない。性別という一点のせいで、もっとも玉座より遠い。


 他の王子が無能であれば、芽もあったのだろう。子は継げないが、彼女自身が聖王になる未来はあったはずだ。


 しかし、現実は無情である。第一王子殿下は病弱ゆえに除外するとしても、他のお二方はそれなりに優秀だった。そのため、アリアさまにお鉢が回ってくる可能性はほぼ皆無となってしまったのだ。


 本当に口惜しい。誰よりも、アリアさまこそが聖王に相応しいというのに。


「ルイーズ、そのような顔をしないでちょうだい。わたくしは、聖王の座に然程さほど興味はないのです。そもそも、向いていないもの」


「そのようなことは――」


「あるわ」


 小官の言葉にかぶせるよう、殿下は否定の言葉を告がれる。


「王とは、国に献身してはならない。そうわたしは考えているのです」


「王なのにですか?」


「王だから、ですね。王は国そのもの。自分のために自分の身を捧げるのは不自然でしょう。献身は配下の役目であって、王の役目ではありません」


「では、王の役目とは何なのでしょう?」


「王は自分の意思を貫くことが仕事だと、わたくしは思います。どのような困難を前にしても揺るがない心こそ、民を鼓舞するのではないでしょうか」


「なる、ほど」


 理解できるような、理解できないような……。


 アリアさまよりこのような・・・・・話を聞くのは、初めての経験だった。彼女は、王位関係の話題を避けている節があったゆえに。


 心境の変化の原因は、間違いなくフォラナーダ伯爵の動きが関係しているのだろう。


 殿下は語る。


「おそらく、次期聖王はウィームレイお兄さまね」


「はい? ……何故、そう思われるのでしょうか?」


 一瞬呆けてしまう小官。何せ、第一王子殿下はずっと床に伏せておられる。死期が近いのではと噂されるほどだった。アリアさま以上に、王位から遠い存在だろう。


 しかし、すぐに考え直す。聡い彼女が、意味もない発言をするわけがない。何かしらの根拠があるのだと判断した。


 その考えは正しく、アリアさまは滔々とうとうと仰る。


「フォラナーダ伯爵は、授爵の前にウィームレイお兄さまと面会したとの情報があるのですよ」


「はい、小官も耳にしております」


 何でも、第一王子殿下の方が強く要望したらしい。半ば見捨てられている方のため、会談の詳細は不明瞭だが。


「お兄さまのことですから、グレイの不始末への謝罪をしたのでしょう。そういったお人好しですからね、あの人は」


 そう語るアリアさまの瞳は、酷く冷たかった。


 長年お仕えしているゆえに、理由は察しがつく。


 アリアさまは”国のため”なら何でも実行に移せる方。合理主義の塊のような人物だ。人の情を優先して動く第一王子殿下の理念は、バカバカしく思えるのだろう。


 とはいえ、彼女はバカにするだけでは終わらない。


「推測されるフォラナーダ伯爵の人柄を考慮すると、ウィームレイお兄さまの行動は最適解だったでしょう。伯爵はお兄さまの後援につくと約束したはずですわ」


 こうやって、必要とあれば情も利用する。目的のために、どこまでも合理的になれる。だからこそ、情緒等にも理解を示されるところが、アリアさまの強みだった。


 小官は一つの疑問を口にする。


「フォラナーダ伯爵が第一王子殿下に協力する理由は分かりました。ですが、体調面はどう解決されるのでしょう?」


 死んでしまったら元も子もない。


「『陽光の聖女』がいらっしゃるでしょう」


 対し、アリアさまは端的に答られた。


わたくしと対を為す光魔法師の助力があれば、ウィームレイお兄さまも快方に向かうのではないかしら」


「ですが、第一王子殿下の体調は、アリアさまでも回復させられなかったのでは?」


「あれは手を抜きましたから」


「は?」


 予想外の返しに固まってしまう。


 そのような小官を放置し、彼女は続ける。


「どこの誰かは探っていないので不明ですが、ウィームレイお兄さまは謀略によって体調不良に陥っているのですよ。それを回復させては、わたくしにも刺客が手を伸ばしてきます。非情かもしれませんが、光魔法師のわたくしと一介の王子であるお兄さまの価値を天秤にかけた場合、比重はわたくしの方に傾くでしょう」


「間違ってはおられません」


 小官自身はそこまで合理に徹することはできないが、お仕えする方が危機に瀕するのであれば、喜んで他者を切り捨てよう。アリアさまの選択は、何ひとつ間違っていないと断言できた。


 一通りの説明を聞き、得心する。


 フォラナーダ伯爵が第一王子殿下を気に入り、快方の見込みがあるのなら、後援に回るのは確実視された。


「手を回しますか?」


 第一王子殿下の妨害の実行を問うた。彼の台頭は、今の王宮派のバランスを著しく乱すに違いない。


 しかし、アリアさまは首を横に振られた。


「いいえ。何もしなくて良いわ」


「何故ですか?」


 まだ後援に名乗り出ていない今こそ、叩き潰すチャンスではなかろうか。


「下手に介入すると、潰されるのはわたくしたちの方になるでしょう。忘れていないかしら。フォラナーダは剣聖を下すほどに強いのですよ」


「数で押せば良いのでは?」


「無理ですね。あの家にはエルフの暗部が送り込まれていたはず。それなのに、まったく情報が流れてきていない。家全体が脅威だと見るべきですわ」


「それは……」


 公には伏せられているエルフの暗部。彼らは人間以上の魔法技術を持つゆえに、とても優秀な集団だ。それが欺かれている現状は、確かに最悪を想定してしかるべきか。


 小官は頭を下げる。


「出すぎたマネをいたしました。申しわけございません」


「良いのですよ。普通の相手でしたら、それで問題ないのですから」


 アリアさまはそう仰った後、頬笑まれた。


「フォラナーダへは不干渉。それがわたくしの方針です。少なくとも学園が始まるまでは、ね」


 彼女の代名詞である氷。その笑顔は、氷のように冷たく鋭かった。

 

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