Chapter3-6 決闘(6)
王城内にある第一訓練場。近衛のために用意されたそこは、サッカーグラウンド二面ほどの広さがあった。加えて、チラリと見ただけでも高価そうな魔道具設備が並んでいる。ここで訓練する者たちは、かなり恵まれた環境だろう。
そのグラウンドの真ん中にオレはいた。対戦相手は未だ顔を見せていないので、一人でポツンと立っている状況。
一方、訓練場を囲むギャラリーは満席だ。玉座の間にいた面々は無論、王城勤めの騎士たちも居合わせているらしい。暇人だな。
ここら辺で一度、オレの目的について説明しておこう。
決闘を持ちかけた理由は、ずばりオレの戦力を知らしめること。
交渉の段階で、現在のフォラナーダが王宮派を恐れない経済力を有することは公となった。通常ならこの時点で十分脅しになるんだけど、そうスンナリいかない実情があった。
それは、オレが色なしであること。当主が色なしの時点で、『武力に訴えれば良いのでは?』なんて結論を下す輩が出てくるんだ。実際、魔法戦における最後の一押しは貴族が担う機会は多いので、あながち間違った考えではないのが手に負えない。
おそらく、代理人の案を出さなかったら決闘を受けず、後々に騎士団をけしかけてきた
ゆえに、決闘を通じて武力も示すのは必須事項だった。オレ一人にすら、王宮派が束になっても敵わないと印象付ける必要があるんだ。
何度も障害となった差別意識が、今回もフォラナーダの前進を阻害する。
まぁ、本来の計画では別の手段で見せつける予定だったんだけど、グレイの暴走に便乗した形だ。その方が強く印象に残せるし、何よりオレがスカッとする。今まで色々耐えてはきたが、
すでに目的は達したといって過言ではない。何せ、オレが聖王国の人材程度に敗北するはずがないから。天地が引っくり返っても、オレが負ける未来はあり得なかった。これは自惚れではなく、純然たる事実である。
しばらく待ち惚けして、ようやく対戦相手が現れた。
はたして、誰が相手なんだろうか。
「へぇ」
正面に立った敵を見て、オレは感心する。
筋骨隆々の男だった。背丈は百八十届かない程度と、そこまで大柄ではない。しかし、身にまとう筋肉の鎧は厚く、その存在感を何倍も大きくさせていた。
また、全身より放たれる気迫もすさまじい。魔力とも異なる、息苦しいほどの圧力を覚えた。
「『剣聖』が相手とは。兎を狩るのにも全力ってところか」
そう。目前の男こそ、聖王国最強に授けられる称号、『剣聖』を冠する者だった。グロウザード・ソーデリル・サン・フェイベルン。あのフェイベルン家の当主である。
彼は鋭い眼光をこちらへ向け、問うてくる。
「相対する以上は手加減せん。降参するなら、今のうちだ」
「お優しいことで。でも、降参はしないよ」
「……愚か者が」
肩を竦めて答えるオレを認めた『剣聖』は、もはや興味はないと言わんばかりに視線を切った。その場で目をつむり、極度の集中状態に移ってしまう。決闘開始まで、慣れ合うつもりはないらしい。
まだ始まりそうにないので、『剣聖』を観察する。レベルは57。剣術と体術の技量は恐ろしく高い。魔法適正は火と土か。ただ、前者の技量に比べると些か低いかな。いや、それでも一般レベル以上の腕前だけどさ。
スタイルとしては、腰に
こちらは、どのように相対するべきか。レベル差が激しいので、やろうと思えば一瞬で終わる。しかし、それを実行してしまうと、外野が文句をつけてきそうだ。周りがオレの強さを把握できる程度に、手加減をするのがベストだな。
「これよりフォラナーダ伯と第二王子殿下代理――『剣聖』フェイベルン伯の決闘を執り行います。審判は近衛騎士団副団長ロスター・ベチッド・ガ・タン・ウェーダーが務めさせていただきます」
いよいよ決闘が始まる。
『剣聖』が剣を鞘から抜いたので、オレも得物を用意しよう。【
虚空から短剣が現れたことで周囲が騒がしくなったが、気に留める必要はない。この後、彼らはもっと驚くことになるんだから。
「お、お互いに準備は宜しいですね? それでは、はじめッ!」
やや動揺しながらも、副団長殿は開始の合図を行う。
それと同時に、『剣聖』が目前まで迫ってきた。
「ほぅ」
だいたい十メートル離れていたのに、【身体強化】も使わず一気に詰めてくるか。素の筋力もそうだけど、体の動かし方が巧みなんだな。備わっている筋力を、十全に活かしている。
とはいえ、ナメられたものだ。以前に戦ったフェイベルン家のヴェッセルの初手は、こんな力任せの一撃ではなかったぞ。
意趣返しではないが、このまま侮られたままだと実力を示しにくいので、手の込んだ技巧を見せつけよう。
振り下ろされる真向斬りを紙一重で避け、オレは小刻みにステップを踏む。その流れで彼の背後へ回り込み、右手の短剣を無造作に振るった。
雑な斬撃は、普通であれば簡単に防げるモノ。ところが、剣聖はギリギリになって
「その歩法、どこで覚えた」
鍔迫り合いは一瞬。オレがバックステップで距離を取ると、剣聖は殺気のこもった声で尋ねてくる。先までの余裕は、すでに微塵も感じられなかった。
何をやったのかといえば、かつてヴェッセルが披露した『目前にいきなり現れる攻撃』を見舞ったんだ。かなり特殊な歩法だったため、フェイベルン独自の技術だと予想していたが、彼の反応を見るに当たりだったらしい。
オレは肩を竦める。
「見よう見まねさ」
「戯言を」
キッと睨みつけてくる剣聖。
やっぱり信じてもらえなかった。【身体強化】で向上した動体視力で観察し、
カラクリは割と単純だ。人は、相手の予備動作で進行方向を予想する。その習性を利用して、傾けた重心とは反対の方向へ移動すれば、敵の視線を振り切れるわけだ。
まぁ、その重心操作が結構難しいんだけど、
「おっと」
「チッ、やはり防ぐか」
剣聖が同じ歩法によって攻撃してきた。以前は【先読み】を使ってギリギリだったけど、今や余裕をもって対処できる。我ながら成長したものだ。
鍔迫り合い。短剣越しに、とても重い圧がかかってくる。しかし、オレの腕は微動だにしない。齢二桁に乗ったばかりの子供とはいえ、【身体強化】で十倍も上昇した筋力を、素の能力で突破できるはずがなかった。
力勝負は分が悪いと悟った剣聖は、一秒の競り合いの後、すぐさま後退してしまう。
さすがに判断が早いな。力勝負を続けるのなら、剣を
仕切り直すのであれば、今度はこちらから攻めよう。
二本の短剣を握り直し、オレは駆け出す。今のところ、【身体強化】や【先読み】以外の魔法は使わない。二つ以上の魔法を行使すると、おそらく剣聖は持ち堪えられないから。
手数の多さを活かしたヒットアンドアウェイを仕掛ける。【先読み】で相手の防御を避け、すべての攻撃を当てるのは容易いが、それではあっという間に決着がついてしまうだろう。適度に手足を傷つける程度に抑えておこう。
訓練場を縦横無尽に動き回り、剣聖を翻弄する。視線を振り切ったタイミングで斬りつけ、再び駆け回る。何度も何度も、それを繰り返す。
ふむ。手加減しているとはいえ、いくつかマトモに攻撃を防ぐ時がある。年季の差という奴か。【先読み】に反応はなかったし、ほぼ勘で動いているみたいだな。油断するとラッキーパンチも起こりかねない。気を引き締めよう。
幾重もの斬撃が走り、その度に血が舞い散る。もはや剣聖に威厳はなく、満身創痍の弱者が立っているだけだった。
そろそろ良いか。
決闘前は威勢の良かった外野も、すでに鳴りを潜めている。恐怖に身を震わせ、顔色が青ざめていた。成果としては申し分ないだろう。
オレは足を止める。立ち位置は決闘開始直後と同じ、剣聖の正面十メートル。
「最後か」
荒く息を吐く剣聖は、一つ呟いた。
その瞳には諦観が宿っていたが、戦い自体は最後まで続ける気のよう。まったく、
そんな彼へ問う。
「軽く撫でて終わるのと、しっかり決着をつけるの、どっちがお好みです?」
後腐れを残さないなら、このまま殺した方が良い。ただ、オレも殺生を好むわけではない。剣聖は勝敗によって恨みを抱かなさそうだから、あえて尋ねてみた。答えは分かり切っているけど、一応ね。
「愚問だな」
「そうですか」
短い返答だが、とても分かりやすかった。それでこそ、
オレは肩を竦め、得物を構え直す。
ここまで近接戦闘による実力を見せた。であれば、最後は魔法の一撃によって締めるのがベストだろう。素人の外野に分かりやすく圧倒的な力を示す魔法。結構難度は高いが、オレの腕なら達成できるはず。
自らの魔法技術を信じて魔力を練る。膨れ上がったそれを周囲へ拡散させ、イメージ通りに一つ一つ組み上げていった。
展開されるは幾百の魔力刃。白い半透明の刃の群れ。見ようによっては羽にも映る、薄く輝く魔力の破片。それらが、オレを中心として宙に出現した。
何事かと騒めく貴族たち。中にはオレの魔法だと気づいた者もいたようで、驚愕する気配も感じられた。
とても素晴らしい反応だ。これくらいパフォーマンスを披露したのなら、色なしだからとオレを侮る輩はいなくなるはず。
「ダメ押しだ」
両手の短剣にも魔力を注ぐ。実体化した魔力が刃を延長し、神々しい輝きを宿した剣へと姿を変貌させた。
オレは両手の剣を交差するよう振り払う。すると、輝く刃が飛ぶ斬撃となって剣聖へ向かった。同時に、空に展開していた刃群も彼へと降り注ぐ。
「うおおおおおおおおおお!!!!」
すべての刃が地に落ちた跡地に残るのは、盛大に大破した訓練場と無残に斬り裂かれた剣聖の
痛い静寂が訓練場を包む。誰もの表情が、目前の光景を信じたくないと語っていた。グレイなんて、愕然と膝を突いて項垂れている。魔力は乱れに乱れ、オレへの恐怖一色だった。
「ふむ」
これは良い機会だと考え、オレは【念話】を発動した。対象は、もちろんグレイである。
『グレイ第二王子』
オレが声を伝えた途端に彼はビクリと肩を震わせ、キョロキョロと周囲を見渡す。先の決闘はよっぽど衝撃的だったよう。
ただ、こちらが容赦するつもりはない。
『二度とカロラインに近づくな。もし、再び彼女を傷つけようとしたら……オレが地獄の底まで追い詰めて、追い詰めて、追い詰めて、追い詰めて、その果てに殺してやる』
精神魔法の【
仕方ない。気持ちを切り替え、審判の方を見る。――が、ダメだな。ナメて接近しすぎたのか、戦闘の余波で気絶している。結構重傷だけど、自業自得なので放っておこう。
オレは高みの見物を決め込んでいた連中へ、容赦なく追撃の言葉を吐く。
「決闘は私の勝ちです。約束は守っていただきますよ、陛下」
「……」
言葉の先を向けられた聖王は、無言で口を開閉させるしかない。
その様子を見て、このまま待機しても意味はないと判断する。
約束を遵守しなかった場合は分かりますね? と脅しをかけてから、オレは訓練場より撤退した。
――いや、もはや王城に留まる理由もないので、
この後、城内は大いに荒れたらしいが、オレの知るところではない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます