Chapter3-ep1 歪んだ世界

 決闘より数日後。王宮はカロンにかけていた容疑を撤回。第二王子グレイの謝罪声明と共に聖王家までもが謝罪文を公表した。


 以前にも語ったように、国のトップが自らの過ちを認めたという事実は大きい。国内のみならず、周辺各国を震撼させる出来事となった。


 とはいえ、即座に混乱が発生するわけでもない。聖王国は曲がりなりにも大国なんだ。こういった際の対処法は熟知しており、名声こそ失墜したけど、大事になる前に暴動の類は鎮圧していた。


 反面、グレイは致命傷だった。伯爵令嬢を、しかも希少な光魔法師を襲った事実は重く、次期聖王の座は絶望的。それどころか、学園卒業成人と同時に廃嫡されるとの話になっている。即座に捨てられなかったのは、人道的配慮である。


 個人的には罰が軽い気もするけど、これ以上の処罰を求めるのは酷か。今回の一件はフォラナーダの諜報部隊がこれでもかと広めたので、グレイは社会的に死んだも同然。放っておいても問題ないだろう。


 ちなみに、グレイを援護したベッカ伯爵は、いつの間にか消えていた。家ごと取り潰されたらしく、その末路は察してあまりある。名前も知らぬ騎士たちも、無事ではいないと思われる。


 一方、オレの実力に関しては緘口令かんこうれいが敷かれたようで、あの場に居合わせた者以外には知られていない模様。


 もありなん。色なしが剣聖を殺したなんて外部に漏れでもしたら、国家が盛大にナメられる。プロが赤ん坊に真剣勝負で負けたようなもの。たとえ、その赤子が例外中の例外だとしても、それをマトモに信じる輩は存在しない。


 それはそれで構わないと思う。オレは、自分の強さを喧伝するつもりはない。同時に、もう隠す気もないけどさ。


 王宮の話は切り上げて、フォラナーダの話をしよう。


 おおむねは、これまでと大差ない生活を送っている。オレが表に立つことで多少の不満の声は上がったが、事前の民衆誘導が功を奏し、特筆すべき問題には発展しなかった。


 ただ、面倒なことが一点。ロラムベル公爵がオレと剣聖の戦いを観戦していたらしく、あれ以来、しつこく魔法について問い合わせがくるんだ。一日に一回は手紙が送りつけられるほど。しかも、娘のミネルヴァをフォラナーダに逗留させると押しつけられる始末。


 一人娘の扱いとしてどうなんだ・・・・・と思わなくもないが、隠しごとのなくなった今、強く拒否する理由もない。結局、ミネルヴァはフォラナーダ城で生活をしている。


 少し意外だったのは、ゲームでは魔法バカとまで言われていたミネルヴァが、オレの実力に関してあまり興味を示さなかった点。魔力に依る感情からして、素直になれないわけではないようだが……。


 新たな変化がありつつも平穏な日々。問題がすべて片づいたわけではないが、ようやく一息つけるようになった。


 ――のだが、


「おおおおおおおおおおおお!!!!」


 オレは、平和と似つかわしくない裂帛れっぱくの声を上げながら、渾身の右ストレートを放っていた。拳の向かう先にいるのは白髪黒目の青年――アカツキである。


 そう。オレは今、師匠と模擬戦修行を行っていた。分身は常勝できるようになったため、本体を相手取っている。下手を打てば死んでしまうので、まったく気を抜ける隙はない。


 訓練も終盤のため、オレはもう死に体だ。武器もなく、魔力もほとんど残っていない。己の拳のみで戦っている。


 幸いなのは、あちらの魔力も底を尽きそうなところか。オレよりは余裕がありそうだけど、肉弾戦という同じ土俵に上がれているだけ勝利の芽はあった。


「そいや!」


 アカツキがカウンター気味にジャブを放ってくる。それを必死に回避し、オレは再び拳を繰り出す。


 一進一退の攻防。満身創痍のオレは、一撃でも食らえば沈んでしまう。全力で避けるしかない。


 一撃、せめて一撃はアカツキに与えたい!


 修行を始めた当初から掲げていた目標。それが目前に迫っているからか、いつも以上に気合が入っていた。目を皿のようにして、彼の動きを見極める。


 そして、とうとう――


「ぐっ!?」


 刹那にも満たない隙を縫って、こちらの拳がアカツキの頬に入った。三年続いた修行で、初めての出来事だった。


「やった――ぐへっ」


 あまりの嬉しさに気を抜いてしまい、カウンターを見事に受けてしまうオレ。盛大に後方へ吹き飛び、そこで意識は途切れた。






「はっ!?」


 気がつけば、すっかり日が暮れていた。修行中は昼過ぎだったはずだから、かれこれ四、五時間は眠っていた計算になる。


 見れば、すぐ傍にアカツキがたたずんでいた。


 彼はオレの目覚めを認めると、肩を竦める。


「まさか、一撃食らうとはな」


 その言葉により、気絶前の出来事が夢ではなかったと知る。


 ツライ修行の光景が脳裏を過り、思わず涙ぐんでしまった。


「おいおい、泣くことないだろう」


「あんたをブン殴るのが目標だったから」


「物騒だな」


 苦笑するアカツキ。


 ただ、文句は続かない。もしかしたら、無茶な修行をしている自覚があるのかもしれない。


 ふと、彼は言葉を溢す。


「そういえば、訊きたいことがあったんだ」


「何だ?」


「どうして、独立しなかったんだ?」


 何気ない質問かと考えていたら、思いのほかデリケートな内容を尋ねてきた。


 紡ぐ言葉に気をつけながら答える。


「第一王子を気に入ったから」


 しかし、この返答はお気に召さなかったらしい。アカツキは首を横に振る。


「それは王都へ行った時の話だろう。お前、その前から独立する気はなかったじゃないか」


「あー……」


 オレは言葉に詰まった。


 彼の指摘は正しい。第一王子ウィームレイと出会う前より、今すぐ独立はしないと決めていた。現状でも離れることは可能だったのに。


 実のところ、計画を始動する半年前までは、独立する予定でいた。その方が学園に通わずに済むので、カロンの死ぬ運命を覆せる確率が高まると思ったから。


 でも、その案は棄却した。理由は明確である。


 オレは西の空へ視線を動かし、息を吐く。


「この世界、崖っぷちだろう?」


「まさか……」


 視線の先と言動より、アカツキは察しがついたみたいだ。やはり、彼も知っていたか。


 半年前――魔力の『しろ』と『くろ』を理解した時点で、オレは世界の見え方が変わった。世界をあまねく魔力の流れを、正確に読み取れるようになった。大雑把に言えば、【魔力視】の解析度が上がった。


 それによって、この世界が呪われていることを知った。ごく僅かではあるが、世界全体を覆うように、悪意ある呪いが満ちているんだ。おそらく、これが原因で『土地の呪い』は発生している。


 また、これは人にも影響を与えているだろう。塵も積もれば山となる。他人より欲望に弱いヒトは、確実に悪事へと道を踏み外す。


 この世界は何者かの呪いによって歪められているなんて、恐ろしい真相だった。


 そして、オレはこの呪いに心当たりがあった。魔力の流れより元凶が西にあると判明した時、悟ってしまった。


「西の魔王が、封印されながらも世界を呪ってるんだろう?」


 ゲームにおいて、聖女が封印を施し直す敵。聖王国の歴史においても、百年毎に封印を直している災厄。それが西の魔王。


 正直、ゲームでは扱いが雑だったため、それほど危険視はしていなかった。だが、世界の真理を知ってしまった今、オレの認識が甘かったと痛感している。


「世界の呪いを知った後、急いで封印場所に向かったんだよ。一応、勇者が対応する東も確認した」


 東は良かった。オレの認識通りの程良い存在が眠っていた。もし勇者が失敗しても、オレなら倒せるレベルの敵だった。


 ところが、西は違う。


「あれは倒せる倒せないの次元じゃない。聖女案件なのも納得だ。あれは光魔法じゃないと・・・・・・・・ダメだ・・・


 ゲーム的に表すなら、光魔法以外に無効耐性を有している感じか。レベル的には今のオレよりも弱いけど、無属性ではダメージを与えられないんだ。


 たぶん、レベル差に依るゴリ押しで多少はダメージも通るとは思うが、途方もない時間を要するのは確実。戦いが長引けば、その余波によって世界は滅びてしまう。弱いと言っても、あれは人類よりは圧倒的に強いんだ。


 だから、西の魔王は絶対に解き放ってはいけない。


「カロンを死ぬ運命から遠ざけても、世界が滅びてしまったら本末転倒だ。念を入れて、聖女の動向は直接観察したかった。万が一の場合は、カロンにも危険が迫るし」


 ゲームのカロンがラスボスに堕ちる原因は、西の魔王の誘惑にある。かの存在が彼女の心の闇に付け入り、世界の敵へと変貌させてしまうんだ。


 カロンとは因縁のある相手である以上、たとえ現実の彼女がゲームとは別人だとしても、関与してこようとするかもしれない。


 現実のカロンが、誘惑に負ける可能性は低いと思う。封印されたままであれば、何の問題もないだろう。しかし、魔王が復活を遂げた場合、断言は出来かねなかった。直接干渉されたら、どうなるかは保証できない。


 諸々のリスクを考慮すると、再封印の儀式が終わるまで、聖王国より離れるのは都合が悪かったわけだ。


「あとは、カロンに学生を経験してほしいから、って理由もある」


 真面目な空気を誤魔化すように、茶化した言葉も添えておく。


 嘘ではない。カロンを目の届く範囲に置いておきたかったのもあるが、彼女をわざわざ学園へ通わせる理由の大半はそれだ。


 ただ、あまり効果はなかった模様。


 アカツキは真剣な眼差しでオレを見据え、「そうか」と頷いた。何かを反芻はんすうしている様子。


 彼の内心は読めない。だが、一世一代の決心をしている風に、オレには映った。


 その覚悟が必要にならないことを、オレは心より願う。

 

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